第127話 素敵ですね
次に目を覚ましたのは、艦の俺の部屋であった。
気づけばダメージはほぼ回復している。
誰かが部屋に運んで、イサオさんのポーションで治療してくれたのだろう。
「ん……」
その時、ふいにベッドの横で誰かの気配がした。
そちらを見やると、レディスーツの女が丸椅子の上に姿勢よく座っていて、ポニーテールの頭だけをコクリコクリと泳がせていた。
「おっと」
それまでどうにか均衡を保っていた眠れる女の肩が、ツツーっと横へ倒れる。
俺はあわてて上半身を起こし彼女の身を支えてやった。
「五十嵐さん?」
「くー、くー Zzzz……」
ずっと五十嵐さんが看てくれていたのか。
起きそうもないので、俺は彼女の身を抱っこしてソファーへと運んでやる。
「うーん、エイガさま……ムニャムニャ……Zzzz」
寝言で本当に『ムニャムニャ』って言うひと初めて見た。
あいかわらず美人な顔してヘンテコなところがあるなあ。
「でも、俺が気を失っている間に看病してくれていたみたいだから感謝しないとな」
そう言ってソファーで横たわる女秘書に毛布を掛けてやった。
「それにしても、どれくらい寝てたんだろう?」
俺は気になってそっと船室から出た。
カコーン、カコーン……
鉄骨階段を上る俺。
艦の内部構造は船底から艦橋に至るまでひとつの巨大なビルのようになっている。
通路や階段は複雑に枝分かれし、数百の部屋や格納庫が幾層にも連なって、小さな町のひとつくらいは入ってしまうような規模だ。
俺の部屋から一気に司令室である艦橋のてっぺんへと上る螺旋階段もあったが、今はとりあえずデッキの方へ上る階段を使っている。
ゴゴゴゴゴ……
外へ出ると、辺りは完全に夜のとばりが降りていた。
やはり、気を失っている間にザハルベルトを出航してしまったようだ。
「クロス……」
俺は傷のあった腹部へ手を当て、ポツリつぶやいた。
それからデッキの縁へ歩いていくと、はるか下方の喫水線を見下ろして、夜の黒い海の波立ち形から艦の進む方角の東にあたりをつける。
その反対の西へ振り返りザハルベルトを思うと、ひどく心が痛んだ。
いろいろありすぎて何をどう思えばいいかわからないけれど。
「エイガさま……」
そんな時、背後から五十嵐さんの声がして振り返る。
静かに出て来たつもりだったけど、起きちゃったみたいだ。
「お目覚めになられたのですね」
「ん? ああ。もうだいじょうぶだよ」
「……心配しました。丸一日半寝たきりだったのですよ」
そんなにか。
「五十嵐さんが看病してくれたんだよな。ごめんな」
「いえ……」
女秘書がそう答えた時、艦の汽笛が鳴って、動力炉から魔力の粒が解き放たれた。
艦の動力は魔鉱石。
その魔力が回転式原動機を回し推進力を得る。
ただし、魔鉱石を反応させると動力には適さない回復系の魔力なども同時に生じるため、定期的に不要な魔力を放出する必要がある。
ポーーーー!!!!
汽笛はその合図で、同時に放出される無数の魔力の光の粒が風に吹かれて甲板を走り、艦橋や主砲ペンタグラムの砲台、塔のような檣楼などの鐵の肌を、あざやかな赤、青、黄色に照らしていた。
「エイガさま……」
「ん?」
「す……」
す?
「す、す……す…………素敵ですね」
びっくりした。景色の話か。
ずっと前に五十嵐さんにお酒を飲ましちゃった時のことを思い出して、好きって言われるんじゃないかって勘違いしちゃったぜ。
「あ、ああ。そうだな」
魔力光の具合で彼女の白い頬が少し紅潮して見えたのもあって、もしやお酒を飲んでいるんではないかと疑われたが、いやいや、これまでずっと俺の看病をしてくれていたのだからそんなわけはなかった。
「遊園地に……」
それから急に全然別の単語を口にする五十嵐さん。
「私、遊園地に行きたかったんです……」
「そうなのか!?」
衝撃の告白。
「はい……それであの日。エイガさまが遊園地のチケットを手に入れた日に、私どうしても気になって後をつけて行ってしまったんです」
マジ!?
「……すみませんでした」
「いや。いいよ。俺も悪かった」
俺も五十嵐さんが遊園地に行きたいって気づいてやれなかったわけだしな。
「あの日、エイガさまは勇者パーティの方と遊園地へいらっしゃいましたね。とても楽しそうで、羨ましいと思いました。でも……その……エイガさまはあの方がお好きだったのでしょう?」
「まあな。フラれちまったけど」
「……私なら」
甲板を舞う蛍のような魔力光に頬を照らしながら、五十嵐さんは続けた。
「私ならばずっとエイガさまのそばでお仕えいたします。ずっと、ずっと……」
「五十嵐さん……」
やれやれ。
どうやら心配をかけていたのは怪我だけじゃなかったようだな。
俺が落ち込んでいると思って励ましてくれているんだろう。
「心配かけてごめんな。俺は元気だよ」
「え……?」
たしかに今回の訪ザハルベルトではいろいろあって落ち込んでいたのは確かだ。
けれど、好きな女性にフラれても、親友にののしられても、それでも……
「男は、夢さえあれば生きていけるんだ」
「エイガさま……」
五十嵐さんは何故かもどかし気に唇を噛んで俺を見つめていたが、それ以上は何も言わなかった。
これにて第16章『ザハルベルトにて(後編)』が終わりです。
次回からは新章となります。
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