第124話 女ごころは複雑怪奇
俺たちは魔王級クエスト『第7魔王・獣王デストラーデ討伐』の準備のため、いそぎ領地へ帰らなければならない。
ガルシアと五十嵐さん、そして登録に来た150人部隊は先んじて艦へ向かっている。
俺はというとまだ旧・伯爵邸に残っていた。
艦のことは大変な話題になっていたから不用意に外に出ればマスコミにもみくちゃにされることが予想されたので、先にみんなを行かせてそちらに意識を向かせ、俺は後からひとりこっそりと出て行く作戦を取らざるをえなかったのである。
「そろそろ大丈夫かな」
「マスコミはみんなもう行っちゃったみたいッスよー」
と可愛らしい声で教えてくれるのは女商人ベルル。
見た目は背の小っちゃい女の子なのだが、ここ数日の様子を見るに彼女は実に立派かつ優秀な女商人であった。
旧・伯爵邸や留学組のことはこのベルルに任せ、冒険ギルド本部との交渉を代行してもらうことになっている。
「じゃあそろそろ行くかな」
「旦那ぁ、ガルシア先輩にどうかよろしくお伝えくださいッスね」
うるうると涙目でもふもふツインテールをゆらす女商人ベルル。
「それにしても、あんたずいぶんガルシアのことを慕っているみたいだな」
「もちろんッス! ガルシア先輩最高ッス」
と、親指をグッと立てる。
「ふーん。どこらへんがそんなに好きなんだ?」
そう聞くと女商人は目を見開き、なんだか急にモジモジし始めた。
「す、すす……好きだなんて……そんな……」
え? 好きって、そういうつもりで聞いたわけじゃなかったんだけど……
しまったなぁ。
「ご、ごめんな。もう行くから忘れてくれ」
「待ってくださいッス。ガルシア先輩の好きなところは全部ッスっけど~、しいて言えばぁ……♪」
答えんのかよ。
「あの知的な言葉づかいとか、何が起きても取り乱さない大人の落ち着きとかッスかねえ」
「そーかなあ」
ガルシアはイイヤツだけど、スライムがあらわれただけで飛び上がるようなビビリだぜ?
「なにか?」
「い、いや……なんでも」
「先輩の魅力はまだまだあるッスよ! あの爽やかなまなざし、意外に厚い胸板、ぷりっとしたお尻……」
「へ、へえ。そうなんだ」
ヤバイ……死ぬほど興味ねえ。
でも、こちらから聞いた手前、一応「うんうん」とうなずいてやらないわけにはいかないのだった。
◇
「やれやれ、ヒドイ目にあった」
ベルルから逃げるように玄関を出た俺は、庭の内から豪奢な門へ手をかけてそーっと外をのぞいた。
道は閑散としている。
うん、マスコミはすべて部隊の方へ付いていったみたいだな。
俺は安堵の息をついて足を踏み出すが……
「エイガさん!」
公道へ出た瞬間、後ろからポンッと肩を叩かれて超びっくりする。
「わッ!」
口から飛び出そうになる心臓をなんとか押しとどめて背後を振り返ると、見知った記者がひとりだけ立っていた。
「エイガさん! 取材させてください!」
「アクア、どうして……」
「うふふ、アタシが何年エイガさんのファンをやっていると思っているんですか? こういう時にエイガさんがどういう作戦を考えるかってことくらいわかるんですよ!」
そこまでわかるならばもう俺の後を継いでアクアが領主をやってもいいくらいだと空想したが、彼女の職性はあくまで記者。
歩きながらでいいなら……ということで、俺はアクアの取材を受け、一つずつ質問に答えていった。
質問の内容は、『艦について』『A級クエストではどう戦ってきたか』『S級魔王討伐クエストへ向けて戦略はどう変わっていくか』などなど。
ちゃんとした質問だったので俺は答えるだけ答え、アクアは歩きながらもいそいそとメモを取っていた。
「ところでエイガさん、知っていますか?」
やがて取材がひと段落つくと、アクアは世間ばなしを始める。
「知ってるって、なにが?」
「ドワーフのゴードン氏が何者かに拉致監禁されていたって事件のことです」
ゴードン氏と言えば冒険者ギルドの保守良識派として有名な重鎮だ。
拉致監禁されていたのが救助されたって、たしか昨日の新聞に載っていたな。
「おかしな事件なんですよ。ゴードン氏の証言では少なくとも数か月は監禁されていたらしいんです。けど、ほんの3日前までゴードン氏はギルドの会議に出席の記録がある……」
「それって記録が改ざんされていたんじゃないのか?」
「私もそう思ったんですけど、ギルド内の人間に聞いてみるとゴードン氏は毎日職務をまっとうしていたようなんですって」
「うーん」
あまり直接関係のありそうな事件ではないけれど、世間ばなし程度に真相を想像してみる。
一番現実的なのは、そもそもゴードン氏の証言自体が偽りだったという話かな。
もしくはギルド本部の連中も全員口裏を合わせたとか?
