第126話 艦へ
「エイガさん! エイガさん!」
俺の頭上でアクアの声がけたたましく響く。
「ん……?」
少し気を失っていたらしい。
そう思った瞬間、腹部に猛烈な痛みが生じた。
「ぐぁあ……ッ!」
そうだ……クロスが……
痛みで気を失いそうになるが、なんとか意識を保ってあおむけになると状況を把握する。
ここは古代勇者の像前。
血がどくどくと流れ出ていっている。
クロスは?……もういない。
そして幸い、他に見ている人はいないようだ。
「エイガさん! 待っていてください。お医者さまを呼んできますから!」
「ま……待て……」
俺は震える指でアクアの腕をつかんで制止する。
「待ってくれ……医者は……呼ぶな」
「なにを言っているんですか!?」
「……人を呼べば騒ぎになる……クロスに……咎が回ってしまう」
「言っている場合ですか!」
ぼろぼろと涙を流して怒鳴るアクア。
とにかくこの血だけはなんとかしないと。
「ク……クロムガーゼ」
俺は回復系の中級魔法を唱えた。
クロムガーゼはダメージを回復しないが、応急処置として血を止めてくれる魔法だ。
これでしばらくは行ける。
なんとか起き上がり膝をついた。
「……大丈夫だ。そ……それより肩を貸してくれ。艦へまで着けばなんとかなる」
「エイガさん……」
血が止まった様子なのを見て思ったほど重体ではないと感じたのだろう。
アクアは少し落ち着いて、俺の言うことを聞いてくれた。
「本当、無茶を言うんですから……」
「……すまねえな」
ただ、血が止まったとはいえダメージは回復していない。
痛みで気を失いそうだし、体中の力がヘナヘナと抜けて歩くのも難儀する。
目もかすみ、アクアに率いられなければ港へたどり着くこともできなかっただろう。
「エイガさん。もう少しです」
「あ……ああ」
そして港。
案の上、数十のマスコミが艦の前に待ち構えている。
「わ、悪いけど……俺のポッケからサングラスを取ってくれ」
そう言うとアクアはサングラスを取り、俺の顔にかけてくれた。
ワー! ワー! ワー!
マスコミの周りにはその何倍もの数の人が艦の見物に来ている。
「すみません! とおしてください!」
人だかりを制して俺を先達してくれるアクア。
サングラスをかけているので誰も俺と気づかない。
ただしマスコミのあたりまで来ると、
「おや、あなた艦にお乗りですか? 『エイガの領地』のメンバーですね!」
「リーダーのエイガさんについてどう思われますでしょう?」
「一言お願いします!!」
などと詰め寄られるので、
「へ……へえ。あっしは下っ端なもので……勘弁してくだせえ」
などと低く答えてやり過ごした。
やがて艦のタラップまで着くと五十嵐さんが待っていて、俺の身はアクアから彼女へ預けられる。
「いかがされたのですか!? エイガさ……」
「しッ……マスコミに聞かれる。そ……それよりイサオさんのポーションを……頼む」
「……すいません。わかりました」
アクアに礼を言う余裕もなく、俺は五十嵐さんの肩を借りてタラップへ足を伸ばす。
しかし、なんとかなった。
イサオさんの特製ポーションさえあればダメージを回復できる。
そう思った時だ。
「エイガ先輩ー!」
背後からそんなふうに呼び止められたのは。
「待ってくださいよーw エイガ先輩(笑)」
聞き覚えのある、人をおちょくったような声に振り向く。
案の上そこにはゴス調のドレスを着た栗毛の娘が立っていた。
「エ……エマ……」
「あれぇ? なんだか妙にシケた顔してますね? わかった! ティアナ先輩にフラれて落ち込んでたんでしょww ちょーウケるw」
少女は意外に大きな胸をぷりっと張って続ける。
「まったく、一度くらいプロポーズを断られたからって引いちゃダメですよぉw お荷物になってもパーティに居座ってたあのずーずーしさはどうしたんですかぁ?」
こいつがこういう口のききかたをするのは知っていたし、いつもは別にマジで腹を立てたりはしないのだけれど、物理的な痛みや、クロスやティアナとのこともあって、つい頭に来てしまった。
「うるさい。帰れ」
「え……」
傷口が痛む。
気を失いそうになるのを五十嵐さんが支えてくれた。
「エイガさま。早く回復を……」
「……ああ」
「先輩?」
あとで思えば、俺の異常を察して心配してくれたのだろう。
でも、俺は余裕がなくてその声色に気づいてやれず、ただエマを無視してタラップを渡り始めた。
「せ、先輩! 待ってください! きっとティアナ先輩が……」
「こ……このさいだから言っておく」
まだおちょくってくるかと頭に来て、俺は最後の力を振り絞って言う。
「エマ……俺もいつまでもお前にかまってやる暇はねーんだ。お前はもう……俺の教え子でもなければ仲間でもないんだからな!」
「せ、先輩……ッ!!」
言って後悔した。
エマは悪い子じゃない。
俺はよく知っているはずなのに……
「エイガさま!?」
五十嵐さんに連れられ艦に入ると、俺はデッキの床に崩れてそのまま気を失ってしまった。
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