第二魔王リベラリティス
「なんてことだ……」
九天魔城の『視聴覚の間』に、そんな言葉がひとつ響いた。
視聴覚の間では、地獄(上の世界)の最先端魔法モニターにより、下の世界の戦闘を快適に視聴することができる。
尚、その場には第六魔王アニムス、第五魔王パニコス、第二魔王リベラリティスといった魔王級の姿もあった。
および関係者も含め、その場のほぼ全てがモニタを眺めて言葉を失っている。
――シーン……
画面にはエイガ・ジャニエスに殴り伏せられた第四魔王ナルシスの姿……という衝撃的な映像がうつしだされていたからだ。
≪おどろいたのじゃ~!≫
ふいに、モニタから場違いな幼女の声が響いた。
≪まさかエイガがあそこまでヤルとは思わなかったのじゃ!面白くなってきたのじゃ♪≫
そう。第三魔王ナーヴァスの声である。
彼女は自ら開発したVR魔法機器により下の世界へ幻影を飛ばすことができる。
そして、そのナーヴァスの幻影は茂みからエイガVSナルシスを撮影してリアルタイムに送信していたのだ。
おかげで地獄の面々があの戦いを観戦できたというワケだ。
≪それでは皆の者、放送はここまでなのじゃ。中継は妾、第三魔王ナーヴァスちゃんだったのじゃ。またなのじゃ~!≫
――ぷつん……
大画面モニターは消え、ナーヴァスの甲高い声も止んだ。
再び沈黙。
しばらくしてやっと第五魔王・鳥人パニコスが嘴を開いた。
「……ナルシスは四天王最強の男だケー」
「何が言いたいざんす……?」
第6魔王アニムスが聞き返す。
「ケケー……(汗)ナルシスが敗れたということは、我ら四天王ではヤツに、エイガ・ジャニエスに敵わないということ……」
「バ……バカを言うなざんす!」
アニムスの台パンで高杯に注がれた生き血が波打つ。
「ヤツはしょせん勇者パーティを戦力外通告されたクズざんす! 我ら四天王の敵ではないざんすよ!」
「ケケケー、じゃあなんでナルシスがやられたんケ?」
「ふんッ。おそらくナルシスのヤツが腕を落としたざんしょ。ワケのわからない空想ばかりで修業を怠っていたからざんす」
「……ケケー、なるほど、そーいうことケー」
パニコスは「あー、びっくりしたケー」と胸をなで下ろした。
ナルシスが弱くなったのであれば、弱い相手に負けても不思議ではない。
理論上は確かにそうだ。
「そうざんす。次ナルシスのヤツが復活したら四天王筆頭の座はあらためて決め直さねばならんざんす。クズに負けるザコに四天王のトップは任せられないざんすからね。ホーッホッホッホ……!」
次の四天王のトップは自分だと高笑いするアニムス。
その場の空気は至ってシラけていたが、そこに一言投げる者があった。
「まるで白痴だな」
「……ざんす!?」
仮にも魔王級のアニムスへこんな無礼な口を利く者など考えられない。
振り返ってみると、やはり例の銀の全身鎧の男が立っていた。
「ゆ、勇者クロス……」
「ナルシスは弱い魔王じゃない。少なくともアニムス、お前なんかよりは数倍上だろう」
正論だった。
多彩な必殺技名と圧倒的な物理力であらゆるドラゴンを腕力のみで組み伏す大魔人。
それが竜人ナルシス。
誰がどう評価しようと、四天王最強の魔王である。
「しかも、エイガは奇襲やテクニックで勝ったんじゃない。ナルシスの土俵であるはずの『殴り合い』で勝ったんだ。その意味が本当にわからないのか?」
「グ、ギギ……」
「エイガは強い。そんなこともわからないオマエこそザコだ」
「ギギ……キイイッ!!」
アニムスはついに奇声を上げるが、ふいに停止した。
そう、彼は以前、ゲーテブルク城で勇者パーティに敗れており、クロスの強さは身に染みてわかっているのだ。
カタツムリのような目を見開き血走らせながら、触手は恐怖でブルブルと震えている。
それでも、九天魔城の一同に対する魔王としてのメンツもある。
このまま引き下がれない。
「キ……キサマ! ここで殺してやるざんす……!!」
場は慄然とした。