「そういう可能性もあり得ますけど、もっと単純に、『なりすまし』じゃないでしょうか?」
「えー、なりすましって言っても毎日同じ職場で働いている人たちの目をあざむくのは並大抵のことじゃないだろ」
「普通に考えればそうです。でも、私たちは人の顔を完璧に盗める男を知っていますよね」
「あっ……」
そこでアクアがなんでこの話を振ったかがわかった。
そう。
トルド――盗賊トルドだ。
あいつなら顔を盗んで完璧になりすますことができる。
なりすまされたことのある俺が言うのだから間違いない。
「でもなんのために?」
「詳しくはわかりません。でも女勇者パーティは『地獄』を攻略して、この世界から闇を駆逐しようとしている。その目的のためと見て間違いないでしょう」
地獄の闇を駆逐する、か……
そもそも。
俺たちが戦っている『魔物』とは地獄から現世に顕現した存在である。
冒険者たちは街や村を襲う魔物を討伐するが、その倒された魔物は光の玉となって地獄へ戻り、闇の力をたくわえると別の個体として現世に顕現するのだ。
だから、どれだけ現世で魔物を倒しても、世界から魔物を駆逐することはできない。
冒険者のできるのは、その時々に顕現した魔物へ常に対処して、破壊を最小化するだけなのである。
しかし……
もし地獄を攻略して魔物を根本から駆逐すれば、もう現世に魔物があらわれることもなくなるのではないか?
そんな説もある。
女勇者パーティの言う『世界から闇を駆逐する』というのは、つまり地獄へ行って魔物を撃ち滅ぼすという意味だろう。
「うーん、正直ヤツらに良い印象はないけど……でも、志は立派じゃないか」
「それはそうかもしれません。けれど女勇者パーティ、特にトルドは目的のためならば手段を選ばないところがあります」
「確かにな……」
俺はゲーテブルク城でのトルドとの闘いを思い出して、顔をしかめた。
同時にあの晩のティアナのことを思い出す。
こんなこっぱずかしい言葉は使いたくないが……
あの時、俺とティアナは確実に愛し合っていたはずだった。
――ごめんなさい。私、あなたと結婚できない――
それがどうしてこんなことに?
もしあの時、遊びに来いなんて生ぬるいことを言うんじゃなくて、強引にでも領地に連れて帰っていたら、また別の結果になっていただろうか?
わからない。
女ごころは複雑怪奇だ……
「いずれにせよ、エイガさんもS級に上がったわけですからトルドたちと再び遭遇する可能性も上がるでしょう。十分気をつけてくださいね」
「確かに……」
トルドは強豪だ。
前回は引き分けたとはいえ、あの時は相当こちらの運がよかったしな。
正直、次やって勝てる自信はない。
まあ、俺としては別にもう女勇者パーティと戦う理由なんてないから、なるべく関わりたくないけど。
「それにしてもあのトルドからよくゴードン氏を救助したよな。さすがザハルベルトの警察ってところか」
「あ、いえ。それが……ゴードン氏を救助したのは警察ではないんです」
「じゃあ冒険者か?」
「いいえ。ゴードン氏の証言によるとメイド服を着た正体不明の女性らしいです。目元にホクロのある美人だったそうで……」
そんなふうにしゃべりながらザハルベルトの街の合間を目立たぬように歩いていると、ビルトンホテル、マジカルスクエアガーデン、予言庁13階ビルなどなどを通りすぎ、すでに港の近くまで来ていた。
この細い路地をまっすぐ行くと港、左へ曲がると冒険者ギルドである。
「あ、ちょっと待った」
「どうしました?」
「いや、ザハルベルトからしばらく離れるわけだから、最後にもう一度古代勇者の像を拝んでおこうと思ってな」
「それは良いことですね。エイガさんの初の魔王戦で古代勇者の加護がありますように」
もちろん艦でみんなが待っているのだからモタモタはできない。
俺はちょっと急ぎ足で路地を左へ曲がった。
古代勇者の像は冒険者ギルド前の広場である。
ごちゃごちゃした路地を抜けると途端に空が開け、緑芝の公園に囲まれたギルド前広場が見える。
「おや? あれは……」
するとその中央にそびえる古代勇者の前に、見知った男の背中が目に入るではないか。
あの獅子のたてがみのような金髪、かろやかなマントに正義の剣……
現代の勇者、クロスである。
「おーい! クロス!」
よかった、やっと会えた!
そう思って飛び出していく俺を、アクアがぐいと静止した。
「ちょっと待ってください、エイガさん」
「あ? なんだよ」
「あのクロスさん、なんだか様子がおかしくないですか?」
「様子が?」
そう言われて、もう一度クロスの方を見てみる。
「ほら、周りに誰もいないのに誰かと話しているみたいでしょう?」
「確かに……」
ここからでは内容までは聞こえないが、クロスは虚空へ向かってなにか話しているように見える。
「でも、ありゃきっと古代勇者の像に願い事でもしてんだろ」
「……そうでしょうか」
「そうさ。モタモタしてられねえし、もう行くぜ……おーい!」
「あ、エイガさん!」
俺はアクアの制止を振り切って駆けていく。
名前を呼ぶと、ヤツはゆっくりと振り返った。
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