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第118話 遊園地


 先ほどチェックアウトしたばかりのホテルへ戻ると、「ティアナ先輩なら予言庁じゃないですかねーww」と後輩から聞く。


 それで俺はザハルベルトの大都会を、ひとり走って行ったんだ。


「はあ、はあ、はあ……!」


 ――弱いままの俺じゃ、ティアナと結婚する資格なんてない。


 かつて、勇者パーティの戦いについていけなくなり始めてから、俺はずっとそんなふうに思っていた。


 でも、あれから別のやり方で冒険を続けて、今や魔王級のクエストを割り振られたんだ。


 もしこれを成功させれば、冒険者としてもクロスと対等級になったと言えるんじゃないかな。


 だから今は胸を張って言える。


 この戦いが終わったら結婚してくれって……



「ティアナ!」


 予言庁に着くと、俺は廊下でティアナの後ろ姿を見つけた。


 ノースリーブの肩がびくんと跳ね、赤い眼鏡の顔がこちらを振り返る。


「エイガ……」


 しかし、どこか様子がヘンだ。


 背中にいつもの律された自信がなく、あの勝ち気な眉もどこか弱々しく見える。


「どうした? こんな廊下でボーっとするなんて」


「い……いいえ。なんでもないの」


 ティアナは眼鏡を正すしぐさにまぎれて目をそらした。


「そ、それより、どうしてここに?」


「エマに聞いたんだ。ザハルベルトでの仕事もすんだし、大事な話があるから……」


 俺はポッケから遊園地のチケットを取り出して続ける。


「ってわけで、ちょっとデートしようぜ」


「それって、遊園地の……」


「行ったことあったか?」


 そう尋ねるが、ティアナはチケットを見つめて、薄ピンク色の唇をかすかに開いてポーとしていた。


 やっぱりちょっとおかしい。


 とは思ったが……


 でも確かに、魔王級クエストで舞い上がってたけど、ティアナにはティアナの予定があるってもんだよな。


 こうして急にやって来て誘われても、女からすれば困るかもしれない。


 どのみち150人部隊の登録が済むまで、ザハルベルトにはまだ滞在するしね。


 話は明日でも、明後日でもいい。


「疲れているみたいだし、また今度にするか?」


 しかし、こちらが遠慮すると、彼女はむしろハッとして首を振った。


「いいえ……いいえ! 行きましょう」


「無理しなくていいんだぞ」


「本当に平気なの。ごめんなさい、気を使わせて。それに……」


 ティアナは少しうつむきがちに、俺の胸へそっと触れて言った。


「私も……話があったのだわ」




 ◇




 遊園地は夕方以降に魔法ライトアップされるらしい。


 ので、陽の沈む頃までに軽食を済ませて、それから向かおうということになる。


 ガヤガヤガヤ……


 ふたりで街に出ればもういつものティアナだった。


 道を行く美しい脚には自信が溢れ、黄金の髪を耳にかけながらカップを口へ運ぶしぐさは芍薬しゃくやくのごとく女らしい。


「うふふ、それじゃまるで火炎魔法のロブスターね」


 冒険の話などすれば、女は魅力的な笑顔をくれる。


 お互い離れていた時の冒険譚に花を咲かせ、こんなに楽しいのだから、きっとおじいさんとおばあさんになるまで一緒にいても悪くはない一生になるだろうと思えた。


 ……さっき元気がなく見えたのは、やっぱりちょっと疲れていただけなのかもな。


 さて、午後5時を回り、陽も傾く頃。


 俺たちはホテルに入り、魔動エレベータで屋上の遊園地へ向かう。


 ウィーン……


 魔力によってエレベータの扉が開くと、そこは数多くの遊具と魔力光で満ちた、別世界が広がっていた。


 魔動回転木馬(メリーゴーランド)、魔動ティカップ、魔動コースター……


 どれから乗ればいいかわからず、端から並んではティアナと「どういう乗り心地か」を想像し合い、当たったり、外れたりしていた。


 とりわけ魔動コースターは乗ってみたらその想像を絶する恐怖である。


 トロッコのような箱に乗せられ、魔力の力によって登った山なりの線路から急降下させられるのだ。


 好んでこんな試練を受けたがる人々の気が知れない。


「ねえ、もう一度乗りましょうよ」


「ヤダ! 二度と乗らない!」


「こんなに楽しいのに? エイガったら、怖がりね。うふふ」


 一方でティアナは非常に興奮したらしく、ほお溌剌はつらつとさせて喜んでいたのだから、こーゆう部分ではかえって女の方が強いものなのかもしれないと思った。


 ……で。


 それは夕闇の魔動・観覧車から。


 観覧車とは、小さな部屋に乗り込み、大きな縦車輪が魔力によって回転すると、その部屋が徐々に高所へ上がっていくという奇妙な乗り物だ。


 またおそろしい乗り物ではないかと戦々恐々としながらも小部屋に乗り、車輪が回った。


