第142話 ゲートの遺跡
「あんな感じのガルシア、初めて見たなあ」
俺がそうつぶやくと、黒王丸が下で『ヒヒーン……?』っと首をかしげた。
でも、よく考えてみればそりゃ当然のことかもしれない。
マンガや小説じゃないんだから常に同じ口調のヤツなんかいないよな。
いつもひょうきんな野郎でも真面目な時はあるし、どんなに寡黙なヤツでもフザけて笑うこともある。
場面場面でキャラ変えるなんて誰でもやっていることだ。
……ヒヒーン!
さて、そんなことを考えながら空飛ぶ馬で領内の東半分を半時計回りに周っていった。
まずは島村。
島村は領内で唯一島にある村である。
80人ほどが暮らし、人魚のような海女たちが素潜りで貝や海藻を取ったりしている美しい島だ。
島の周りには魚も豊富で、男たちも漁でたくましい体つきをしている。
その潜在的な漁獲量は人口の多い磯村よりも高いんだそうな。
ただし、生活水準はなかなか上げることができずにいた。
島であるがゆえに、物資の運び入れ、運び出しの量が制限されるからだ。
それゆえに収獲も抑制的で、島民はずいぶんとのんびりとしている。
そこで館営で小型だが魔法動力で動く船を作り、これを島村への定期船とすることとしたのだった。
定期船は毎日決まった時間に往来し、人やモノを運ぶ。
たとえ一人も利用者がいなくても、だ。
初めはあまり利用されなかったようだが、今日見て見ると島村の者たちは前よりも漁獲量を上げ、余剰をさかんに内地へ送っているようであった。
輸送が安定していれば多くを獲っても売れるとわかってきたのだろう。
こうなれば彼らは債権が増える……つまりカネ持ちになるから、今度は内地からより多種のモノを買うことになり、そこでも定期船が役に立つようになるはずだ。
まあ、今のところまだ債権を貯めるばかりで、あまり使い道を知っているとは言いがたい。
よく稼いだらよく使ってほしいというのが領主としてのキモチだが……
外村の商人に発破をかけておくか。
続いて内地へ戻って磯村へ向かった。
磯村は人口700人。
温泉旅館ができたので少し活気が出て来たが、本業だったはずの漁が振るわない。
近年、潮の流れが変わって魚群が沖へ行ってしまったのではないかと村長が言っていたな。
ゆえに漁師をヤメて転職する者も多くなってきていた。
逆に言うと、新産業の労働力となっているのは磯村の者が一番多いんだけどね。
ただ、一部の漁師たちは外村に借金をしてリヴに漁船を簡単な魔法動力船にしてもらったらしい。
つまり遠洋の新しい漁場へ行って漁をしようというのだ。
「ちくしょう、今日も漁場は見つからなかったぜ……」
そんな男の家を訪ねてみようとした時、軒先でそんな声が聞こえてきた。
「あんた、もう漁師なんざヤメちまったらどうだい?」
「バカやろう。オメえそれでもおれの女房か!」
「だって……」
「だってもへちまもねえ! おれはなぁ、生まれてこのかた漁しかやってこなかったんだ。おれのオヤジも……じいさんもだ」
「でも、あたいたちもう5人も子供こさえっちまったんだよ? どうするんだい」
「う……」
「ねえ、領主さまがいろいろと新しい仕事を作ってくだすっているんだ。一度そっちで働きに出てみておくれよ」
情にほだされたワケじゃないけど、この男には漁師を続けてもらいたい気がした。
女神の瞳で見えた職性は漁師じゃなくて掘削者なのだけど、才能だけが職の基準じゃない。
魔法動力船を利用した遠洋漁業にも期待したいところだしな。
援助できないかガルシアに聞いてみよう。
こうして水産系の島村と磯村を見て回った後、谷村へと向かった。
磯村から北へ行けば東の山が見え、その山を北へ超えると谷村があらわれる。
谷村は人口300人。
東の山中で畑をやっている村だ。
谷村に対しては館で購入した奨励種子を供出し、作物の種類を増やすよう促して発展を図っている。
りんご、茶、綿花などが新たに生産可能となっていた。
また、今日この村へ訪れた最大の理由は、『杜氏』の職性を持つ男がいたのを覚えていたからだった。
杜氏は酒造り系としては最上級の職性である。
もちろん俺だって領民2500人すべての職性を覚えているワケではないのだけれど、印象深いヤツがどの村にいたかくらいは覚えているんだよね。
俺は杜氏の男に「他領で酒造りの修業をしてみないか」と勧めたり、ナオの家やマナカの家へ挨拶などしてから谷村を去った。
さて。
こうして東の山まで来たのだからアキラが掘っているトンネルがないかと探してみるが、それらしき穴は見当たらない。
谷村側を掘っているんじゃないのかな?
ってなると、外村の方面かもしれない。
外村は谷村よりもさらに北の山を越えた場所に位置するのだけれど、そちらへもトンネルを通す予定ではあったのだ。
そう思って山を越えて、外村側から麓を探ると、果たしてそれらしき穴が見つかった。
黒王丸から降り、魔法で灯をともし、トンネルを進んでゆく。
……ぴちょん
新たに開削している岩窟はダンジョンめいていて不気味だ。
もっともモンスターが出現するというようなことはなく、やがて突き当りで作業中のアキラと会うことができたのだった。
「りょ、領主。まおうをたおしたんだな。め、めでたいな」
しばらく二人で酒を飲みながら、初の魔王討伐に対するアキラの祝辞、アキラの新婚生活の様子などを話す。
あいかわらずいい飲みっぷりだ。
で、ふとした拍子に『アキラも覚醒してねーかなあ』っと女神の瞳を開くが、職性に変化はなかった。
やはり魔王の経験値があったとて、覚醒なんて滅多にするものではないらしい。
「じゃあそろそろ帰るよ。付き合ってくれてありがとうな」
「あ、りょ、領主……」
俺が立ち上がると、アキラは思い出したように呼び止めた。
「た……谷村側の山を掘っている時、へ、ヘンなモノを見っけた」
「ヘンなモノ?」
「お、おで。そ、そのまま掘っていいかわからなかった。だ、だから、こっちから掘っていたんだ」
アキラがそこまで言うってことは相当ヘンなモノだったんだろうな。
俺は彼を連れて、その現場へと案内させた。
それは谷村側の山の麓に掘られたトンネルの中にあった。
アキラが掘り進める途中に大きな空洞があらわれて、そこに問題のブツがあったらしい。
さっきこちらの穴が見つからなかったのは、アキラが気を利かせて入口を木々で覆い隠したからである。
「こ、ここだ……」
それは黒い石を、
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という形に積み上げた、ゲートのようなものだった。
しかし、どこかで見たような気もする……
「こ、こ、この石は黒曜石だ」
黒曜石……?
そうか、魔王が倒されて光の玉となり地獄へ還っていく時にあらわれる地獄門。
あれにそっくりなんだ。
もちろん魔王が還る時の地獄門はもっと巨大なのだけど、形状や材質はまるで複製である。
それからもう一つ違うところがあった。
地獄門はゲートの中に紫いろの亜空間がうずまいているはず。
このゲートはただの空洞になっていて、そこへ手を入れても足を入れてもどうともならない。
壊れた地獄門?
あるいは起動していないだけだろうか。
「りょ、領主……」
「ああ、すまない。アキラ、この場所のことは誰にも言わないでくれるか?」
「お、おで……わ、わかった」
俺たちはこの穴の入口を再び木々で隠し、あとを去ったのだった。
次回もお楽しみに!
黒おーじ





