第16話 穴
「領主様。こちらお納めください」
と言って、『中村』の長者が引いてきたのは、一頭の馬だった。
「え、こんなのいただいちゃってイイの?」
「へえ。もちろんでございます」
ヒヒーン!!……
真っ黒な毛の、強そうな馬である。
「スゲーありがたいよ!この領地はそんなに広くはないけれど、歩いて回るにはちょっと時間がかかり過ぎると思ってたんだ」
「そうでございましょう」
と言う長者はニコニコ顔。
なんかいろいろとおべっかを使うなぁと思って話していると、どーやら自分の娘を俺のところへ嫁がせたいらしいというのがわかってくる。
それは丁重にお断りさせていただいたので、やはりこの馬をいただくことはできないと言ったのだけれど、
「いえいえ!それとこれとは別でございます……どうかお納めを」
と恐縮して帰ってしまった。
申し訳ないなぁと思ったので、良さそうな男性がいたら今度ご紹介して差し上げようと思う。
ガルシアとか、どーかなぁ。
ヒヒーン!!
「おっ旦那!イイ馬じゃねーッスか!!」
そのガルシアも、馬のことを褒めてくれた。
「これなら高く売れるっスよ」
「売らないよ。俺が乗るんだ」
「ああ、なるほど。じゃあ名前はもう決まってんスか?」
「いいや」
俺、名前とか決めるのちょー苦手なんだよねー。
「じゃあ自分に考えさせてくださいっス。ええと、『ポチ』とか?……ボヘっ!!」
馬の前脚が、ガルシアの鳩尾を抉る!
「う、うううう……。じゃあ、黒いんで『クロ』は……グヘっ!!」
再び馬の攻撃。
「うーん。何がイヤなんスかねぇ」
「犬みてーな名前だからだろ。もっと馬らしいのにしろよ」
「じゃあ、黒いから黒は付けるとして、『黒おーじ』なんかどうっス?……ひでぶ!!」
とうとう馬は怒りに任せて後ろ脚キックを顎へ食らわせた。
そりゃそんなワケわかんねぇヘンテコな名前付けられたら、誰だって怒るだろ。
「黒、黒……」
そこで後ろから声がしたので振り返ると、スゲー真剣な顔で五十嵐さんがブツブツ言ってる。
「クロ、コク……黒王丸?」
船の名前みてーだな。
ヒヒーン♡
ところが馬は、五十嵐さんの岩石のような膝へすり寄って、嬉しそうに嘶いている。
「えー。自分のとなにが違ったんスかねー」
まあ、オスだからな。
というワケで、コイツは【黒王丸】と呼ばれるようになった。
◇
田植えが終わっても、夏は夏で田んぼというのは大変らしい。
すぐにボーボーになる草をひたすら取ったり、害虫対策をしたり。
ただ、田植えの時期などと比較すれば、繁忙期というのは一応過ぎたと言えるそうだ。
そこで、俺は『中村』を中心に、50名ばかり追加で領民を招集してみる。
新たに招集したのは、
・前衛剣士30名
・攻撃的魔法使い20名
と、ごくシンプル。
これにあらかじめ鍛えておいた25名を合わせると75名だ。
ガヤガヤ…ガヤガヤ……
でも、75名集めてみると、とりあえずそれだけでマジ大変だった。
「おい!深追いするな!!」
と言ってもすぐどっか行っちゃうし。
「ケンカすんじゃねー!!」
と言ってもケンカするし。
そりゃそうか。
25名をまとめるのも、あんなに大変だったのだから。
それが75名ともなるとひとりひとり顔と名前を覚えてやれるキャパシティも超えてるしなぁ。
ただ、一番大変だったのは最初だけだったとも言える。
全員が戦闘力100を超えると、まあよほどの不注意がなければ大ケガすることもないし。
一方。
最初の25名は、戦闘力558、489、721……と堅調に実力を伸ばしていた。
憑依によって強化してきた武闘家チヨは、すでに戦闘力1256まで来ている。
それから、援護系魔導師の3人のうち2人がひとつずつ魔法を覚えてくれたのは嬉しい。
【テクト】……全体の防御力がほんの少しアップする(レベル1級)
【ルキ】……ひとりの攻撃力が少しアップする(レベル1級)
特に、防御系の支援魔法が【全体魔法テクト】なのはとてもありがたかった。
テクトの効力は、そりゃまあ僅かずつだけど、75名全体の防御力が上がるワケだから、スゲーお得感あるよな。
それから、俺は黒王丸に乗り始めたので、コイツの戦闘力も徐々にあがってきて今794だ。
ヒヒーン!!
