第13話 憑依
俺は神社の宿坊で、【高札】の下書きをしていた。
「……」
それを秘書の五十嵐さんが極東の文字に書いてみてくれている。
ガルシアは領地を見て回っていて、吉岡将平はそろそろ田んぼが水入れの時期だというので用水路を見に行っていたから、部屋は水を打ったように静かだ。
「領主様。お届け物だそうですだ」
そんなとき、廊下から声がかかった。
スー……
紙の戸を開けると、割烹着を着た若い女がひとり座っている。
「ああ、どーも。奥さん」
彼女は吉岡将平の奥さんだ。
若く細いが、もう2度出産しているらしい。
田舎の人って結婚するの早いよね。
「荷物、よーやく来たんだな。じゃあ入ってもらって」
「だども領主様……あの大荷物を部屋へ入れだら、寝る場所がなくなってしまうんでねえですか?」
「え、そう?」
この『荷物』というのは、俺が勇者パーティを解雇になった日に『港町マリンレーベル』で買い込んだ装備や道具である。
住所が定まったら送ってくれと言っていたアレだ。
当時は俺自身が長年消費するつもりで大量に買い込んだものだが、今は領民で編成するつもりの【部隊】に装備させようと考えて、さっそく送ってもらったのだった。
しかし……
神社の境内で飛脚の担ぐそれを見ると、確かに将平の奥さんの言うとおりだ。
手紙で小切手を切り、武器屋に個数の追加を頼んだのがさらに量を増やしていた。
しまったな……。
「エイガ様。ご自身の館が必要です」
と、誰かの息が耳元に吹きかかったのでハっと振り返ると、ほぼゼロ距離で五十嵐さんが真面目な顔をしていたからビビった。
「そ、そーしたいのは山々だけどさ。家ってどーやって建てるの?」
「まー。ウチはいくらでもおってもらってかまわんで、えっちゃん」
そこで吉岡十蔵が縁側から割り込んでくる。
「しかし、領主様もそういうわけにはいかんでしょうから、『大工の棟梁』に話をつけておきましょう」
さすがに十蔵は領地の人間に顔が効くようだ。
「ありがたいけど。おカネかかるんじゃねーの?」
退職時には銀行に2205万3450ボンドあった俺のおカネも、今は1200万ボンドと手元の300万両あまり。
合わせてだいたい1500万くらいだ。
けっこう減っているから、マジ節約していかねーと。(主にガルシアのせいだけど)
「まー。褒美があれば話は早いですが、新しい領主様なのでそこらへんは『貸し』で大丈夫でしょう」
というわけで、俺の館が建つことになった。
◇
翌月。
俺の館は、さしあたって大川を南へ行った下流を、少し西へ行った海沿いに建てることにした。
館をこの位置に定めたのには理由がある。
ひとつに、これから領地の西側のモンスターを討伐するのだから、その境目の近くに居を構えた方が都合がよいから。
もうひとつは、大川の下流にもうひとつ港が作れないかと考えたからだ。
カン!カン!カン!カン!……
金槌の音が、まるで遠くの雲から降ってくるように響いていた。
8割は晴れた青空の下で、ねじり鉢巻きに釘をくわえた大工たちが俺の館を作ってくれている。
しかし、あれは『本館』だ。
今日は、とりあえず『離れ』が完成したというから来てみたのだった。
「おお、なかなかいいじゃん」
これは本館と違い、靴を脱いであがらなければならない。
そんなに大きくはないけれど、室内で軽く修行できるくらいのゆったりとした部屋がひとつ。
俺はしばらくここで寝転がって、この『離れ』の使い道を思案した後、また外へ出た。
「あ!アンタ!!」
ちょうどそのとき。
女の大きな声がして振り向くと、材木を積んだ荷車と、たくましい若者の集団が群れを成しているのが見えた。
ああ。『木村』の運送集団だ。
「本当にまた来たんだねぇ!」
リーダーの女が駆け寄って来て俺の両手をギュッと掴んだ。
あいかわらず大きな乳房に薄い単衣。
ふんどし一丁の尻が小麦色にぷりぷり揺れている。
「キミこそ。俺の家の木を運んでくれたんだね」
「!!……じゃあ、アンタが新しい領主様かい?」
どうやら高札を読んでくれたらしい。
高札には、俺エイガ・ジャニエスが新しい領主に着くこと、西側のモンスターをみんなで退治して開発を進めようとしていること……の二点を書き、すでに7つの村へ掲示している。
館のために木を運ぶ彼女は、これが俺の家だというので察したのだろう。
「うん。じゃあ山の西側の話も見てくれたんだよな?」
「見た見た」
「キミにも戦って欲しいと思ってるんだ。武闘家の才能があるんだから」
「?……そんな!ウチには木運ぶくらいしかできないよ」
「大丈夫。俺がやさしく教えるからさ……」
と、言った時。
俺の視界にチラっと『離れ』が映る。
そうだ。
アレはこの使い道が最適じゃないか。
俺の育成スキル【憑依】の。
◇
育成の基本のひとつは、
『やってみせ、言って聞かせて、させてみて……』
である。
これをほぼ完全に一つにした育成スキルが【憑依】だ。
もっとも、憑依は『シャーマン』などが自分に霊などを乗り移らせるスキルとして知られているけれども、俺はそんな高等技術は使えない。
俺ができるのは、自分の魂を他者へ移すこと。
つまり、『自分の魂を育成対象に移す』のである。
たとえば、武闘家の職性を持った娘の身体へ俺の魂を乗り移らせるとする。
そして、娘の身体で俺が武闘家の技を繰り出せば、彼女はその身体で技が体験できるというワケ。
すると次に、俺は力を借さずに、娘だけで技を繰り出させてみる。
これの繰り返しだ。
このスキルは想像以上の効力を発揮する。
たとえば、一流の冒険者のすばらしい動きを見ると『一度あの人になって、動きを実体験したい』と思うことがあるだろう?
