第147話 艦橋の上で
出発当日。
艦のドックへの注水が始まると、俺は見送りの方を振り返って言った。
「ガルシア、わかってくれよ。魔王級クエストの連戦はたしかにキツイけど、俺たちがやるしかねえんだ」
ガルシアはあきらめたように軽く「ふふッ」と微笑する。
「もう何も言わねえッス。旦那は言い出したらきかないッスからね」
「大丈夫ですよ……」
鋭い目つきの女秘書が続く。
「エイガさまはむやみに領民部隊を危険に晒したりはしません。勝算があるのでしょう」
「……ありがと、五十嵐さん」
俺はぽつりと礼を言う。
続いて、見送りの集団の中に角刈りの爺さんが見えたので、彼の手を引いて耳打ちした。
「イサオさん。そういうワケで俺、年明けには領地にいられなくなっちゃったけど……俺と五十嵐さんとの結婚式をちゃんと中止にする件、ぜんぶあんたに頼んだよ」
「それはもう! お任せくだされ!」
伸びかけたロン毛をまたフミエさんに角刈りにされているところを見ると少し不安だが、他でもない孫娘の将来のためなのだからイサオさんも気合入れてフミエさんの暴走を止めてくれるだろう。
「エイガ、注水が終わったよ」
リヴがそう言うので、再びドックへ向き尋ねた。
「艦のアップグレードの調子はどうだ?」
「時間がなかったから6分の1程度だけど……頼まれていただけの能力は発揮できるはずさ」
「あの短い時間の中でよくやってくれたな」
これで艦の弱点は一部解消される。
不測の事態にも対応できるはずだ。
「でも、戦闘中に効果が切れたら大変だ。能力発現時間にはじゅうぶん気をつけるんだよ。まだ改良は途中なんだからね!」
「わかってる」
そう言ってリヴと拳を合わせる。
それからもう一度五十嵐さんたち見送りの方へ軽く手を振り、艦へのタラップを渡っていった。
「領主さまばんざい!」
「かっこいい~」
「がんばって、エイガ様~!!」
艦に乗ると、領民たちを振り返ってまた手を振る。
波は高く、天気は晴朗。
気は満ち、すがすがしい。
――この時は、再びこの地に帰る時の大異常など想像だにしなかった。
◇
艦は海を西へ進み、いくつか海峡を越え、大洋を一つ越えて、アラビラ半島に到達した。
その巨大な半島を陸伝いに北上していく頃になると、部隊全体に魔王戦の緊張がそこはかとなく生じてくるのがわかるが、アカバンへの到着にはまだ数時間を要するのでリラックスして体力を蓄えておくよう注意する。
やがて東方に砂漠街モスクアードの影が望まれた。
遠くで立ち並ぶアラビラ文化圏の寺院。
ずいぶんなつかしいな。
あの街からデスデザートを越えてアカバンを攻めた時はマジ死ぬ思いだったけど、あとから考えれば楽しい思い出か。
灼熱の太陽、寒い月夜、砂まみれのクロスの笑顔……
そんな思い出にセンチメンタルな時だった。
「領主さま! 不審なヤツが近づいてまいりますぞ!」
物見の言う通り、モスクアードの方から傘をさした人がひとり歩いてくるのが見える。
歩いて……と言っても地面ではなく、空中を歩いてくるのだから確かに不審だな。
「攻撃しますか?」
「よせよせ。意味ないから」
あの傘はティアナのだ。
勇者パーティでも最も防御の強い彼女へ、半端な攻撃は魔力のムダ使いでしかない。
……シャラララ☆
魔法の傘をさした女はやがてスカートを抑えながらひらひらと甲板へ降り立ち、ひとつ赤い眼鏡を正すと青い瞳をこちらへ向けた。
「……エイガ」
「どうしたんだいきなり? みんなが『不審なヤツ』って言ってたよ」
「少し話が……二人で話したいのだけれど」
俺は周りの領民部隊の連中を見まわす。
「艦橋の上でいい?」
「ええ」
ティアナは左手で俺の手を握り、右手で魔法傘を軽くかかげる。
すると一瞬ゆっくりと浮遊したのち、次の瞬間には一気に艦橋の上へと飛び上がってしまった。
酔うわ。
「実は、クロスがいなくなってしまったの」
「……ああ、聞いたよ」
俺は艦橋上の風の強さにタバコの火をつけるのをあきらめながら返事した。
「それ、いつから?」
「ちょうどあなたがザハルベルトを去ってすぐのことよ」
やっぱりそうだったか……
「エマも、デリーも、モリエも、わたしたちみんな世界中を探し回ったわ。以前クエストで赴いた地はあらかた探して……それでもクロスの消息はつかめないの」
ティアナはクロス捜索のこれまでを一気に説明してくれた。
少し憔悴しているようにも見える。
彼女のことだから余計に責任を感じて抱えこんでいたのだろう。
「他に何か手がかりはないのか?」
「デリーの話だと、『地獄へ行ったのかもしれない』って言うのだけれど」
「地獄!?」
「ええ。でも、もしそうだとしたら……もう、どうしようもないわ」
「いいや……」
アキラが山の中で見つけた黒曜石のゲートのことが頭をよぎる。
「それならむしろなんとかなるかも」
俺は領地で発見した地獄門の話をした。
あとは起動のさせ方だが、それもじきに調べがつくだろう。
「エイガあなた……まさか地獄へ行くつもり?」
「ああ。俺は一つだけどうしてもアイツに聞かなきゃいけないことがあるんだ。地獄にいるなら追いかけて行ってやるさ」
「私も行くわ! クロスがいなくなってしまったのは……きっと私のせいだもの」
「よせよ! そうじゃねーって!」
「でも……」
「……そうじゃないよ」
二度目にやさしく言うと、ティアナの青い瞳がじゅんッと潤む。
その涙を拭いてやりたくて指が出かかるが思いとどまった。
いま感傷にひたるのは違う。
「でも一緒に来てくれるのはありがたいな。地獄門を生身で通ることはできないから、お前の力が必要なんだ」
「あ、セントレイア……?」
「うん」
防御の究極魔法と言えるレベル6魔法セントレイア。
俺がうなずくと、彼女も力強くうなずく。
方針が決まったからか。
ティアナの顔からさっきの弱気が消えていた。
「あと、その件で領民部隊は使えない。世界中に散らばった勇者パーティのみんなも集めてくれないか?」
「そうね。あなたが魔王戦から帰る頃に、極東の領地で落ち合いましょう」
みんなもさぞクロスのことが心配だろう。
……そうしたらエマにもこの前ヒドイこと言ったこと謝らなきゃな。
「じゃあエイガ。魔王戦、がんばってね。今のあなたの力なら黒龍ナルシスもきっと倒せるわ!」
「ティアナ」
魔法の傘を広げようとするティアナの腕をつかんで言った。
「クロスとの決着がついたら……領地に来て一緒に暮らそう。ジイさん、バアさんになるまで、ずっと」
彼女は何も言わなかった。
だから余計な説得はいらないと思った。
「もう一度だけ言うよ。ティアナ、俺のお嫁さんになってくれ」
「……はい」
青空に近い艦橋の上に祝福の風花が舞った。
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次回もお楽しみに!
黒おーじ





