第149話 凧(たこ)
「ぜー、ぜー、ぜー。やれやれ、ここまで来れば大丈夫だろ……」
艦は一度アカバンの湾口を離れ、遠く沖の方まで逃れていた。
部隊の150名は全員無事。
しかし、主砲ペンタグラムでの楽勝ムードから一転、艦上には重い空気が流れていた。
「エイガどの。ここからどうするでござるか……?」
坂東義太郎が尋ねる。
「魔王級クエストの失敗は許されないでござるよ」
「……心配すんなって。作戦さえちゃんとしていれば戦いになるもんさ」
「え!? もう作戦が立っているでござるか!?」
「クックック……決まってんだろ」
俺は煙草へ火を付けながら答えた。
「それをこれから考えるんだよ」
「……(汗)」
ずっこける侍。
「あわてない、あわてない。一休み、一休み……」
「悠長すぎでござる!」
「まっ、空でも眺めてみろって。アイディアが降ってくるかもしれねーぞ」
めずらしく気を揉む坂東義太郎に向かって、俺は「ほら」と空を指さして目線を促した。
青い空に、何やら白く四角い物体が浮かんでいる。
「??……なんでござるか? あれは」
坂東義太郎は首をかしげる。
領民部隊のみんなも上空の物体に気付いたらしく、艦上はにわかにざわめきはじめた。
ざわ、ざわ、ざわ……
「なんだあれは!?」
「鳥だ!」
「ドラゴンだ!」
「いや……忍者だ!!」
そう。
空の物体は大きな四角い凧だった。
その凧には一人のエロい身体をした女忍者……西園寺華那子が大の字に張り付いているのである。
やがて艦の付近まで来ると、女忍者はハッと凧から手を放す。
「ああ!!」
「危ない……ッ!」
領民部たちの悲鳴が起こる。
が、彼女は落下しながらも華々しく回転。
クルクルクルクル……シュタ……ッ!!
最後にはほとんど音もたてずに甲板へ着地した。
「ホホホ、9.5点……と言ったところでしょうか」
おー!! パチパチパチ……
デッキでは悲鳴から一転、みんなの拍手喝采が巻き起こる。
「でも……あの高さから落ちてくるなんて少し緊張しましたわ」
「無茶すんな!(汗)」
そうツッコむと、覆面の女忍者はむき出しの膝をピタッと整えて真っすぐ俺に向き直った。
「ご報告申し上げますわ!」
「う、うん……お疲れ。どうだった?」
「ええ。上空からでもおおよその砦の構造は把握できましたわ」
そう。
俺は最初の作戦が遂行不可能になった場合のことを考えて、あらかじめ彼女を斥候に出していたのである。
「魔王城レベル1とレベル2で構造に違いはあったか?」
「それが、ありませんのよ」
やはり、思った通りだ。
「ってことは、魔王城レベル1の段階で大砲は備わっていたんだな」
「ええ。敵の大砲は3門。しかし、性能は大したものではございませんわ。我らの主砲と比較すればおもちゃのようなものですわね」
そう侮る西園寺華那子。
でも、そうは言っても耐久力が違うからなぁ。
相手は魔王軍。
防御力が高いし、何度も復活する。
一方、こっちは150人の一人一人のタフさは俺を含めて並。
艦も一度喰らったら沈没だ。
「問題は主砲が使えないだけじゃなくて、城へ近づけないことだ。敵の大砲はすべて湾口へ向かってるんだろ?」
「はい。すべてきっちり海へ向かって固定されておりますわ」
「うーん……」
海へ向かって固定、か。
……よし。
「作戦は決まりだ! 全員集めてくれ!」
そう言って俺は煙草の火を消した。
◇
実を言うと……
このアラビラ文化圏でのクエストは以前にも経験があったんだよね。
あれは3年前、勇者パーティ時代のこと。
メタル・オーガの群れがアカバン港を占拠し要塞化してしまったのだ。
コイツらを追い出し、港を正常化させるのが当時のクエスト内容だった。
「もちろん魔王級クエストと比べれば敵は弱かったんだけどさ。そのメタル・オーガたちも同じように大砲を使っていたんだ」
「敵はどうして同じように大砲を湾口へ向けて固定させるんでしょうか?」
頭の回るナオが質問する。
「うん、そもそもな。アカバン港が魔物に要塞化されやすいのは、背後にデス・デザートという鉄壁の守りがあるからなんだよ」
「デス・デザート?」
「そう。デス・デザートーー地元の商人たちすら恐れる死の砂漠さ。だから魔物たちは背後から攻められる心配をせずに済む。海から来る船を大砲で撃っていれば、要塞を維持できるというワケだ」
「でも、先生は以前に砦を攻めたんでしょう?」
杏子が首をかしげる。
「どうやってメタル・オーガを滅ぼしたんですか?」
「陸側から攻めるのはほぼ不可能。だから敵は、こっちが絶対に海から攻めてくると思うワケじゃん。そんな時、必勝法はたった一つ……」
俺は勇者パーティ時代のそのクエストで、あえてデス・デザートを越えて陸側から砦を攻め滅ぼした経験を話してやった。
「なるほど……」
「スゴーイ! かっこいいなあ!」
「でも……ってことは、ウチらもみんなで根性入れて砂漠を越えればいいってことだね!!」
チヨがふんどしのお尻をキュっと締めながら気合を入れる。
「あわてんなって。それはそれで面白いけど、マジで死ぬ思いだからな。そのあとでタフな魔王戦をこなすなんて現実的じゃない」
つーか、今考えるとあの時もマジで向こう見ずな作戦だったし。
案内を頼んだ地元の商人がキレてたのも理解できる。
「じゃあ、どうするのー??」
「手はある。ナオはもうわかったろ?」
そう聞くと、ナオは表情の少ない顔に微笑を浮かべて頷いた。
俺は事情を知らないみんなへ向かって説明を続ける。
「なんと!!」
「……そんなことが!?」
「本当にできるんですか?」
「ああ。出立前にリヴが艦のアップグレードをしてくれていたじゃん? 今回は使わないと思ってみんなには言ってなかったんだけど……まあ、ちょっと見てろ」
そう残して、俺はナオを連れて艦橋へと向かった。
艦橋は、艦の操縦や指令などのための塔である。
部屋が塔の高所にあるため、ここから遠くまで見渡せる。
「領主様……!」
部屋へ入ると、操舵士が席を立った。
「いよいよ使われるのですね!」
「ああ」
ここからは通常の船の舵とは別の舵を利用する。
新しく部屋の中央に設置された水晶型の舵。
それがリヴのアップグレードによって備わった新システムである。
「ナオ、頼むぞ」
「……はい。領主様」
コイツの操縦は一番の支援系魔術師であるナオにだけ訓練させていたんだ。
ナオは専用の3Dゴーグルを嵌め、水晶型の舵の前の席に座り、各種のボタン、レバーを調整してから言った。
チュイイイイーン……カタカタカタ……ピチューン……!
「準備ができました」
「よし、特殊系魔力への変換を開始しろ」
「はい。魔力変換完了10秒前。9、8、7……」
そう。
今回の魔王戦攻略は、事前の作戦通り海から攻めては敵の思うつぼだ。
だからと言って、無理やり砂漠を歩いて陸から攻めては魔王軍と戦うリソースが絶える。
ならば残る道はひとつ……
「3、2、1……艦、飛行開始!!」
空だ。





