【2章挿話】 魔法剣士グリコ・フォンタニエ
私はまた世界1位だった。
今月はサボっていたからあやうく3位になりかけるとも思われたが、やはり1位だった。
私は満足して『冒険王』をエイガ・ジャニエスへ返すと、【冒険者ギルド極東出先機関】を出る。
チリリン……チリリン♪
ドアを閉める前にふと振り返ると、まあまあの美形と言えなくもないが少し影のあるエイガ・ジャニエスの顔が、再び『冒険王』の表紙を憂鬱そうに眺めているのがチラリと見えた。
それにしても、世の中ウマく行かないものだな。
どーでもイイ連中はわんさと寄ってくるのに、自分が『一緒にいたい』と思う者は一緒にいてくれないし、どこかへ行ってしまう。
そう。
ユウリのヤツだってそうだった……
◇
「ちょっと前なら覚えちゃいるが……3年前だとちとわからねぇな」
と、スカハマの水夫は言った。
「3年前ではない。3年前は私が弟とはぐれてしまった時期だ。で、この港にその弟らしき姿を見たという人があって、彼によると……半年前らしいのだが」
「半年前でもちとわからねぇな」
「そ、そうか……」
「悪いな。他をあたってくれよ」
水夫はそう言って、労働へと戻っていった。
――弟のユウリとはぐれてしまったのは3年前のこと。
その時まだ私は世界17位だった。
よく12位のヤツにイジメられたりもしたけれど、弟とふたりでのぞむ冒険が楽しくてたまらなかった時期だ。
しかし、ある日。
山でオークの群れを退治していると、気づくと弟はいない。
「ユウリ?……」
私は必死に山を探した。
喉を絞りあげて弟の名を叫ぶ。
陽の赤くなる頃には声も枯れて、焦りに涙がにじんだ。
次の日も、またその次の日も……ひと月山を探したけれど、とうとうユウリは見つからなかった――
あれから3年がたったが、今でも知り合いからユウリの目撃情報らしいものを聞くと、こうしてクエストをすっぽかしてでも探しにいってしまう。
そう。
ユウリさえいてくれれば、私は世界100位だってかまわないのだ……。
「はぁ……」
それで今回も『スカハマ』で聞き込みを続けていたのだが……
しかし、本当はわかっている。
あの元13位の男がくれるユウリの目撃情報が、すべてウソだなんてことは。
きっとユウリはあのとき、あの山で、もう……。
でも、いよいよ諦めてしまうと胸が寂しくてどうかなってしまいそうになるから、私は自分で自分を巧妙に騙し、こうして時おり弟を探しにゆくのだ。
◇
翌週。
私は極東を離れ、冒険へと戻った。
「グリコさんには手ぬるい案件だと思うのですが、『ジャイアント・トロールの群れ』の討伐をお願いしたいんです。……というのはですね、先に若手のホープに向かってもらったんですけど、これがなかなか苦戦しているようで」
ギルド職員が言っていた『ジャイアント・トロール』の現場は、大陸の、とある森の中だった。
なるほど。
ジャイアント・トロールは職員の話以上に増えているようだ。
森に入ると、肉眼で捉えられるほどの邪気に満ちている。
……面倒だな。
と、そんなふうに思ったときだ。
「おおおおおおおお!!」
ふと、清水のように甲高い声が木々の中から凛とこだまするのを聞く。
職員の言っていた、若手のホープだろうか?
ははっ、元気がいいな。
ちゅどーん!!!
続いて魔法的な爆裂音がするので、私は急いで音の方へ駆けつける。
「だああああ!たぁ!!たぁ!!たぁ!!……」
なんと。
行ってみると、戦っているのは少年がひとりだった。
十代も半分まで行ってないのではなかろうか。
若手のホープというより、子供と言った方が適切なくらいの少年。
しかし、相当の使い手で、魔法系の能力を得意とするのだろう。
光輝く魔力エネルギーを次々と掌から放ち、モンスターへ命中させていく。
どん!どん!どん!どん!どん!どん!……ちゅどーん!!
息もつかぬ連打だ。
ところでジャイアント・トロールは決して討伐の簡単なモンスターではない。
通常のトロールの3倍の大きさがあるし、あれだけの群れともなればかなり厄介な戦いになるだろう。
どん!どん!どん!どどどどど!!……
でも、すごい。
少年のムリヤリとも言える波状攻撃に、群れは次第と数を減らしていっている。
「たぁ!!たぁ!!たぁ!!……だあああああ!」
しかし、生の魔力エネルギーをそんなに焦って連発して大丈夫か?
「らああああ!!……っ……はぁはぁはぁはぁ」
ほら言わんこっちゃない。
息切れしているではないか。
「くそ……」
と、汗をぬぐう少年。
でも、まだまだ群れは残っているぞ?
