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第139話 伝説の鍛冶



 鍛冶工房2階の外壁の、わずかに突出したはりの出っ張り。


 俺はそこへ親指と中指と薬指の三本だけでつかまり、かろうじてぶら下がっていた。


 リヴの部屋は確かここだったはず。


 その窓から中をのぞくと……果たして彼女の後ろ姿が見えた。


「リヴ……」


 なんだか、姿が確認できただけで少し安心するな。


 最初、リヴは椅子に座ってジッとしていたが、ふうっとため息をつくと、何かを思い立ったように立ち上がり髪をかきあげた。


 何をするつもりだ……?


 固唾かたずを呑んで見守ると、ふいに彼女の肩甲骨けんこうこつがギリリっと躍動を見せ、ぴっちりとしたタンクトップが一気にめくりあげられて、美しい女の肌があらわになり始める。


「領主さま! なんで顔をそむけるんですかー!」


「ちゃんと姉御アネゴの様子をみてくださいよー!」


 着替えが始まると思ったから顔をそむけたのだけれど、地上の鍛冶の弟子たちがそう非難する。


 うーん、そっか……


 たしかに俺は心配する彼らを代表してリヴの様子を見に来たワケであるから、その彼らがそこまで言うのならしょうがない。


 ただの着替えだと思って見逃がしていたら、気づけるはずのものが気づけないかもしれないもんな。


 ……ので、俺は万やむを得ず、まったく致し方なく、再び窓をのぞいた。


 部屋の中。


 リヴの肩がたくみな動きを見せてタンクトップが首から抜ける。


 瞬間、裸の背中がまざまざとし、服に引きつられたうなじから長い髪がサラリと枝垂しだれると、最後に残されたタイトなジーンズが女性らしい腰つきを強調していたが、それもボタンが外された拍子ひょうしに束縛が緩み、ふちから白いパンティがのぞいた。


「よいしょ……」


 三十絡みの女の(なま)(なま)しいかけ声と共にジーンズが勢いよく降ろされると、尻がまる出しになり、左脚、右脚と抜けば、まったくパンツ一丁の体となる。


 リヴは今脱いだものを部屋の隅の籠へ放ると、裸に燃えるような赤い髪を躍らせながらスタスタと箪笥たんすの方へ歩いていった。


 ほどよい肉付きを誇りながらも、洗練された脚はしなやかである。


 続いて、尻にパンティがよじれがちなのをニ、三、後ろ手で直しながら、箪笥たんすから着替えを探し始める。


 こうして見ると、ただの無地かと思われた白パンティには、同じ白の糸でつたの刺繍が施されていた。


 ちょうど腰骨に近い横の部分には一部レエスがあつらえられていさえする。


 取り出した着替えはまたあの白いタンクトップとジーンズなのに、パンティだけはずいぶんおしゃれになったものだ。


 ハーフェン・フェルトで再会した時には洗いざらして糸のほつれたパンティを穿いていたのに、ずいぶんと変わったものだな……


 変わった……?


 そんなことを考えていた時だ。


 俺はリヴの雰囲気そのものにも少し変化があることに気付いた。


 いや、見た目上なにかが変わったというワケじゃない。


 極めて集中して見ている時にだけ感じ取れるオーラのようなものがかすかに……しかし確かな変化をみせているのである。


「もしかして……」


 俺は、白いパンティの尻をよじらせながら豊かな乳房をタンクトップへ無理やり納めようとするリヴへ向かって、【女神の瞳】を使った。


< 職性: 伝説の鍛冶(覚醒済☆) >


 なん、だと……!?


「きゃー、領主さま!」


「あぶなーい!」


 おっとっと、我を忘れて掴まっていた指を離してしまうところだった。


 今ので気づかれなかったかと心配になってまた覗くと、リヴはタンクトップ姿にすそからパンティのお尻だけをぷりっと出している状態で、鼻歌まじりにジーンズを穿こうとしているところであった。


 危ねー(汗)


 それにしてもリヴの職性は昔っからただの『鍛冶』であったはずだ。


 職性ってのは人の生まれつきの才能のこと。


 その後の人生で変わったりはしない。


 だが、元からある職性を極めていくと、(非常にレアだが)何らかのキッカケで【覚醒】というのをすることがある……


 なーんてことを魔法大学校時代の教授が話していたのを今思いだしたよ。


 と言うのも、覚醒なんてことは滅多に起こらないらしく、俺も長い冒険者生活で一度もお目にかかったことはないので、すっかり記憶から飛んでいたのだった。


「ようし、今一度気合を入れようかね!」


 リヴはジーンズのボタンを閉じると、自分の女尻をペシンと叩き、元の丸椅子に座った。


 彼女は大きな製図台へ向かい、しきりに羽ペンを走らせ、時おり髪をかきあげたりなどしている。


 すごい集中力だ。


 それにしてもリヴは何をキッカケに『鍛冶』から『伝説の鍛冶』へと覚醒したんだろう?


 弟子たちの言では、様子が変わったのは三日前くらいって話だったけど……


「あ……そうか。魔王を倒したからだ」


 そう。


 そもそも魔王を倒したことによる経験値は、通常モンスターのそれとはケタ違いのものである。


 だからこそ、魔王級クエストを割り振られるS級上位ランカーたちと下位の者たちの差はどんどん広がっていくのだ。


 で、ただでさえ膨大な経験値が、俺の【祝福の奏】で2倍になり、さらに【レシーバー】によって遠く離れた仲間へ経験値獲得を転送しているワケだった……


 つまり、デストラーデを倒した時点で、魔王討伐経験値の2倍が、リヴにも入ったということになる。


 もともと超優れた鍛冶であるリヴに魔王討伐経験値の2倍が入ったことで、それをキッカケに覚醒した。


 そう考えるとつじつまが合う。


「うふふ……これが実現したらエイガ、驚くだろうな」


 普段は男勝りなリヴが、ふいに少女っぽく笑った。


 覚醒によってよほどすごいアイディアが生まれたんだろうな。


 やっぱり今は声をかけない方がいい。


 部屋から出て来るのを楽しみにしていよう。


「ああ、領主さま!」


「おかえりなさい!」


 地上へ降りると、リヴの弟子たちが俺を囲んだ。


 やはりみんな心配そうな顔をしている。


「……姉御アネゴ、どうでしたか?」


「うん、白だった」


「???」


「いや、心配ない。リヴは元気だし、しばらくしたら出て来ると思うよ」


「本当ですか!」


「ああ。でもスゲー集中しているみたいだから、そっとしておいてやってほしい。悪いけど、キミらメシと水だけは運んでやって」


「も、もちろんです!」


「私たちに任せてください!」


「あと……カネは大丈夫か?」


 そう聞くと弟子たちはよくわからないという風にみんなで顔を見合わせた。


 鍛冶工房の預金口座はリヴの名義になっているのである。


「コレがいつまで続くかわからないからな。とりあえず入用いりようがあったらコレを外村の商人のところへ持っていくといい」


 そう言うと、俺はポッケから小切手を出し『弐萬pt』と書いて、弟子の中のご飯を作ってくれている娘へ渡した。


「ありがとうございます」


「リヴのこと頼んだぞ」


 俺はそう残して鍛冶工房を去った。



また読みに来てくれている方、本当に嬉しいです。

完全復活していこうと思います!(黒おーじ)

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