【3章挿話】 前衛剣士デリー・ニュートランド
「デリーくーん!キャー!!!」
「キャー!こっち向いて!!」
「デリー♡デリくーんー♡♡」
ああ、本当に困るな……
こういう女の人たちの声を聞くと、顔が熱くなってますます何も言えなくなる。
「デリー。手くらい振ってあげたらどーですかぁ」
目の前で、エマの綺麗な栗毛がぴょこんとゆれた。
「デリーのこういう人気って大事にしなきゃダメですよぉ。あの子たちがああして騒いでくれるから新聞や【冒険王】での注目度が上がる。冒険王での注目度が上がれば、ギルドからの注目度も上がる。ギルドからの注目度が上がれば、より上級のクエストを割り振ってもらえる……。冒険者の世の中って、そーゆーふうにできてるのがゲンジツなんですからぁ(笑)」
それはそうかもしれないけど……。
「はぁ……また辛気くさい顔して。よーするにー!あーゆー子たちは『応援してくれてるんだ』って考えればイイんですよぉ」
エマ……。
そうか。そうかもしれないな。
「まあ、でも。モリエがいなくなっちゃったんでぇ。どっちにしろ、もう【魔王級】のクエストなんて割り振ってくれないでしょーけどねーwwアタシたち、せっかくザハルベルトに来たのにマジ意味ないですよねー。ははは、ちょーウケる(笑)」
そんなにしょげないで。
そのうちイイ風も吹くよ。
「まあ、せっかくクエストがないんですから、帰って創作活動でもしましょーかねぇ♪」
エマはそんなふうにカラ元気を出して、宿へ向かった。
ずおおおおん……
それにしても、こんな5階だての宿なんてここへ来る前まで見たことがなかったな。
もっとも。
宿だけではなく、この街では5階、6階の建物なんてザラ。
一番高いビルヂングはなんと12階もあるそうだ。
道には馬車がガンガン走り、無数の魔力灯が瞬く。
さすがは冒険者ギルドの総本山が置かれる世界一の大都会ザハルベルトだ。
「なにしてるんですか。行きますよ、デリー」
オレはそう言うエマの後に続いて宿のエントランスへ足を踏み入れた。
が、そのとき。
カシャ!カシャ!
「奇跡の5人のエマさんとデリーさんですね!」
「モリエの不在について一言お願いします!!」
「勇者クロスとティアナの熱愛報道について真相は?」
玄関口に待ち構えていた記者たちが、オレたちに向かって押し寄せる。
黄色い声の100倍苦手なのは、この手の人種だ。
オレも嫌いだし、エマはもっと毛嫌いしている。
でも、ティアナさんが、
『記者の人たちを怒らせてはダメよ。黙って、相手にしなければそれでいいの』
と言うから、オレたちはその通りにしていた。
確かに。
ただでさえモリエがいなくなって炎上しているのに、これ以上マスコミからの印象が悪くなれば、ギルドから割り振られるクエストの級はさらに落ちるだろうからな。
「デリーさん!モリエの不在と、クロス、ティアナの熱愛報道について!」
しつこいな……って、あれ?
エマがいない。
エマ……。どこ行っちゃったんだよ。
「どけ」
と、オレは詰め寄せてくる記者たちの肩をぐいと押しのけた。
◇
部屋に戻っても、やっぱりエマはいなかった。
宿に入ったところまでは一緒だったのだから、この建物のどこかにはいるはずだ。
そう思って各階、ロビー、トイレなど探して、最後に宿のラウンジへ行った。
カラン……
そのテーブル席で、金髪の三つ編みがしょんぼりとしなだれているのが見える。
「はぁ……」
あ、ティアナさんだ。
エマがどこへ行ったか知ってるかな?