それをまさに実現するのが、この『憑依』なのだ。
ただし、このスキルには欠点が二つあった。
第一に、やってみせる俺の実力以上の相手には、意味がないということ。
つまり、俺の精一杯……中級レベル以上の使い手には指導の意味をなさなくなる。
当たり前だけどな。
じっさい、勇者パーティでもティアナやエマ、モリエなどは、俺の憑依で技を会得していったのだが、それは本当に最初だけですぐに無意味なスキルと化した。
ただ、俺はどんな職業でも一通り中級までこなせるから、この娘の『武闘家』の職性だって指導してやることができるはずだ。
第二の欠点は、【憑依】発動にはいろいろと制約が多いということ。
まず、確固たる『両者の合意』がなければならない。
そして、静かで、清浄な空間で、ふたりきりにならなければならない。
そういう意味で『離れ』は適切だった。
「チヨ……。じゃあ、いい?」
俺は『離れ』のゆったりとした部屋に武闘家娘を横たえて、そう尋ねる。
「……ん」
と合意したので、俺は【魂】で娘に触れてみた。
ヌ……ヌヌヌヌ……
「で、でも、ウチ。なんだか怖い……」
「だいじょうぶ、怖くないよ。でも、もうちょっと力を抜いて。深呼吸を」
「ふー……」
静かな場所だから、娘はすぐにリラックスできたようだ。
俺の『魂』が、娘の健康的な肢体へ入ってゆく。
「いっ!」
「大丈夫か!?」
「っ……平気。ちょっとビックリしただけさ」
「もう少し進めるぜ」
俺の『魂』はさらに奥まで侵入し、とうとう娘の身体にガッチリと嵌った。
「どうだ?」
「な、なんか……ヘンな感じだねえ」
そりゃそうだ。
ひとつの身体にふたつの魂が入っているのだから。
「少しずつ動かすからな」
「う、うん……」
娘の身体に憑依した俺は、この手足を動かしてゆっくりと立ち上がる。
よいしょ……。
やはり女性の身体は勝手が違うな。
特にこの娘は乳房が重いし、白ふんどしのキュッと絞まった密着感がなんかすげーソワソワする。
でも、これから育てていこうという大切な身体なのだから、一挙手一投足、手本になるフォームで動かなくてはならない。
「はあああぁぁぁぁ……はあ!はあ!はあ!はあ! 」
俺は娘の高い声で武闘家の突きを連発した。
「さ、今度は、自分で動いてごらん」
「えっ?……ん、んん」
そう言って俺が動かすのをやめると、娘は少し躊躇したように尻をモジっとさせる。
まあ。最初は、大きな声を出して動くのが恥ずかしいものだよな。
「はあああぁぁぁぁ……はあ!はあ!はあ!はあ! 」
「よしよし。うまいぞ」
「っ!……そうかい?へへへへ♪」
あとはこれの繰り返しである。
職性があるのだから、娘の武術はみるみるうちに上達した。
さて、憑依の後は、なんだかお互い気恥ずかしいものだ。
「よくがんばったね」
と、髪へ手櫛を入れてナデてやると、武闘家娘は照れたようにはにかむ。
「じゃあ、また練習しよう」
「ん……♪」
うん。この調子でいけば、この娘はすぐに戦えるようになりそうだな。





