第145話 ハト
母屋から脱出すると俺はまた温室に戻って来た。
五十嵐さんは琴音ちゃんと遊んでやっていたから、残りの品種改良の確認は俺がやっておこう。
「エイガさま」
そう思った矢先のこと。
誰もいないはずの温室に女の声がしたからマジビビって振り返ると、覆面の女忍者が逆さに降ってきたものだからさらにビビった。
「わたくしですわ」
着地したらなんのことはない、西園寺華那子である。
「ああビックリした……おまえさ、頼むからフツーに登場してくれよ」
「エイガさま、本当に女秘書と結婚してしまうおつもりですの?」
聞いちゃいねえ。
俺はため息をつく。
「勇者パーティの赤い眼鏡の女の子にフラれたばかりだというのに、あまりに節操がないことでございますわ」
「おまえが言うなよ!」
ティアナにフラれたあと即座に襲いかかってきたのはこの女忍者だ。
「それに俺は五十嵐さんと結婚したりしないよ。五十嵐さんは俺にとって大切な人だ。だからこそ……ちゃんと五十嵐さんが好きになった人と幸せになってほしいからな」
「……でも、このままでは式が行われてしまいますわ」
「そういうことにはならないよ」
イサオさんがなんとかしてくれるって言ってるし、もし仮にあのジイさんが頼りにならずにいよいよ婚姻の儀が行われる段に至ったら、今度こそは俺が『婚約はフリだったんだ』とちゃんと説明すればいい。
「もしエイガさまがあの女秘書と結婚式を挙げるようなことになった場合、わたくしも最終手段を使わざるを得なくなりますのよ」
「最終手段……だと?」
「ええ。あまり行使したくはない手ではございますが……極東の将来のためには致し方がありませんわ」
えー、怖っ(汗)
西園寺華那子と彼女の引き連れる忍者集団は味方であればマジ心強いんだけど、敵に回すとこれ以上おそろしい連中はない。
「よぉくお考え下さいまし。エイガさまはすでに一般人ではないのです。土地の領主としてしかるべき妻を娶る責任があるはずですわ」
そう残して西園寺華那子は消えた。
土地の領主としてしかるべき妻を娶る責任がある……
どっかで聞いた話だな。
ザハルベルトの魔法観覧車でティアナにそう言われた時は『もしかしたらそうなのかもしれない』ってちょっとだけ迷ったけど、でも、よく考えるとやっぱあんまカンケーねえんじゃねえかって思うんだよ。
俺は別に遠雲から政略結婚で勢力を拡大したいみたいな野望はない。
ましてや西園寺華那子が言うような極東のカリスマになって導くだなんて大業なこと思いもよらない。
この遠雲の地を統治するだけで精一杯だしね。
生え抜きの領主ならまた違うんだろうけど、もともと俺は貴族でも大名でもなくイチ冒険者だったんだ。
好きなように夢をみて、好きなヤツと遊び、好きなヤツと結婚する……
俺はどうせ、そーゆう生き方しかできない。
品種改良の把握は、途中で五十嵐さんが帰ってきてくれたのですぐに終わった。
「暗くなる前に帰ろうか」
「ええ……」
そう言って五十嵐家を去る。
水入れの季節になれば水鏡が一面に夕やけを映す時刻であるが、今は土面が露出していて、取り残された案山子こそないが、茜いろの上空を数羽の鳥が素通りしていく様がもの悲しさを引き立てていた。
「五十嵐さん」
「はい」
「……いや、なんでもない」
フミエさんの手によって結婚式の準備が進められていることを話しておこうと思ったけれど、むやみに不安に思わせるのも憚られてヤメた。
このままイサオさんがうまく対処してくれればなんのトラブルもなく解決するんだからな。
あとは彼女の意に反してどこかへ嫁に貰われてゆくなんてことにならないように、俺が守ってやればいい。
五十嵐家はみんないいひとたちだけど、むやみに権謀術数を計るところがあるからなー。
そんなことを考えていると、空は紫色になっていた。
館まではあと少し。
「お腹減ったなあ」
「……帰ったらご飯にしましょう」
そんな時である。
何か白いろの物体が黄昏の空にまざまざとし、次第に近づいてくるのに気づく。
「鳥?」
……クルックー! クルックー!
それは俺の足元へ降り立ち、盛んに鳴き声をあげる。
「……ハト、ですか?」
「いや、違う。これは……」
俺が手を差し出すと、そいつは手の平へぴょこんっと乗った。
「電話バトだ」
『クルックー、クルックー……もしもし、私だが』
ハトの鳴き声が終わると嘴から人の声が聞こえてくる。
相手は名乗らなかったが、電話バトはレベル5魔法。
世界中を探しても使える者は限られているので、すぐに誰かは想像がついた。
「ええと、大賢者エルですか?」
『そのとおり。エイガ君、先日の魔王デストラーデ戦はよくやってくれたな』
「もしかしてお祝いを言うためにわざわざ電話バトを使ってくれたんですか?」
『え? あ、ああ……そうだ。そうだとも。キミにとっては初の魔王討伐だからな。当然のことだろう』
やっぱりイイひとだなあ。
『で、その戦いぶりを見込んで、次の魔王級クエストもぜひキミに頼みたいと思っているのだ』
「へ? 次の?」
負担の多い魔王級クエストは一度行ったらしばらくはお休み、別のパーティに割り振られるのが普通だったはずだけど……
「冗談ヤメてくださいよ。俺たちはつい4日前までデストラーデ軍と戦っていたんですよ?」
『キミがそう言うのもわかる。しかし、今ザハルベルトには魔王級クエストに当たれるパーティが急激に不足してしまっているのだ』
「どういうことです?」
『実は、勇者クロスが失踪して勇者パーティが活動休止状態なのだ。さらに女勇者パーティに至ってはパーティ全員の行方がわからない状態……』
クロスが!?
『決戦は年明けすぐになる。魔王級との連戦になりすまないとは思うが、今頼りにできるのはキミしかいない』
「ちょ、ちょっと待ってください! クロスは……」
『頼んだぞ。世界の平和はキミにかかっているのだ』
プチン……クルックー、クルックー……
俺は「もしもし」と繰り返すが電話バトはもう鳴き声しか発さない。
彼は豆鉄砲を喰らったような目で俺の手の平から飛び立つと、星のきらめき始めた西の空へと美しく羽ばたいていくのだった。
次回もお楽しみに!
黒おーじ





