第三魔王ナーヴァス
巨大な艦が、陥落したアカバン港に着港していた。
「これがヤツらの船じゃな……」
第三魔王ナーヴァスは瓦礫の影からその様子をうかがっている。
本来であれば、堂々と船へ飛び移り、そのすべてを皆殺しにすることくらいたやすい。
同じ『魔王』でも四天王と三魔皇ではそれほどの差があるのだ。
しかし、今の彼女は本体ではなく分身状態なので、その戦闘力は10分の1ほどしか発揮できない。
単身乗り込んで行ってもエイガの領民部隊たちにボコボコにされてしまうだろう。
「よいしょ……なのじゃ」
ナーヴァスは見つからないように艦の側面をよじ登り、縁からそーっと甲板をのぞき込んだ。
――わはははは!……
どうやらヤツらは宴中らしい。
強敵ナルシスをうち破った余韻に浸っているのだ。
(むふふ、油断しおって)
しかし、まだ半数以上がシラフなようだ。
もう少し時間をおいて、彼らが酩酊状態になった頃合いに潜入することにした。
◇
ナーヴァスは、関係性の深い人間どうしを戦わせて壊すことをよく好んだ。
魔王としての欲望……性癖と言ってもいい。
美しき魔法剣士グリコが最後の価値として愛した弟ユウリ――彼の願いを叶え、引き換えに記憶を要求したのも、この性癖が故であった。
どちらかが一方を殺してしまい紅涙の雫が落つる瞬間を想像すると、愉悦と絶頂の予感で気が飛びそうになる。
そもそも。
何モノからも自由な、強すぎる個の意識を持つ者は、他人の小さな関係性に対してある種のフェティシズムを持ちがちだ。
血縁関係、友人関係、恋人関係、師弟関係……
こうした関係性の中で起こる活力を第三者視点で疑似体験することで、自らの強烈な個の意識が抱える虚無が埋まったような気がするから。
かと言って魔なるものは、自分自身で関係性の活力の中へ飛び込もうとはしないし、できない。
あらゆる関係性は、(家族イメージを筆頭に)国家や共同体に予めある文化的偏見を前提して成り立っているからである。
魔物は文化的偏見など持たない存在。
それが地獄の法。
ナーヴァスの性癖は、本来は個を持たぬ魔物でありながら強烈な個を持つ『魔王』であるからこそ起きる必然の一つなのかもしれない。
「……うむ。そろそろじゃろう」
夜もふけてきた。
ナーヴァスは再び艦の側面をよじ登り、様子をうかがう。
甲板には数十あまりの人間どもが酔いつぶれて眠っていた。
これなら大丈夫と、縁から甲板へ降りる。
気持ちよさそうに転がる手足を踏まないように、そろりそろりと歩いた。
「も、もう飲めねえよ……うーんZzzz」
「むにゃ、むにゃ……」
誰しも酔っぱらって目を覚まさないが、一つ問題があった。
それはエイガがいないということ。
そもそも、甲板で寝てる連中は聞いている人数ほどいなかった。
途中でちゃんと部屋へ行って眠った者と、最後まで飲んでそのまま眠ってしまった者と、二パターンあるようだ。
エイガは前者なのだろう。
そうなると、エイガの部屋がどこか案内してもらわねばたどり着けない。
ナーヴァスは催眠用の紐とコインを取り出して、一人一人顔を見て回った。
(はたして、どヤツがかかりそうかのう……?)
そう探し回っていると、ふと、ふんどしのお尻をまる出しに眠っている娘が目にはいる。
(……な、なんという尻じゃ。しかしこれでは風邪をひいてしまうのじゃ)
そう思って近くにあった毛布をかけてあげた。
ちなみに、ふんどし尻の娘は催眠にはあまりかかりそうにない人相だったので放っておく。
さて、続いて何人か見て回ると、やっとよさそうな人相が見つかった。
まっすぐ真面目で、思わず「はい」と言葉通りに従ってしまいそうな顔。
「おい、起きるのじゃ」
ひらひらなプリーツ・スカートをはいたその少女は、むくりと上半身を起こす。
「うーん、お酒もってきてくれましたぁ?……むにゃむにゃ」
「さっき飲んだじゃろう。それよりもこれを見よ」
そう言って、紐を通したコインを少女の眼前にやる。
「これからおぬしに催眠をかけるのじゃ。なんでも妾の言うことを聞いてしまうようになるのじゃ」
「えー、催眠術なんてあるワケないじゃないですか。そんなのかかりませんよ~」
とは言うが、ナーヴァスの姿に悲鳴を上げない時点で、半分かかっているのだが。
「ものは試しじゃ。ちょっと立ってくれぬかのう?」
「いいですよ」
「では、このコインの振れ幅をよおく注意して見ておくのじゃ」
「はい」
「今は少ししか振れておらぬな」
「はい」
「ところが、コインの振れが大きくなるにつれて、おぬしのスカートが捲れていってしまうのじゃ。よいな」
「……はい」
少女はスカートのすそをつかみ、コインの振れ幅を真面目に観察し始めた。
しだいにスカートが捲れていき、太ももが露出し、しまいには変態が見せびらかすように白いパンティがまる出しになった。
「むふふ、なかなかよいのじゃ……♡」
「はい」
ちなみに、催眠は万能ではない。
本人が本当にイヤだと思っている内容――例えば今自殺しろなどと命じても従わない。
しかし、多くの少女にとってスカートが捲れるのは心の70%イヤだと思っていても30%は嬉しいので、催眠状態であれば従ってくれる。
「ところで、エイガが水をもって来てもらいたいと言っておってのう」
「はい」
「すまぬが、この水をヤツのところへ持って行ってやってくれぬか?」
「……わかりました」
水を渡すと、少女は夢遊病のようにふらーっと甲板を歩いて行った。
カツーン、カツーン……
小さな階段を降り、続いて螺旋階段に通じ、さらに通路をずっと進んでいく。
改めてバカでかい船である。
やがて、少女は通路でピタッと足を止め、ドアへ向かってノックをしかけた。
「おっと、なんだか急に眠くなってくるのう。三つ数えるのじゃ。1、2、3……」
「うーん、ぐー……Zzzz」
予想以上のかかりようで、彼女がちょっぴり心配になった。
「……まあよい。ここがエイガの部屋じゃの」
ドアノブを回す。
……が、鍵がかかっている。
アンロックの魔法で無理やり開錠し、音を立てぬようドアを開けた。
灯りはなく、暗い部屋。
しかし、悪魔はその種族の性質上夜目が利くので問題ない。
そーっと足を踏み入れ、ベッドをうかがうと……いた! エイガだ。
「ぐーぐー……Zzzz」
のんきに眠っている。
今、夢は見ているだろうか?
(まあ、どちらでもよい。先に入ってしまうのじゃ)
ナーヴァスはカワイイお尻に生えた悪魔のしっぽを、エイガの耳の穴へ差し込んだ。
――シュン……
次の瞬間、ナーヴァスは消えた。
エイガの夢の世界へ潜入したのである。
※次回更新4月9日(木)20時10分





