第19話 女編集者
コポコポコポ……
館にメイドもいないし、五十嵐さんは極東のお茶しか淹れられないので、主人であるはずの俺が自らキッチンで紅茶を淹れる。
あいかわらず領主っぽくねーなぁ、俺。
まあ、人にお茶を淹れてやるのは嫌いじゃねーから別にイイんだけどさ。
「旦那、客間の女性誰っスか?」
そこへガルシアが入ってくる。
「冒険王の編集の人だってさ」
「へー。冒険王の編集が旦那になんの用なんスか」
「さぁ」
「勇者パーティを解雇になった感想でも聞きに来たんっスかね」
「なんの罰ゲームだよ、それ」
カタカタカタ……
盆にティー・セットを乗せ、編集の女のところへ持ってゆく俺。
「どうぞ」
「わぁ♡」
と、また視線が痛い。
ブルーの瞳が宝石のように爛と輝き、まじまじと俺の顔を直視してくる。
なんなんだ?一体。
カチャリ……
で、テーブルへ盆を置くやいなやのときだ。
彼女は、待ち構えていたようにボブ・ヘアーを舞わせて立ち上がると、俺の両手を両手でひしと掴んできたのだ。
「なっ!なに?」
「私!……今この時ほどこの仕事に就いてよかったと思うことはありません!」
「は?」
「私ずっとエイガさんのファンだったんです!ハイスクールのころからずっと……一番好きな冒険者は『奇跡の5人』の幻の六人目エイガ・ジャニエスでした!」
ぴく……
ファン?
俺の?
「そ……そりゃ珍しいことで。女子だったら普通デリーかクロスのファンになるんじゃないか?」
「それは最近になってのことじゃないですか。私がハイスクールに通っていた頃ですから、4、5年くらい前かなあ……。とにかく、そこからずっとファンだったんです」
……4、5年前、か。
ちょっと胸が痛む。
まだ俺がクロスより強くて、ちょうどティアナがパーティに入ってきたような時期。
一番冒険が楽しくて、毎日がキラキラ色づいていた時期だ。
「でもその時期じゃ、まだあのパーティ自体がマイナーな存在だったろ?」
「あ、私。冒険者ファンは冒険者ファンでも、【中級冒険者ファン】だったんです」
中級冒険者ファン。
世の中には、あえてランキング圏外の『中級冒険者』を追っかけたり分析したりするシブイ趣味を持った者が一定数いる。
それが【中級冒険者ファン】と呼ばれる人種だ。
まあ確かに。
メジャーになってしまった上級パーティよりも、『中級の冒険者が手持ちの能力でどうクエストをやりくりするかを見て応援したい』みたいな気持ちは、(共感はしないけれど)想像はできる。
メジャーな上級パーティよりも、手が届きそうな気もするだろうしね。
しかし……
「ハイスクールのときだって?趣味シブすぎんだろ」
「うふふっ♪よく言われます」
編集の女は、大きくもなければ小さくもない胸をムンっと張って得意げに言った。
白のブラウスから大人びた鎖骨がのぞき、プリンセス・ネックレスの銀のチェーンが汗ばむ肌にピタリと貼り付きぎみなのが、あたかも身体的な絶頂期を誇るようである。
ふんっ。
まあ、当時ハイスクールの女子だったなら、たぶん逆に『嫌・ミーハー』的なアレで、無理してシブい趣味に走っていたんだとは思うケドさ。
そういう娘は、どーせ応援してた中級パーティが上級になると急に冷めたりするんだぜ。
「それにしても私、エイガさんの【育成スキル】って本当にすばらしいと思うんです!」
ぴくぴくっ……
「パーティに今なにが必要かを見極め、的確な才能をいち早くスカウトし、バランスよくポジション割りしてゆくマネジメント能力……。具体的かつ長期的なビジョンがなければできることではありませんよね!」
うっ……。
この編集者。名前なんだっけ?
