【17章挿話A】 ユウリ・フォンタニエ
少年は気づくと一人の女のことを考えていた。
彫刻のような肉体の、強く美しい魔法戦士のことを……
ユウリ・フォンタニエ。
彼は自分の“家の名”を思い出したのである。
「姉さん……」
ザハルベルトの高層ビルヂングの上で、大鎌を抱えてつぶやく。
こんな気持ちは、死神へ転職してから始めてのことだった。
転職の代償として失った記憶が部分的に戻ってしまうことがあって、それに心を乱されたりする。
故郷の大人たちへの憎しみ、姉の愛、懐かしさ……
「ばか……ッ」
でも、彼は記憶など邪魔なものだと思った。
記憶は不合理なこだわりを生む。
そんなものは“弱さ”にすぎない。
必要なのは意思……
力への意思だ。
(それに今の僕を、もう姉さんは愛してはくれないだろう……)
銀の月明かりに照らされた髪がサラサラと寂しげに揺れたかと思えば、少年は夜の大都会上空へと飛び立つのだった。
◇
ユウリはビルトン・ホテルの一室のベランダへ、小鳥のごとく降りた。
部屋の中は電気が消えていたが、椅子には腰かける男の影が漠然としてある。
死神に鍵など通じない。
ベランダの窓を何事もなく開けてみせると、夜の風がレエスのカーテンをひらめかせ、苦悩に満ちた勇者の相貌を少年に見せた。
「やあ、クロスさん」
「……」
返事がない。
「どうしたの? もしかして後悔してる?」
「い、いいや……」
「だよねー。それに今さら後悔したって遅い。きっともうエイガさんはキミを憎んでいるよ」
クロスは相変わらず何も言わなかったが、彼の深刻な顔を見て少年は思わずケタケタと笑いだした。
「うふふふ、いいじゃない。キミはヤツを憎んでいたんだから。これで対等な関係でしょ?……ふふふ」
「お前に言われなくてもわかってる!」
少しからかいすぎた。
怒らせることが目的じゃない。
「いいや、わかってないね」
ユウリは醒めた少年の表情を取り戻して続ける。
「だってキミあの時、急所を外したでしょ? エイガ・ジャニエスの。せっかく僕が手伝ってあげたのにさ」
「それは……」
そう。
クロスの剣はエイガの腹を貫いたが、意識的にか無意識的にか、その刃は針の穴を通すように重要な臓器を避けていたのである。
だからエイガはまだ生きているのだ。
「ダメだよね。本当の価値を手に入れるには、どんな残酷なことでもやれなくっちゃ」
「残酷なこと?」
「アイツの心臓を潰してやるんだ。鼻歌まじりでね」
「そんなことッ……できない、俺には……!」
頭を抱える勇者。
ユウリは彼の肩へそっと手を触れて言った。
「できるさ。超越した存在になれば……」
「超越した存在?」
クロスが顔を上げたので、少年は死神の大鎌を具現化させた。
その鎌の先で闇の四角を描くと不気味な漆黒の門が生成される。
地獄門だ。
門の向こうにうずまく紫いろの亜空間。
「こっちにおいでよ」
「ど、どこへ続いているんだ?」
クロスはふらふらと椅子から立ち上がりながら尋ねる。
「……地獄さ。僕とキミで、魔王を超える存在になるんだ」
少年は勇者の手を誘い、亜空間へと吸い込まれていくのであった。
ちょっと風邪ひいてました(汗)
もうだいぶ良いです。
みなさまも体調にはお気をつけてくださいね!





