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第140話 魔法鉄道の工事現場


 そういえば、リヴの弟子たちに渡した『弐萬にまんpt』の小切手だけど、これはガルシアに教わった新しいやり方だった。


 例えば、これまではメイドたちへ給与を支払う時も、俺(領主)の借用書をそのまま渡していたよな。


 領主の借用書は1pt、5pt、10pt、50pt、100pt、500pt、千pt、という七種類のおさつで手渡して、その借用書自体が領民たちの間で支払い手段として流通し始めていたワケである。


 ただし、これにもちょっと煩雑はんざつなところもあった。


 たしかに領民たち一人一人がこの1pt~千ptのおさつを手渡して売り買いするぶんにはとても便利だし流通もしやすい。


 でも、俺や村単位での何か大きな事業的支払いをする時、額面が決まっている『領主の借用書』ではめちゃ不便である。


 例えば、あるおうちの奥さんが今夜のおかずにお魚を買うとかなら「しめて45pt」→「50pt札を渡してお釣りは5pt札」って感じで便利だけど、一方、施設や鉄道を建てたりする時には何十万pt、何百万ptの支払いが生じて、さらに請け負った者は材料費や外注、人件費などでまた何十、何百万ptの支払いをする。


 そのたびに『千pt(さつ)』をアタッシュケースに詰めて、枚数をかぞえて……とやっていたら超めんどくさい。


 まあ、新港を作った時なんかは特別に『1万pt札』や『10万pt札』を書いて渡していたけれど、そんなデカい額面は流通には適さないし、マジで両替が大変そうだった。


「そんなこたぁザハルベルトではもちろん、マリンレーベルやハーフェン・フェルトでもやってねーんスよ」


 とガルシアが言っていたんだから間違いないだろう。


 じゃあザハルベルトやマリンレーベルのような都市と、ウチの領地で何が違かったのかと言えば……


 それは【銀行】があるかないかなのだった。



 ◇



「領主さま……」


「え? ああ、ナツメさん」


 領地の西側へ行くと、ナツメのばあさんに出くわした。


 まあ、領地の西側には弱いモンスターが出るので、こんなところでばったり会うおばあさんと言ったら彼女以外にない。


 ちなみに何度見ても彼女の職性はスーパーアイドルである。


「どこへいくの?」


「へえ。工事現場のみなさまへこちらを」


 ナツメさんはそう言って自分が背負っている風呂敷とヤカンをちらりと見た。


 どうやら差し入れらしい。


「俺もちょうど現場へ行くところだから、乗っていきなよ」


 そう言うと、ナツメさんはペコリとお辞儀をして、馬上の俺へ向かって手を差し出した。


 俺はその枯れ木のような細い手を取り、ヒョイっと黒王丸の背へと持ち上げる。


 お互い慣れたものだ。


 ……ヒヒーン!


 領地の西側から魔鉱山へ向かう荒野に、モンスター避けの結界が両サイドに張られている長い一本道があった。


 魔法鉄道のためのレール敷設工事のために吉岡将兵が張った結界である。


 結界を辿っていくと、やがて等間隔に置かれた木板の上に鉄のレールが二本設置されて、それが途中で途切れている付近に男たちが10人ほど作業している現場が見えて来る。


「おーい! ご苦労さーん」


 到着してナツメさんを降ろす。


 男たちは「休憩だ!」というかけ声で作業をヤメ、ドヤドヤとこちらへやって来た。


「領主さま、うーっす」


「うーっす」


 若い連中はそんな調子で頭を下げ、ナツメさんが持ってきたご飯に餡子あんこを包んだおやつを手に取ってモグモグ食い始める。


 ナツメさんは連中一人一人のお椀にヤカンで茶を注いで回っていた。


「いらっしゃいませ、領主さま!」


 そんな中で、四十歳ほどの上背のある中年が腰を低くしてやって来る。


「邪魔するぞ」


「いえ、とんでもございません」


 彼は乙次おとじと言って、元々の大工の棟梁とうりょうから暖簾分のれんわけをされてこの10人の集団の長を務めている男だ。


 だから彼らは『乙次おとじ組』と名乗っている。


 ちなみに、大工を生業なりわいとする者は最初に館を作った時よりもずいぶんと増え、現在はこのような『組』が全部で十ある。


 十個の組は、俺の注文だけではなく村々や事業者の注文でも建設を行う。


 たとえば磯村の温泉旅館の発注者は、俺じゃなくて磯村だったしね。


 俺の注文をどの組が受注するかは、元の棟梁とうりょうが差配する談合によって決まり、今回はこの乙次おとじ組の番だったというワケだ。


「して領主さま。今日はどのようなご用件で?」


 乙次おとじが尋ねる。


「いや、鍛冶工房がちょっとお休みに入ったらしいからな。鉄道敷設の工事が滞っていないか様子を見に来たんだ」


「鍛冶工房が……」


 と、自分の顎をなでる乙次おとじ


 そう言えば彼にはレシーバーをつけているから魔王討伐の経験値が入っているはず……そう思って女神の瞳を開くが、職性は元のとおり『大工』であり、リヴのように覚醒はしていなかった。