俺は先ほどもらった彼女の名刺をチラリと見る。
「それにエイガさんの育成には、『むしろチームとして機能させることで、ひとりひとりの個性を伸ばしてゆく』みたいな思想が感じられるんですよね。それでいて、その場その場でパーティに足りないところがあれば適宜自分のオールマイティな能力で補助、補完してやるところには愛情すら感じられるというか……とにかく、そんなところが大好きなんです!」
ぴくぴくぴくっ……
こ、コイツ。けっこうわかってるじゃねーか。
「で……でで、でも……。それでけっきょく俺自身がパーティの冒険についていけなくなっちゃうんだからマジ意味ねー能力だろ」
だ、ダメだ……顔の肉が。
「なにを言っているんですか!そもそもエイガさんがいなかったら、あの勇者パーティが『トップ10』まで上がるだなんて絶対ありえなかったでしょ!だから一番エラいのはエイガさんなんです!!」
にぱぁ~☆
「あれ?旦那、もしかして嬉しいんスか?」
うっ、ガルシア。
「ち、違う!……別に嬉しくなんかないんだぜ!!」
こんなんで喜んでたら、まるで俺が勇者パーティを解雇されて実はすげー傷ついてたみてーになるじゃん!
そんなことねーし!
俺は自分自身を客観的に見ることができるのだ。
自分のできることと、できないことくらい、他人に言われなくても把握してる!
こんな小娘にちょっと褒められたくらいで……
「そーですよ!エイガさんがスゴイだなんて当たり前のことなんですから!」
にぱぁ~☆ にぱぁ~☆☆☆
「……」
そ、そんな鋭い目で見ないで、五十嵐さん。
うーうー……う、うぐぐぐ……。
「はぁはぁはぁはぁ……クリスティアさんだっけ?」
俺は女編集者の『褒め殺し』に息を切らしつつも、なんとか主人(公)らしいキリっとした顔を取り戻した。
「どうか名前で!アクア、とお呼びください!」
と勢い込む女編集者。
肩で切り揃えられた金髪が勢いで凛と揺れる。
「ま、まあ落ち着いて。座ってさ。紅茶でも飲みなよ」
俺はその勢いを制するためにも、とりあえずアクアに席を勧めると、ポットの紅茶をティーカップへ注ぎ始めた。
コポコポコポコポ……
そして、いつものようにミルクを注ぎ、ミルクティーにして差し出す。
「ありがとうございます」
「で、キミが昔、俺のファンをしてくれていたことはとてもよくわかったけれど……」
「今でもファンです!」
ガチャン!……
「そ、そうか……。いや、それはイイのだけど、それで今日はどんなご用向きで?」
「あ……ごめんなさい。私、つい興奮しちゃって」
アクアはそう言って『コツン♪』と自分の頭をゲンコツするフリをする。
俺はそのしぐさの『あざとさ』をもってなんとか彼女を嫌おうとするのだが、どーしても嫌うことができない。
「実は私、趣味が高じてと申しますか……今回、初級・中級の冒険者をピックアップするコーナーを担当することになったんです。で、ちょうどそのときでした!あの『エイガ・ジャニエス』がこんな形で冒険に帰ってきたと知ったのは!」
くそ……。いちいち大げさなもの言いをする女だな。
頬肉がニンマリしちゃうだろ!
