第20話 掘削者
人口32人の『山村』は、山の中にある村だ。
位置的には『妹山』と『母山』のはざまにあり、岩ばかりの荒れた土地だと言う。
で、ここへ行くときのお供には吉岡十蔵を選んだ。
基本的に馴染みの薄い村へ行くときは、いつも彼を連れてゆくようにしているのである。
と言うのも、高札によって『新しい領主が着いた』ことは知らせていても、『俺がその領主だ』ということをわからせるのはけっこう骨が折れるのだ。
そんな時は、顔の広い吉岡十蔵から紹介してもらうのが一番手っ取り早いというワケ。
ザッザッザ……
「あの村も、昔はもっと栄えていたらしいんですがね」
山道を登るとき、十蔵はそんなふうに呟いた。
「ワシが子供の頃くらいにはどんどん人が減っていましたな。それでも100人はおりましたで」
「なんで減っていっちまったんだろうな」
「荒れた岩ばかりの山奥で、ロクな産業もないからでしょう」
「じゃあ、逆に。なんでそんなところに村ができて、昔は100人以上の人が住んでたんだ?」
「さあ。ワシの生まれるずっと前のことでしょうから、ようわからんです」
ザッ、ザッ、ザッ……
そんなふうに話しつつ『山村』に着いた頃には、もう陽も西へ傾いていた。
痩せた土と岩。
ポツリポツリと立つ木造家屋へ黄金色の陽が降り注ぎ、世界を昔日に染めるようである。
「ところで山村には長というものがありませんで」
「そうなのか?」
「ええ。この村にはもう家族が4つしかありませんから」
「……」
十蔵の話では、4つの家族にはそれぞれ11人、4人、8人、9人がいるとのこと。
だったらもうそれぞれの家へ訪ねて行った方が早いだろうと思って、端から戸を叩いた。
「ああ、これは神主さま」
と、相手はまず吉岡十蔵の顔を見て安心する。
消滅寸前といった村の物悲しいたたずまいとは別で、内部の人間の表情は別に普通に明るいのが、なんだかとても不思議に思われた。
「やあ。こちらが新しい領主様だで、紹介しとくでな」
「ああ!あの高札の領主さま!こりゃこんな山奥にどんも」
「いえいえ」
俺はそんなふうに答えつつ【女神の瞳】を開くというワケだ。
まずは、8人の家族と、9人の家族。
それぞれ支援系と攻撃系の魔法使いの職性を持つちいさな子供がいたけれど、これは年齢的に無理そうだった。
4人の家族は、兄弟と姉弟が交差して夫婦を作り、まだ子供がいないという10代の若い家である。
この家にも前衛剣士の職性を持つ者があったけれど……彼らにはとりあえず人口を増やし村の消滅を防いでくれることを願うのみである。
トントントン……
そして、この村最大の人口11人を誇る家の戸を叩く。
「はいはーい」
玄関に出たのは30がらみの女だった。
「こちらが新しい領主様だで……」
と、例のごとく吉岡十蔵の紹介を受ける。
「ええ!?アンタが領主さま?やぁッー♡ 思ったより若くてイイ男だぁ♡♡」
と言って俺の肩をバシバシ叩く女。
なかなかパワフルな女性だな。
マジで軽く痛えし……。
でも彼女は、いつも西側のモンスター退治の噂を聞いて、とても応援してる……という旨興奮して言うので、それはありがたいことであるとひとしきり返すと、
「領主さまぁ。ウチの甲斐性ナシをひとり、モンスター退治へ連れていってくれよ」
と言った。
「甲斐性ナシ?」
まだ30そこそこらしい女性に『甲斐性ナシ』とのそしりを受けるべき年齢の子供がいるとは思えず、怪訝に思う。
「アタシの兄なんだけど、これがちっともみんなと一緒に働かねえで、困って困って……なぁ!アキラ!!」
と、女性は兄らしき人物を呼び捨てに呼んだ。
「……」
床に寝ころがるその無精ヒゲの男は、妹の言葉に一切反応しない。
まあ、彼女がそう言うのだから一応確認してみるか……と思い、男へ向かって【女神の瞳】を開くと、
潜在職性: 掘削者
と、冒険には関わりのなさそうな職性であった。
「エイガ様。今日のところは陽が沈んでしまいますし、この家に泊めてもらいませんか」
そこで吉岡十蔵が脇から言う。
「うーん。急いで帰ればだいじょうぶじゃないか?俺と十蔵なんだし」
「そんなこと言わずに!ぜひ泊まっていきなよ」
