第121話 留学生
後日。
あいかわらずザハルベルト市民は俺の拠点、旧・伯爵邸を取り囲んでいた。
ワー! ワー! ワー!……
しかしどうも先日とは様子が違う。
「エイガー! がんばれよー!」
「戦う領主なんてカッコイイ!」
「冒険の歴史を変えちまえー!! 応援してるぞー!」
石が飛んでこないどころか、俺が窓から顔をのぞかせれば歓声があがるシマツ。
「どういうことだ?」
俺はまた取材に来ていたアクアに尋ねる。
「エイガさんの黒船のおかげですよ」
黒船?
「ああ、艦のことか」
「ええ。都会の大衆って、ツマラナイことで寄ってたかって有名人を叩くものですけど……ちょっとしたキッカケで賞賛に転じるものなんです。とりわけ、一定ラインを超えた『本物』を目の当たりにした時は、ね」
「そんな単純なものかなぁ?」
「そんなものですよ。その証拠に……」
と言ってアクアは新聞各社の記事を机に並べてみせた。
「エイガさんの賄賂疑惑を書いた記事はもう一つもありません」
そう言われて新聞の見出しをザッと見てみると、その通りだ。
「本当だな。なんでだろう?」
「大衆がすでに『エイガ叩き』を望んでいないからです。大衆の望まないものを、新聞は書かないですから」
アクアは記者のひとりとして自嘲気味に続ける。
「こういう誤報も触れなければなかったことにできる。これも、定期刊行物の“強み”ですね……」
「……そう言うな」
俺はアクアの肩をポンッと叩いて言った。
「みんながみんなそうというわけではないし、お前が足を使う立派な記者だってこと、俺たちは知ってるぜ」
「エイガさん……」
まあ。
それにしても、俺の艦がスゲーことと、賄賂したかどうかは全然カンケーねえことだと思うけどな……
あ、いや、そもそも賄賂はしてねえんだけどね。
ガヤガヤガヤ……
さて、この旧伯爵邸の周りは以上のようであるが、屋敷の内側も今は大変な混みようであった。
まず、艦に乗ってやってきた150人部隊は現在この伯爵邸に寝泊まりしている。
それに加え、『留学希望』という15人の領民が共にやって来ているのだ。
「どうしても魔法の勉強がしたいと言うので、連れてきてしまいました……」
と言うのはナオ。
魔法の勉強がしたいだなんて志があるならば俺に直接相談してくれればよかったのに……とは思ったが、なかなか領主に直接お願いに行くなんて勇気がいることかもしれんね。
そう考えると、ナオが彼らの意思を受け取ってくれたのはありがたいことだった。
「それでいいよ。よく連れてきてくれたな」
「……はい」
そう言ってナオの頭をよしよしなでてやると、俺は【女神の瞳】で留学生たちの職性を見ていった。
大工:4名、陶芸家:2名、園芸家:1名、司書:2名、鍛冶:2名、石工:2名、生産者:2名。
「あ、お前たちは……」
そこで鍛冶2名の男女が、リヴの工房で働いていたヤツらだと気づく。
「姉御が言っていたんですよ。魔法の力をもっと鍛冶に活かすことができないだろうかって」
「だから、わたしたちがザハルベルトで魔法を勉強して……それでもっと姉御の役に立ちたいって思ったんです!」
「それから僕たち、つきあってるんで!」
なるほど。
それにしても、リヴは工房の弟子たちからもずいぶん慕われているんだな。
まあ、いいヤツだもんね。
最後のは意味わからんかったけど……勝手にしろ。
こうして鍛冶のように大工、生産者などこれまで育成してきた職性の者もあったが、陶芸家、園芸家、石工などこれまで育成の後回しになっていた職性もある。
彼らがザハルベルトで学ぶことで領地に新要素が加わる可能性もあった。
「彼らのことなら自分にまかせてくださいッス!」
と言ったのはガルシアではなく、女商人のベルルである。
「悪いッスねー」
「いえ! 尊敬するガルシア先輩のためならどうってことないッス」
ツインテールをモフモフさせてニッコリ笑う女商人。
彼女にはこの旧・伯爵邸のこれからの運営と職員集めもお願いしているからな。
商売とは言え、彼女には頭が上がらない。
「ただいまー! 今帰ったよ!」
そこへ元気よく帰ってきたのはチヨである。
「おお、ギルドへの登録に行ってたんだな?」
「うん!」
「あとどれくらいかかりそうだろう?」
S級登録のためとは言え150人部隊のすべてが一気にギルドへ押しかけては、ギルドがパンクしてしまう。
よって、何組かに分けて、日時をずらして登録に行ったのであるが……
「もう終わりだよ」
「え?」
「ウチで最後だったから!」
と、チヨは白ふんどしのお尻をぷりッとさせて言う。
「そ、そうか」
「エイガさま……」
そこへ五十嵐さんがやってきて言った。
「これで領地へ帰れます。一刻も早く引き返して、魔王戦の準備をしましょう」
「あ、ああ……」
ザハルベルトで今やるべきことはやった。
ただ……心残りはまだある。
ティアナのこともそうだし、クロスとも話をしておきたかった。
でも、それは俺の個人的な事情だからそれで150人以上の部下を待たせるワケにはいかない。
魔王戦の準備に取り掛からなくてはならないし、それでなくとも俺はあの領地の領主なのだ。
「エイガさま?」
「……そうだな。帰ろう、俺たちの領地へ」
心に穴を感じながらも、俺はみんなにそう告げた。