誰もがアニムスが血祭りにあげられる様を思い浮かべる……
「やめておきたまえ、アニムス君」
が、その時、吹雪のように冷たい声が響いた。
その場の全員が声の主を見る。
「……」
そこに座っているのはストライプの背広に、銀メガネの男。
人間のVIPな紳士のようにも見えるが、頭には針のように細く鋭い鬼の一本ツノが生えている。
そう、彼こそが第二魔王リべラリティス。
三魔皇の一柱である。
リベラリティスは怒鳴るワケでもなく、激しい剣幕を見せるワケでもないが、先ほどの一言の威圧感のみでその場の魔物たちは声も出ぬほど震えていた。
何しろ、彼はめったに人前で言葉を発しないのだから。
「失礼する……」
と言ったのはクロスである。
彼は興味をなくしたように『視聴覚の間』を退出した。
アニムスがかかって来ないと悟ったらしい。
「リべラリティス様! クロスを放っておいてよござんすか? あのような無礼を不問に付しては、魔王の沽券にもかかわるざんす」
クロスが去った後に、第二魔王へすり寄るアニムス。
「……」
「な、何かお答えをくだされざんす!」
と言うので、リベラリティスは片手に持っていた万年筆をぞんざいに机の上へ放り出した。
――ガシャン!……
それはとりわけ大きな音でもなかったが、本人の姿が極めて沈着で洗練されているため、そんなかすかな乱暴さがむしろその怒りをまざまざと象徴し、アニムス以下すべての者の心胆をひどく寒からしめた。
「……クロス君の言う通りだな」
リベラリティスはようやく口を開く。
「エイガ・ジャニエス。ヤツは危険だ」
ざわ、ざわ……
静まっていた場がにわかにざわめく。
「ケケー、お言葉ですがケー。エイガに限らず、人間などという弱小生物をリベラリティス様が『危険』などとおっしゃっては……士気にかかわりますケー」
パニコスがおそるおそるそう諫言するのを、リベラリティスは黙って聞いた。
答えるのに間があったから、パニコスは気が気でなかったであろう。
「……たしかに、一人一人の人間はひどく脆い。そのうえ生に執着し、小狡く、軽薄で、生かしておく価値のない虫ケラどもだ」
「な、ならば……」
「しかし、そんな人間にも、ひとつだけ恐るべきところがある。それは集団の力……とりわけ国家という巨大な単位で総力を結集する力だ」
「ケケ……?」
「??」
「……?」
果たして、この場の何匹が彼の話を理解しただろうか。
そう。
魔族にはそれがわからぬのだ。
歴史もなく、同族意識もない。
魔族には個の能力の上下を基礎にした、主従関係があるのみ。
リベラリティスとてそれは同じことだが、彼はその類まれなる鬼の知力をもって「月視点」の客観性で人間よりも人間を深く理解していた。
地獄の魔物どもの中でそんな高度なことができるのはほんの数匹しか存在しない。
「ヤツの危険性は、まさに国全体をもって我らに応じるところにある。それは、国力が伸びれば、それだけ戦いの力も増大するということだ。今のうちに対処する必要がある」
「そう言うことであればリベラリティス様。エイガ・ジャニエスを殺すのに最適な者がおりますわ」
ここで口を開いたのは、ナーヴァスの副将ゼルである。
彼女も人間を深く分析できる数少ないひとりであった。
「ゼル君か。うむ、発言を許そう」
ナース服の女悪魔は灰色肌の膝をついて答える。
「エイガを殺す最適な人物……それは、勇者でございます」
「勇者? クロス君か……」
彼は、クロスとエイガの関係のあらましくらいは調査済みで、おおよそを記憶していた。
ゆえに、すぐ察しがつく。
遊びを思いついたのだろう……と。
「なるほど。ナーヴァス君らしい発想だな。しかし、エイガという男、逃げずにクロス君と戦うのかね?」
「ご心配なく。ただいまナーヴァス様が”仕込み”をしておりますの」
「ふむ……」
リベラリティスは先ほど机へ放った万年筆を拾うと、「では、この件は彼女へゆずろう」とだけ残し、席を立った。
次回来週(4月2日20時10分)更新