と、オレが足を進めようとしたときだ。
ガシ……
誰かが腕を掴む。
「デリー」
あ、エマ♪
「しっ!隠れてください」
高くはないが可愛らしい鼻先に、人差し指を1本立てて腕を引くエマ。
「よお、ティアナ」
するとクロスさんがラウンジへ入って行くのが見える。
間一髪。
危うくあのふたりの間に出て行ってしまうところだった。
ありがとうエマ。
「イイから!もっとこっち来て隠れていてください!」
うん。
さて、ティアナさんはクロスさんに気づくと、テーブルに置いてあった赤い眼鏡をスっとかけて、あわてたように姿勢を正した。
「クロス。お疲れさま」
「ああ、そっちも。で、どうだった?ギルドは」
「……ダメね。通常のクエストなら割り振ってもらえそうだけど、やっぱり【魔王級】は無理みたい」
「そうか……」
バサ……。
クロスさんはテーブルへ雑誌を放ると、ティアナさんの向かいのソファに座る。
「こっちも見てみろよ。今月の【冒険王】でも9位だった……。あれから何回も通常クエストをこなしているのにな」
魔王は、常に世界で7体までしか指定されない。
だから冒険者として【魔王級】のクエストを割り振ってもらおうとすると、9位ではやはり難しいのだ。
これ以上に行くためには、やはり『奇跡の5人』と呼ばれるメンバーがそろっている必要がある。
特にモリエは冒険評論家たちがこぞって論評し合う『注目株』だ。
なにせあの歳で、6つの攻撃魔法属性のうちすでに2つも【最高レベル5】の魔法を使いこなせるのだから。
あの娘がいないということは、期待されていただけに評論家たちの『落胆』もはげしく、このパーティの評価そのものを実際以上に渋いものにしていた。
まあ……このあいだの【冒険王】で言われてた、
≪攻撃的ウィザードのモリエがいないと、どうしても全体攻撃に薄い印象≫
というのは本当のことで、悔しいところではあるのだけど。
前衛剣士のオレは単体物理攻撃が主だし、勇者のクロスさんだって対ボス仕様のスキルを中心に攻撃力を伸ばしているわけだからさ。
カラン……
テーブルのクロスさんは注文していたモスコミュールが届くと一口だけ含み、こう言った。
「やっぱりアイツをヤメさせちまったのが良くなかったのかもな」
「っ……その話はヤメて」
「でも……」
「あの人がもうこのパーティの冒険について来られないことは間違いのない事実よ。それはあなたのせいじゃないし、エイガのせいでもないのだわ。仕方のない……仕方のないことなのよ」
「……そうだな」
「もう、楽しいだけでやっていける時は終わったの」
「……」
そこでクロスさんはグラスに残ったお酒をグイっと飲み切った。
「なあ、ティアナ。ずっと前から言ってること……考えてくれたか?」
「ずっと前から言ってること?」
「オレと、正式に付き合ってくれって話」
薄いベージュのカットソーに映るティアナさんの肩の骨が、それでとうとう崩れていってしまうのではないかと錯覚された。
「い、今は……考えられないわ」
「ティアナ……」
「わ、私たち!今は冒険のことを最優先に考えるべきだと思うの。とても大事な時期でしょう?」
「……うん」
「モリエのこともあるし」
「わかってる。ここが堪えどころだよな」
「ごめんなさい……」
「……じゃあ、もう寝るよ」
「ええ。おやすみなさい」
そう言うと、クロスさんは席をたった。
「……」
ティアナさんはひとり残り、スプーンでミルク・ティーを混ぜていた。
「やれやれ……」
と、隣のエマがつぶやく。
「本当にクロス先輩って頭からっぽですよねー。あれ、エイガ先輩とティアナ先輩が付き合ってたって気づいてないんですから」
え、そうなの?
「そーですよぉ。だからティアナ先輩もなんとも言えないっていう。ちょーウケる(笑)」
エマ……。
「ティアナ先輩もここまで来たらクロス先輩と付き合っちゃえばイイんですよぉ。クロス先輩だってカッコイイんだしー、女の人は二番目に好きな人と一緒にいた方が幸せになれるって言いますしー」
そんなわけないだろ。
一番好きな人と一緒にいられるのが一番幸せに決まってる。
「っ……。それなら腕にしがみついてでも一緒について行けばよかったんじゃないですかぁ」
エイガさんが連れていくわけないじゃないか。
そもそもエイガさんがティアナさんと別れたのって、『もうすぐ自分はパーティにいられなくなる』ってわかってたからだろ。
このままじゃティアナさんも、エイガさんと一緒にパーティを抜けるって言い出すに決まってたから……。
「そーですよぉ。でも、それだってティアナ先輩、全然わかってないじゃないですか。だから退職金とか言っちゃって……あれ、領地に連れてってもらうの期待してたんでしょ。そんなんじゃエイガ先輩バカだから、連れてってくれるワケないのにー。ほんとバカなツンデレ先輩」
はぁ……。
それをエマが言うなよ。
自分こそ、それでエイガさんのこと大好きなクセにさ……。
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