土煙の中から、ジャイアント・トロールたちの陰影がのぞく。
十匹以上はありそうだ。
「おい!キサマ!!手伝ってやろうか?」
私がそう叫ぶと、少年は黒髪をキッっと舞わせ、こちらを見た。
美しい顔。
……ユウリ?
と、一瞬思ったがそんなワケがない。
もう3年もたっているのだから、弟ももう少し年長になっているはず。
顔も全然似てないし、髪の色すら違うではないか。
どうかしてるな、私……。
「あなた、誰!」
少年が高い声で聞く。
「私が魔法剣士グリコ・フォンタニエだ!」
「……あの、世界1位の」
「そうだ!キサマでは荷が重いと聞いて、助けにきたのだ!!」
そうやって正直に言ったのはマズかった。
少年は意固地になったようにギリギリ歯噛みする。
「手を出さないで!アイツらはボクの獲物だよ!!」
「キサマ!」
「うるさい!黙っててよ!!」
「ちがっ、前を……」
その時。
私に気を取られていた少年の身体を、ジャイアント・トロールの重い腕が薙いだ。
「きゃっ!」
ハンカチのように吹っ飛ばされる少年。
「キサマぁ!」
「くるな!世界1位には……ボクがなるんだ」
少年はボロボロの身体でなんとか膝をつくと、左腕をぷるぷると掲げ、オレンジ色の光の玉を担いだ。
あれは……爆裂系魔法の最高レベル5、【ファイナル・エクスプロジオン】だ。
普通、この歳で使いこなせる技じゃない。
末おそろしい子……。
いや、しかし。
そんな距離で放てば、自分も爆裂に巻き込まれてしまうぞ?
「よせっ!」
「おおおおお!!」
止める間もなく、オレンジ色の玉は少年の手から放たれた。
◇
「お、おい、キサマ。大丈夫か?」
「う、うーん……」
ホッ。気を失っているだけだな。
そう。
私はこの子の魔法を止めることはできなかったけれど、超絶的な魔法爆裂が広がって行く前に彼の身をさらうことはできたのだ。
少年は、私の腕の中で身をぐったりとさせている。
こんなにボロボロになって……。
何がこの子をそんなに駆り立てるのだろうか。
パアアアア……
私は少年に回復魔法をかけてやる。
しかし、まだ起きない。
どうやら水分が不足しているようだ。
私は彼を抱え、水場を探した。
しばらく行くと泉があったので、脇に降ろす。
「おい。水だ」
と手に掬って口へやる。
コクリ……
小さな喉が鳴る。
「っぷ!……っはぁはぁはぁはぁ」
さて。
水をやると、ずいぶんよくなったようだ。
もう、うなされないで、私の膝の上でスースーと寝息をたてている。
こう見るとさっきまでジャイアント・トロールを相手に戦っていた少年とは思えないな。
あどけなく、まるで女の子のようだった。
寝返りを打つと、びっくりするほどサラサラな髪が私の太ももをくすぐり、無意識のうちに腹筋へ頬をよせる息づかいは小動物みたいだ。
プニプニした頬。
整った鼻先は、ちょうどビキニ・アーマーの境目の、下腹部の筋肉の溝をたどり、キャッキャと満足げに小さな息をたててくすぐってくる。
「そんなに私の腹筋が好きか?」
「……えっ?」
そう言うと、少年はハッと目を覚ました。
「あ!いやっ、ちがっ……これは、あの……」
「ははは!恥ずかしがることはない。男の子なのだからな。キサマくらいの年頃になれば、ビキニ・アーマーの腹筋にキョーミが出てくるのも当然のことだ」
「ちがっ!!ボクは……」
少年は顔をカアアアア……っと赤くして俯くばかりであった。
◇
「ボク、もう帰るよ」
と少年が言うので、私はまた寂しくてたまらない心地になった。
「キサマ、よかったら……」
「え?」
「よかったら!私とパーティを組まないか?」
後悔しないように、思いきって言ってみた。
しかし、
「ごめん。ボク、お師匠のところへ帰らないと……」
と、少年はシュンとする。
「……なんだ、師匠がいるのか?」
「うん。とっても尊敬している師匠なんだ。だから……ごめんなさい」
「あやまるな。仕方がないだろう」
「ん。でも、あなたは世界1位なんでしょ?世界1位にはそのうちボクがなるから……その時は一緒に冒険してあげてもいいよ」
「はははっ、生意気な」
「……決めてるんだ、ボク。世界1位になるって」
少年はポツリと言ったと、
「じゃあ、またね!」
と手を振った。
「ま、待ってくれ。キサマの名は?えっと……その……。名を教えてくれないと、せっかくキサマが世界1位になっても誰だかわからなくなるだろう?」
「うーん。そっか」
少年は立ち止まると、天使のような笑顔でこう言った。
「ボクは、モリエ。……超攻撃的ウィザードのモリエ・ラクストレームだよ」
 