「そ、それは俺が領民を引き連れて【大猿】を倒した……って噂を聞いたってこと?」
「ええ、そうです」
マジか。じゃあアイツらも、もう知ってんのかな。
「……それ、そんなに話題になってるのか?」
「残念ながら、まだそれほどには。でも、もっと話題になって行くと思うんです。私に取材させていただければ!!」
と言いつつメモ帳を開くアクア・クリスティア女史。
「取材か……」
俺は少し考えた。
そもそも、これから【領地】を単位としてギルドにクエストを割り振ってもらうためには、まず『社会的な承認』を得られなければならないだろう……とは思っていたのである。
だって、急に、
『俺の領民たちがモンスターを倒しますので、クエスト割り振ってください』
と言っても、ギルドは面食らうだけだろう。
聞いたこともない話だからな。
しかし、領地領民でモンスターを倒す俺たちのやり方が「面白いことやってんじゃん」と世の中で話題になってくれれば、ギルドも俺の領地を『一単位』として認めてくれる可能性が上がるというもの。
今はギルドもかなり世論の影響を受ける世の中なのだから。
そういう意味では、ここで小さくても【冒険王】で取り扱ってくれることは、先のためになる……か。
はぁ……やれやれ。
仕方ないな。
「いいよ。取材に応じよう」
「本当ですか!ありがとうございます!!」
と、アクアは俺の手を握った。
◇
俺は、これまでの領民育成と育成スキル、そしてこれからのビジョンを女編集者アクアに話してやった。
すると、アクアは熱心にも「実際に領地を見せて欲しい」と言うので、それでは1日では無理だろうということになり、館の1室に彼女専用の部屋を作り泊まってもらった。
次の日は黒王丸に乗せ、領地を回りながら説明してやる。
彼女は、領民による西側のモンスター駆除や、ローテーションの方針、イサオさんへのレシーバーの件など、ひとつひとつのことに感激し、俺を褒め称えてくれた。
こうしてアクアは、けっきょく領地に2泊3日していったのである。
「エイガさん!ありがとうございました。イイ記事が書けそうです!!」
で、ようやく取材が終わる頃には、俺は自分が『世界1の大天才』になったかのような錯覚を起こしていた。
なにせ、ずっと隣の美人が俺のことを肯定し続けてくれるのだから。
気持ちがフワフワしちゃってしょうがない。
しかしーー
「あ、これ。遅れましたが、先月の【冒険王】です。まだお読みでなかったら」
「お、マジで?サンキュー」
と雑誌を受けとると、俺は反射的にランキングを確認する。
ペラペラペラ……
「あれ?勇者パーティ、まだ9位なの?」
「ええ。攻撃的ウィザードのモリエが行方不明中ですからね。エイガさんを解雇しちゃった報いですよ」
「……」
ーーそのとき。
俺はこの2、3日で醸成された自画自賛の気分がスーっと引いて行くのを感じた。
だって、モリエが出ていったから俺を解雇にすべきじゃなかったみたいな理屈は明らかにおかしいもんな。
じゃあ、もし俺をパーティに残しておいたとして、その存在意義が『モリエをパーティに在籍させておくこと』って話なら、そんな惨めなことねーだろ。
そこらへん、アクアはやっぱり客観的になりきれてない。
ファンの目が入ってんだな、と思った。
「??……なんですか?」
でも、彼女のような仕事も『あくまでドライに客観的でありさえすればよい』ってワケじゃないだろうし、今回、自分の青春時代にやってきたことを改めて人から褒めてもらえたのはやっぱり嬉しかったので、
「いいや……。俺の領地を一生懸命取材してくれて、ありがとうな」
と、笑って見送った。
……つーか、モリエのヤツ。
まだ帰ってないのか。
もう俺があのパーティにどーこー口出すのはどうかと思うけど、この状態が続くようなら暇を見て探しに行ってやらねーとしょうがないかもな。
◇
アクアが帰った後。
俺は、夏の間に領民をあと75名、新規で戦えるようにしようと考えていた。
25名×3を召集して、また少しずつ『領地の西側』で経験値を溜めようと思う。
そこで俺は、改めてその人選のため領内に馬を走らせた。
パカラッ、パカラッ、パカラッ……
今回は7つの村であまり行ったことのないところも足を運ぶ。
例えば『島村』や『谷村』、そして『山村』である。
特に『山村』は人口が32人と最小で、産業も(?)だったので、今回初めて足を運んだのだけれど……
その山村で【女神の瞳】を開いた俺は、思わぬ職性の持ち主を発見することになった。
その名は、
【掘削者】
である。





