第133話 年貢の納めどき
秋の大祭は例年以上の盛り上がりを見せた。
若い衆は勇ましげに御輿をかつぎ、娘らはウワサ話に花を咲かせ、篝火のまわりを鬼神のごとく駆ける子らは夕闇を幻想的なものにする。
ガハハハハ……!
そして世俗にまみれた大人たちは寄合所で酒盛りに興じるのだった。
「今年は豊作でしたからのう」
と、生産者の五十嵐イサオさんも上機嫌。
よかったー。
でも、そんなにたくさん米が採れるんだったら、ちょっとくらい年貢を取ってもいいんじゃねーか?
「言ったでしょ? 年貢なんて一粒だって取る必要はねーんスよ」
しかし、やはりガルシアにはそうたしなめられる。
「でも、米は旦那が借用書(pt)で買い取って備蓄しておいた方がいいッス。もしものためッス」
「えー。もしもったって、イサオさんが改良した品種は収穫高がスゲーんだぜ?」
「油断禁物ッスよ。農作物ってのはどんなに強い種でもちょっとした気候の変化で収穫量が急変することもあるんス」
去年まで豊作だった村が翌年飢饉にみまわれて苦しむ……
ガルシアが旅の商人をしていた頃、そんな光景にしばしば遭遇したんだってさ。
「領民の数以上の収穫があると領内では穀物の価値が下がるッス。だから放っておくと農家はあまった米を領地の外へ売っちまうでしょう。その前に領主の借用書で備蓄米を買い貯めて、価格を管理すべしなんッスよ」
「煩雑だなあ。それって全部の品目でやんなきゃいけねーの?」
「いや、食いもんとか、ライフラインに関わるものだけでいいッスね」
なるほど。
食料自給率大事ってことね。
それで年貢を一粒も取らない代わりに、税として発行したpt借用書の一部を回収するって話だったよな。
でもそれだと俺の借用書が行き渡ったところからしか税を取れないってことになって偏りが出ねえ?
「いいところに気付いたッスね。だから税の対象とするおカネの種類を、『旦那の借用書(pt)』に加えて『銀行の借用書(pt)』もアリってふうにするんス」
またよくわかんねーこと言い出した。
「はッ! これは領主様!」
そこで外村の商人が酒を持って声をかけて来る。
「いやはや祭はよいものでござんすね。どうぞ、一杯」
「お、おう……」
「ガルシア様もどうぞ。我々が儲けさせていただいているのも、ひとえに領主様たちのおかげでござんすから」
手揉みする外村の商人。
宴会の席とは言え、ずいぶんゴマを擦るな。
新港ができた時はあんなに拗ねてたのに。
「なにせ銀行をやらせているッスからねー」
と、小声でガルシア。
「そんなんでこんなに変わるもんか? ただのカネ貸しだろ?」
「そりゃね。たしかに銀行は『何か事業をやろうとしているヤツにカネを貸して利息をつける仕事』ッスよ。でも銀行には銀行だけが持っている特権があるんス」
「特権?」
「銀行は他のカネ貸しと違って、見積もった事業のぶんだけ無限に融資できるってところッス」
無限って、そんなワケあるかよ。
「そりゃ貸し出すものが金塊や銀塊だったら無限には無理ッスよ。でも銀行が貸すのは『銀行の借用書』なんス。銀行券や預金通帳のようにね」
たとえば、おカネが一切ない世界にXさんとYさんがいたとする。
そこでXさんは借金をしようと『100』の借用書を書いてYさんへ渡した。
一方、Yさんは借用書を受け取るかわりに自分も『100』の借用書を書いて、Xさんに渡す。
こんなふうに借用書を交換すると互いに『100』の借用書という資産を持つことになる。
おカネ0の状態から資産が産み出されたわけだ。
ガルシアが言うには、これが銀行のやってることなんだと。
「だから、誰かが銀行に借りれば借りただけ『銀行の借用書(預金)』というおカネが世の中に新たに産まれるんス。もちろん逆に誰かが借金を返済したら、世の中のおカネ(銀行の借用書)は減るッスけどね。その時にまた別の借金が起こっていてくれたら、全体としておカネの量は減らずに済むというわけッス」