 徐々に高度が上がっていく。


 やがて頂点へ達しようとする頃には、この大都会ザハルベルトの見事な夜景が一望された。


 今だ。


 そう思って俺は言った。


「ティアナ。俺と結婚しよう」


「……ッ!?」


 心臓はバクバクだったが、声を抑えて、まるでテーブルの塩を渡す調子でぷいっと小さな箱を手渡してみせる。


「一応、これ。婚約指輪」


 女が箱を開けると、ピンクゴールドの指輪が輝きを放つ。


 花のような唇から、可憐なため息が漏れた。


「……綺麗」


「本当はずっと前に買った物なんだけど、なかなか渡せなかったんだ。クロスと対等な冒険者になれなきゃ、お前にふさわしい男になれないって……そう思ってたから」


「エイガ……」


 ティアナの青い瞳は、幾億の星と街の灯を反射しているかのようにらんきらめいている。


 その瞳の輝きを見つめながら彼女の金髪を二、三なでると、俺は人生で得たすべての優しさをもちいて女のとがった唇へ口をつけた。


 ぷに、ぷにゅ……


 互いの上唇と下唇の膨らみが可憐にぶつかり合い、時にしゃぶり合う。


「ん……ふっ」


 ティアナは鋭敏な息を漏らし、よろめくようにこちらへ身をしなだれて来た。


 サマーセーターの胸に乳房の膨らみの規律正しく並んでいたものが、俺の胸に柔らかく潰れ、そのあたたかさに精いっぱいの求婚が受け入れられたような感じを覚える。


「まだまだお前らに追いついたとは思わないけどさ」


 キスをする互いの口の中に女の髪の混ざるのを指でどかしてやる時、俺は話を続けた。


「魔王級を倒したら俺はクロスと対等クラスの冒険者になれると思ってる。だから……この戦いが終わったら結婚式を挙げるんだ」


 しかし、そこまで話し終わった時。


 ふいに彼女の瞳から光が消えた。


「どうした?」


「そのことだけれど」


 ティアナは尖った唇を虚空へそむけ、こんなことを言う。


「あなた、今回の魔王級クエストは辞退すべきだと思うの」


「は?」


 俺は瞬間、彼女が何を言っているのかわからず呆然としてしまった。


「私の話というのはそれだわ。S級に上がったばかりでいきなり魔王級クエストなんて無茶よ」


「バカ言うな。だからこそこれ以上にないチャンスなんだろ」


「チャンスにはリスクがついてまわるものよ。あなたの力は育成の力……。まずはもっと領地の力を蓄えるべきだわ」


「はははっ、心配すんなって」


 そう軽く笑ってみせ、続ける。


「俺は領地を強くするためにやれることは全部やってきた。きっと次のクエストも成功するさ」


「全部やってきた……?」


 ティアナは夜景の方へ目を落とし、そうつぶやく。


「それって本当かしら」


「……どういう意味だ?」


「本当に領地のことを考えれば、あなたは本来、土地の領主としてしかるべき妻をめとる責任があるはずだわ。他の領家か、土地の有力者か具体的なことはわからないけれど……ただ、それが元いたパーティの女ではないことくらい、私にも……」


「うるせえ!」


「え……?」


 俺は彼女の両肩を抱き、こう告げた。


「たとえ他に領地のための結婚があっても関係ない。俺はティアナ、お前が……好きなんだ」


「っ……!!」


 ガシュコン!……ぷしゅー……


「ご乗車ありがとうございました!」


 気づけば観覧車は一周して地上に戻って来ている。


 ……ずいぶんこっずかしいセリフ吐いちまっったもんだな。


 そう思いながら車両から降りるが、その時。


 ふと隣の女の頬にポロポロと涙があふれかえっているのに気づき、俺は目を見開く。


「ど、どうした?」


「……ごめんなさい。私、あなたと結婚できない」


 ティアナはそう残して、泣きながら走り去ってしまった。


2月7日にマンガの4巻が発売になります。


「面白い」「続きが気になる」「がんばれ」など思っていただけましたら、ブックマークや

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次回もお楽しみに。

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― 新着の感想 ―
[一言] 手を伸ばせば掴める高嶺の花に無理してでも手を伸ばすのは男の性だよね。 問題はその無理が他者の犠牲の上に成り立つものであることかな。
[一言] 主人公単なるクズでは、、 ちょっと先が不安 垂らすだけ垂らして、本命捕まえて終わり的な未来が。
[気になる点] 今は自分を慕ってくれる良妻賢母な五十嵐さんが居るのに何故昔の想い人に未練がましく告白できるのやら…一気にエイガの評価がガタ落ちした感がある。
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