 まあ、覚醒なんてめったにないことだし、覚醒していなくても能力が大幅にUPしているのは確かだからな。


「今のところ工事に影響はありません。ほら、リョウのやつが来てくれてますから」


 そう言って、地べたへ座り込んでいる若者の中の一人を指さした。


 ああ、たしか……彼はリヴの弟子のひとりだ。


 鍛冶工房の周りでウロウロ心配しているヤツばかりじゃなかったんだな。


「確かに魔法鉄道のレールは鉄ですがね。レールはストックがあるし、その溶接は弟子が派遣されてやってくれているんですわ」


「なるほど」


 逆に言えば、リヴは弟子たちを信用しているからこそ引きこもれたってことかもしれない。


 よそにスゲー影響が出るって思ったなら、理性が働いてああはできなかったんじゃねえかな。


「しかし鍛冶工房の休みが長く続くようだと工期に影響が出るかもしれませんな」


「心配するな。もしそうなったら工期はズラしていいし、余分にかかった人件費も補填ほてんするよ」


「そうなので?」


「ああ、鍛冶屋のことは領主公認案件だからな」


 ところで。


 この乙次おとじ組への工事の支払いも『小切手』でやったのだった。


 魔法鉄道の事業は、外村が銀行を始めてからのことだったからな。


 今回、『魔鉱山の掘削現場』から『港』へレールを通す魔法鉄道工事は発注価格590万ptだった。


 すると、俺は小切手に『伍百九拾萬ごひゃくきゅうじゅうまんpt』と書き乙次おとじへ渡すわけだ。


 ちなみに小切手は俺のpt借用書そのものではなく『俺が、俺のpt借用書を借りている借用書』ということになる。


 ちょっと意味がわからんと思うが、要するに『俺の借用書』の別バージョンということだ。


 具体的に言えば、まず乙次おとじはこの590万ptの小切手を銀行(外村)へ渡す。


 すると、銀行(外村)は『俺の借用書590万ptぶん』という財産をもらったことになるので、代わりに乙次おとじへ『銀行(外村)の借用書590万ptぶん』をあげなければならない。


 銀行(外村)が『銀行(外村)の借用書590万ptぶんをあげる』というのは、言い換えると『乙次おとじの預金口座の残高へ+590万ptと記録する』ということである。


 預金口座の残高というのは、銀行の借金残高だからだ。


 つまり。


 もらった小切手を銀行へ持っていくと、そのぶん銀行に対する債権をもらえる=預金口座の残高を増やしてもらえるというワケ。


 で、銀行(外村)は俺の小切手を得てどうするかっていうと、それをやかたのガルシアのところへ持っていく。


 やかたは銀行(外村)に対して銀行の役割をしているのだ。


 銀行の銀行ってところだな。


 だからやかたは、銀行(外村)に対してだけ『特別な預金口座』を作ってやっている。


 銀行(外村)がガルシアのところへ小切手590万ptを持っていくと、この銀行(外村)に対してだけ発行している『特別な預金口座』の残高を増やす……つまり、やかたの銀行(外村)に対する借金が590万ptぶん増えたと記録する。


 また、銀行(外村)はそのやかたが発行した『特別な預金口座』に記録された残高……つまりやかたに対する債権額を、いつでもpt紙幣(領主の借用書)と交換することができる。


 銀行(外村)はそれによってpt紙幣(1pt~千pt)をある程度“準備”しておける。


 これで領民たちは銀行(外村)の借金残高が記録された『預金口座の残高』をいつでも『pt紙幣』と交換してもらえるというワケだ。


 俺が今のところ理解している『外村のやっている銀行の役割』ってのはだいたいこんな感じである。


 また、小切手は俺だけでなく、村や事業の代表者たちも書くことができた。


 例えば、乙次おとじの預金口座には590万pt残高ができたが、そのうち400万ptはリヴの鍛冶工房へ支払うレールなどの費用である。(ほかにも木村に支払う木材費と輸送費が100万ptかかっているらしい)


 乙次おとじは400万ptの小切手をリヴへ渡し、リヴがこれを銀行(外村)へ持っていけば、乙次おとじの預金からリヴの預金へ残高が移るのだ。


 また同じようにしてリヴは鉄資源の購入のためにアキラへ小切手を書いて……という風に、預金という『銀行(外村)の借金』をやり取りすることで事業間の決済が行われていくのである。


「じゃあ乙次おとじ、よろしく頼んだよ」


「へえ。そりゃあもう!」


 俺はしばらく現場を見回ると、工事に問題がなさそうだったから立ち去ることにする。


 現場を離れると、ナツメさんが尋ねた。


「領主さま……あれは何を作っていなさるんですじゃろ?」


「ああ。魔法鉄道っていってな。魔法の力で人やモノをすげースピードで運んでくれる乗り物を通す道のようなものさ」


 そう答えたが、ばあさんは『ぽかーん』とした様子で口を開け放していた。


「完成したらナツメさんの近くにも駅を作るよ。そしたらもうそんなに歩かなくても楽に遠くへ行けるはずだ」


「ワシは……」


「え?」


「……ワシは歩きますですじゃ。そんなにあわててどこかへいく必要もありゃしません」


 ナツメさんは小さな背中でそう言うと、寂しそうに領地の西のはずれにあるあばら家の方へ歩いていった。


 俺はため息をつく。


 でも、それほど悪い気はしなかった。




ご覧いただきありがとうございます!

次回もお楽しみに!

(黒おーじ)

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― 新着の感想 ―
自分で出かけなくてもね、近くに駅があればおばぁの元へ帰ってきやすくなる人もいるんじゃなかろうか 隣村?アッソウ…
変わりゆく風景は惜しいもんだ
乗合馬車の超凄い版とか言うわけにもいかんしなあ
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