と女主人が言うので、今日はこの11人の家に泊めてもらうことになった。
◇
女主人……という言い方が適切かどうかわからないけれど、食卓を見るに、とにかくこの家で最も発言力のあるのはこの女らしい。
彼女の父親らしき50代の男がひとりいたが、彼は隠居といった体だ。
また、女主人の弟夫婦だという20代後半の男女が二組、そして「アキラ」と呼ばれる兄がひとりいたけれど、この中で女主人の権勢を凌駕しそうな者はなかった。
キャッキャッキャ♪
あとは誰が誰の子かよくわからない子供がワチャワチャいた。
逆に、子供たちも含め、家の中で最も立場が弱そうなのはやはりアキラである。
ちっとも働かないというが病気しているというワケでもないらしく、一言も会話に参加しない。
話を聞いてみると、なにやら人付き合いが極度に苦手で、村の人々と一緒に仕事ができない男なのだという。
それでもう30も半ばなのだから、当然みんなからバカにされているというワケだ。
「……」
俺は、背中を丸めて細い顎をモソモソ動かすアキラをボンヤリ見つめながらも、女主人の方へ話しかける。
「なあ。この村は思ったより裕福なんだな」
「そうかい?」
家の造りや衣服、食べるモノを見てそう思ったのだ。
「一体、どうやって生計を立てているんだ?」
「最近は、山の狩人たちとヨソの村との仲介ってとこだねえ」
まず、この辺りの山々にはどの村にも属さない狩人たちが点在しているという。
で、狩人たちは狩った獲物をこの『山村』で引き取ってもらうというのだ。
そして『山村』は、引き取った獲物を肉や毛皮に加工してから、他の村と取引をするというワケ。
「これくらいの人数が暮らしてゆくだけなら、これで食いッぱぐれることはないね」
「ふーん。なるほど……」
俺は、穀物に山菜と鶏肉の入った雑炊を匙でつつきながら、なにか頭に引っかかっていた。
「そうだ!この村、昔はもっと人がいたんだろ?」
「はぁ?」
「そうです。オラの子供のときには100人ほど住んどりました」
横から一番年長の50男が言った。
彼は吉岡十蔵とだいたい同じ年代だろうから、話は合致するな。
「オラの生まれる前はそれよりもっと住んどったらしいです」
「なんの産業でそれだけの人が喰っていたんだ?狩人との仲介だけで100人以上は暮らしていけないだろう」
「さあ。この村も生き残るためにいろいろやってきましたからな。これというのは特になかったような……」
「……そうか」
というところでこの話は終わった。
◇
翌朝。
キーンッ!……カチャカチャカチャ……
ふいに、鍔迫り合いのような硬質な音が耳を突き、俺はハッと目を覚ました。
なんの音だ?
床の上にじかに敷くタイプの寝具の上で眠っていた俺は、ごろんと身体の向きを変える。
すると、あの甲斐性ナシであるはずのアキラが、朝早くから出かける準備をしているのが目に入った。
大きな風呂敷で、大小のつるはしや、スコップ、『くさび』などを包んでいる。
「なんだ。彼、働きに出るんじゃないか」
「あれは違うんだよぉ」
隣で横たわる女主人が、寝返りざまに言った。
「ウチの兄、穴を掘ってばっかりなんだ」
「穴?なんの?」
「なんのってこともないんだよ。ただ掘ってるだけなんだ。それでメシが食えりゃいいけど、そんなはずもないんだから」
と、ため息をつく女主人。
「……」
アキラはそんな小言が聞こえているはずだけれども反応せず、そのまま家の戸を閉めて行ってしまった。
うーん。
俺はなんとなく引っかかりがあって、彼のことが気になる。
追いかけようかと思うのだけれど、
「おい。十蔵」
「ゴーゴー……」
十蔵は、いびきをかいていて全然起きない。
「悪いけど、十蔵が起きたら俺が戻るまで待ってろと伝えておいて」
「はあ……」
仕方がないのでそう女主人に伝えると、俺はひとりでアキラを追った。
◇
カチャカチャカチャ……
アキラは、工具の金属音を鳴らしながら山道を行く。
別に気づかれてもイイという前提でしている俺の杜撰な尾行にもまったく気づかないようだ。
「んしょ……」
しばらくすると、アキラはいかにも硬そうな岩壁の前で風呂敷を下ろした。
カンッ!カンッ!