うーん。
「たしかに預金通帳の残高が『銀行の借用書』って言われたらそうなのかもしれないとは思うけど……でも、銀行の借用書になんでそんな価値があるんだ?」
「もっともな疑問ッスね。実は外村の銀行の借用書はいつでも即日で旦那のpt借用書と交換できるようにしておかなきゃならないって法度を作ったんス。この法度が、領主サイドが銀行に与えている特権ということになるッスよ」
そして俺のpt借用書は領地の生産力とその徴収権力に裏打ちされている。
だから銀行の借用書も『おカネ』として換算できるってことか。
まあ……
そりゃあ外村の商人も手揉みするわ。
「ところで領主様。うちには今年16になる娘がござんしてね」
「ん? そうなんか」
外村の商人は俺の杯へ酒を注ぎながら続ける。
「我娘ながら器量もなかなかで、よろしければ一度お泊まりにいらしてはと思うんでやんすが……」
あ、そういう話もでるかー。
「おい、外村の! 抜け駆けはよくねーぜ」
「そーじゃ、そーじゃ!」
すると、ちゃっかり聞き耳を立てていたらしい各村の有力者たちが寄ってきて、急に俺の席のまわりがムサっ苦しく混む。
「領主様、そういう話ならうちの娘のほうが……」
「いやいや、うちの孫娘の方がプリプリじゃぞ!」
「ちょっど待で、うちの村のチヨならきっと元気な赤ん坊産むでよ」
酔っ払いのおっさんたちに囲まれ、取り合いされる俺。
めんどくせー。
たしかに失恋してフリーの身ではあるんだけどさ。
でも、クロスとの友情もティアナとの将来も、まだ諦めきれない気持ちが残っているのだった。
もう二度と共に冒険することがないとしても……
「みんな待つッス! 旦那が困ってるッス!」
そこで立ち上がったのはガルシアである。
さすが頼りになる仲間だ。
「旦那は五十嵐さんとの結婚をひかえている身ッスよ。みんな自重するッス!」
なるほど、また婚約者のふりを利用するのか。
ちょっと卑怯な気もするが仕方あるまい。
「とは言えガルシア様。いつまでたっても領主様と悦っちゃんが式を挙げるという話が出て来ないでやんしょ?」
「そーじゃ、そーじゃ!」
「本当にふたりは結婚する気があるんですか?」
ヤバ。
なんか疑われてきてるぞ。
「う……そ、それは……ッスねえ……」
頼むガルシア。
なんとかゴマかしてくれ。
「どうなんスか? 旦那」
無理かー。
「も、もちろん、ちゃんと考えてるよ。でも今は魔王級クエストを控えているからな。時間が取れないだけさ」
「では、その戦いが終わったら結婚するってことなんですか?」
なんだかザハルベルトのマスコミのような質問攻めを繰り出してくる領民たち。
「まあ、時期にな……」
「時期にと言うと、年内をお考えでしょうか?」
「……年内は厳しいんじゃないかなぁ」
「では年明けスグあたりで??」
「うーん、そうだな……」
俺としてはこんな風に迷っているフリをしてはぐらかそうとしていたのだけれど、そう言えば『そうだな』というのは肯定の意味をも表す言葉であった。
「聞きましたぞ!」
その時、寄合所の障子がパツン!っと開かれる音を聞くと、そこには五十嵐父母が立っていた。
「領主様がもうそこまでお考えとは!」
「さっそく年明けスグということで式の準備を致しますわ!!」
あいかわらず強面の父と、あいかわらず勢いのある母。
「え、いや。そんなつもりじゃ……」
という俺の声は、みんなの「おおー!」という感嘆でかき消された。
いかん。
ガルシア、なんとか言ってくれ(汗)
「わーい! めでたいッス~!!」
ダメだこりゃ。
「ようやく領主様も年貢の納め時というわけですわね」
「それじゃまるっきり逆じゃのう」
などというイサオさんの言葉に、場は『ワハハハハ!』と笑い声をあげた……
明日もお楽しみに!