さて、もうこのあたりのモンスター相手ならみんな危険はないだろう。
俺が離れると【祝福の奏】の効力はなくなるけど、みんなにモンスター狩りさせるだけさせておいて、ちょっと出かけてこようと思う。
というのは、この『領地の西側』の全体像を把握したいと思ったのだ。
俺は、【黒王丸】に跨がり、駆けていった。
パカラッ、パカラッ、パカラッ……
「やあ。ナツメさん」
「これは領主様」
まず、アイドル職性のばあさんの小屋へ到着する。
「こりゃ立派な馬ですのう」
ちなみに、領主に就いてからもばあさんの小屋へはたびたび訪ねていって、お茶など飲みつつ世間話に興じるようになっていたので、彼女はすっかり俺のガール・フレンドになっている。
「今日は足があるから、西側全体を案内して欲しいんだけど」
「はあ。ええですが……いくらワシでも、馬より早く走ることはできませんで」
と言うところ、俺はナツメさんの手を掴み、グイっと馬上へ引き上げた。
「きゃっ♡」
ふふふ。
女の声になってるぜ、ばあさん。
パカラッ、パカラッ、パカラッ……
ナツメばあさんの話によると、この領地にある3つの山は、『母山』『姉山』『妹山』と呼ばれているそうだ。
で、このうち『妹山』の西か南かというので、俺たちは『領地の西側、南側』と分けて見ているワケ。
妹山の西側には弱小だがモンスターが出る。
人はほぼ住んでいない。
これは馬でぐるりと見て回っても、確かにその通りだ。
ナツメのばあさんがひとり『妹山』の西の麓で暮らしているのは、尋常じゃない生活スキルと山テクニックがあるからで、そりゃフツーの領民はあえて西側に住もうとは思わないだろうな。
「昔は作物を育ててたってことはないの?」
「さあ。ワシが物心ついたときにゃあ、もうモンスターがおりましたでのう」
まあ、そうじゃなくてもあんまし土地が肥えてるって感じじゃないよな。
パサパサした土に岩が多い。
さらに妹山の西側を北へ行くと、『母山』にぶち当たる。
この二山は尾根を交えて、これを越えると別の領地になるんだと。
その境界に行ってみると、『母山』はその名に反してゴツゴツした、緑の少ない山だった。
使えそうな樹木も生えていない。
「……こんなもんか」
少しガッカリして手綱を引き、馬を翻したときだ。
母山側の岩石の合間に暗い穴がひとつ、ぽっかり空いてるのが目に入る。
ゴゴゴゴゴ……
「ナツメさん。この穴なにか知ってる?」
「ああ……それはワシも知らんです。『崩れるかもしれんで中に入ったらいかん』と親にも言われてましたで」
ってことは、失礼だけど、かなり前から空いている穴ってことだな。
ヒヒーン!!
気にはなったけど、穴はたしかに脆そうで、どうすることもできなかった。
◇
「エイガ様。お客様です」
造営中の館の『離れ』に帰ってくると、五十嵐さんが真っ先にそう言う。
「中でお待ちいただいているの?」
「はい」
と言うので離れに入ると、知らない男が2人、正座して座っていた。
「私は、『外村』に住んでおりまして、主に交易で食っとる者です」
と、ひとりが言った。
「外村か。唯一『妹山』の北側にあるっていう」
「はい」
なるほど。
言葉づかいも他の村の人たちとちょっと違う。
「で、なんの用?」
「へえ。今日はこちらの御仁をご紹介したく……」
と言って、外村の男は隣の男へ手をやる。
「拙者、坂東義太郎と申す」
こりゃまたずいぶん言葉づかいも離れて……。
「どちらの方でしょう?」
「拙者、奥賀の者でござる」
奥賀?
俺が頭にハテナを浮かべていると、
「隣の領地の方です」
と、五十嵐さんが耳打ちしてくれる。
まあ……耳打ちはイイけど、唇を耳につけて言うのはよして欲しいけどね。
「で?隣の領地の方が、わざわざ俺になんの用?」