そして、彼はすぐに岩壁へ『くさび』を打ち込み、穴を掘り始めるのである。
なるほど。
彼の潜在職性【掘削者】というのはこういう才能だよな。
ある意味、自分の才能を見事活かしているというワケだ。
カーンッ!カーンッ!カーンッ!……
うん。
実際こうして見ると、素人目にもその穴掘りは見事なものだった。
俺には詳しくわからないけれど、たぶん石の硬度とか見極めて工具を使い分けているのだろう。
ハンマーやつるはしを振る彼の背中は、まちがいなく卓越した労働者の背中である。
彼がどれほど寡黙で人付き合いができなくても、この『穴掘り事業』だけは完結したものと言えるのかもしれなかった。
しかし……それがどんなにスゴイ能力であっても、誰からも必要とされないのであれば、女主人の言うとおりやはり『甲斐性ナシ』なのである。
そして、その『穴掘り事業』は、今のところ『山村』という単位ではまったく必要とされていないワケだ。
だから、彼には立つメンツもなければ、居場所もない。
別の適応の仕方ができればよいのかもしれないけれど、彼には他にやれることがないのだろうな。
「……」
俺はなんだかすごく悲しい気持ちで胸がいっぱいになる。
で、なぜ彼にこれほど同調を感じるのかなぁと考えたとき。
そうか……と、ようやく気づいた。
つまり俺は、この男に自分と似たにおいをかいでいたのである。
そう。
育成スキルがもう勇者パーティでいらなくなってしまった時の俺は、まったくアキラと同じ立場だったのだから。
「やあ!ちょっと休まないか?」
たまらなくなった俺は、思わず後ろからアキラへ声をかけてしまった。
「な……あっ……りょっ、りょうしゅ」
アキラは俺の顔を見ると怯えるように言葉を詰まらせる。
いけない。
人付き合いが極度に苦手というのだから、接し方に気を付けなければ。
「だいじょうぶ。なんにもしないよ。ほら、タバコ吸う?」
などと笑顔でやさしく言って紙巻タバコを勧めると、最初は遠慮していたが、すぐに受け取った。
ボッ!!
俺はキラを唱え、彼のタバコへ火を付けてやる。
「お、おお……おで、おで……ヤニなんて久しぶりだぁ」
と、スパスパと吸うアキラ。
「そうか……。ほら、ちょとだけど酒もあるぜ」
内ポケットからウィスキーを出すと、彼はそれもウマそうに嗜んで、少し顔を赤くした。
「う、うめえ」
で、酒が入るとアキラの吃音は少し是正されるようで、そこそこのコミュニケーションが成立し始める。
黙っていると無精ヒゲが尋常じゃない印象を醸すけど、話してみるとフツーのおっさんだった。
「ヒック……。お、おで、人とこんなに話すのも、久しぶりだ」
「そうか」
「おで、おで……。話すの苦手だけど、好きだな」
まあ、人付き合いの苦手な人も、フツー話すことは好きなものだから悲劇だよな……。
「と、ところで。りょ、りょ、領主さま。昨日、む、昔のこと聞いてたな」
「昔のこと?ああ。あの『山村』に100人以上が暮らしてたときのことな。ちょっと気になったんだ。そんな多くの人がここでどーやって生計を立ててたんだろーなって」
「お、おで。ひいじいさんと仲良かった。ちょっと知ってる」
「え?マジで?」
と聞くと、アキラはすくっと立ち上がり、しかしちょっと酔った足取りで岩壁沿いを歩き始めた。
ザッザッザ……
俺は黙ってアキラについて行く。
しばらく歩くと、
「こ、ここだ」
と彼は立ち止まった。
そして、俺たちの目の前にあったのは、またまた『穴』であった。
「あっ!これ!……」
しかし俺はハッとして目を見開く。
と言うのも、それはちょうど『領地の西』でナツメのばあさんと発見したあの『穴』と同じ形をしていたからである。
「これ、なんなんだ?」
「ひいじいさんが子供の頃。まだ鉱物が取れた。でも枯れた。鉱物、取れなくなった。それで人、減った」
そうか。
そういうことだったのか。
「でも、おで。穴の掘り方、ひいじいさんから教わったんだ」
「なるほど……。で、鉱物ってなにが取れていたんだ?」
「し、知らね。名前わからね。ひいじいさんがコレくれたけど」
そう言って、アキラは風呂敷からひとつ、掌大の石を取り出した。
それは透明なエメラルド・グリーンに、煌めく神秘的な光輝。
魔性を帯びたクリスタル……。
「これ……【魔鉱石】じゃん!」
俺は、アキラから手渡された石を見てそう叫んだ。





