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第116話 ギルド本部の奥



 ユウリが目を覚ますと、見知らぬ天井が目に飛び込んできた。


「ようやく目を覚ましたか」


 声がして、そちらを見る。


 すると、元同級生のデリーが窓際まどぎわで剣の手入れをしているのが見えた。


「デリー君……ここは?」


「オレの宿の部屋だ。お前は丸3日も寝ていたんだぞ」


「3日も?」


 そうだ。


 あのビキニアーマーの魔法戦士を見た時、ユウリの頭には洪水のような情報が流れたのだった。


 しかし、その情報は処理しきれず、彼にとって衝撃の印象しか残していない。


 思い出そうとすると、頭が割れるように痛む。


「うッ!!」


「おい。無理をするな。休んでいろ」


「……どうして」


 ユウリは頭をおさえながら問う。


「どうして僕なんかを部屋に連れてきたんだ」


「お前の気持ちは、わからないでもないからな」


 デリーは窓の外を眺めながら続けた。


「オレも昔はお前と同じだった。この世界に価値はないって、そう思って自分の世界に閉じこもっていたんだ。だけど、それじゃ自分自身が救われることすら絶対にない。オレたちはもっと身近な人と生きる現実の価値へ向き合わなければならないんだ」


「……やっぱりキミは、大人になってしまったんだね」


 と、ユウリは失望気味に言った。


「そんなの、ズルい大人たちのやり方だろ。ただ日々の現実に逃げ込むなんて」


 そう。


 ユウリやデリーが生まれた旧・アンデルセン王国は、魔王に支配されながらも経済的には発展していたが、永きに渡る従属でその経済すら発展させる意思をなくした国であった。


 そんな国で育つ子にとって、大人になることは『従うこと』でしかない。


 そして、従うことは負けることだ。


 従うこと、負けることのイイワケに『日々の現実』を狡猾こうかつに持ち出してくるのが、大人のいつものやり口じゃないか。


「ユウリ、そうじゃない。逃げ込むんじゃないんだ。むしろ……」


「もういいよ!」


 ユウリはめずらしく声をあらげた。


「いら立つばかりだ。キミは僕と同じこちらがわの人間だと思っていたのにさ」


「ユウリ……」


 沈黙が部屋を支配する。


 しばらくして、その沈黙を破ったのは言葉ではなく、ドアがノックされる音だった。


「客だ。ちょっと待っててくれ」


 デリーは手入れしていた剣を置き、部屋の入口の方へ行った。


「やあ、デリー」


「クロスさん?」


 部屋を訪ねて来たのは勇者クロス・アンドリューだ。


「おや、人の気配がするな。誰かいるのか?」


「昔の友達だよ。ちょっと体調を崩したらしくて休んでもらってるんだ」


「へえ!」


 勇者は部屋の奥を覗き込むので、ベッドの上で身を起こしていたユウリと目が合った。


「けっこうかわいいじゃないか。付き合っているのか?」


「……女の子みたいに見えるかもしれないけど、彼は男だよ」


 デリーは苦笑いして答える。


「す、すまん。それは失礼なことを言ったな。しかし、デリーの友達ならきっといいヤツだろう。具合がよくなったら一緒に遊ぼうぜ」


 そう言って勇者は太陽のような笑顔を向けた。


(アイツが勇者か……)


 ユウリはそこで、初めてクロスと顔を合わせた。


 不思議な男だ。


 まるで純粋な心がむき出しで歩いているようで、誰からも好かれそうなさわやかさがある。


(綺麗に闇色やみいろへ染まるのは、ああいう心なのかもしれないな)


 ユウリがそんなふうに思っていると、デリーがクロスへ尋ねた。


「ところでクロスさん。なんの用だったんだ?」


「ああ、そうだった。デリー、ちょっと手合わせしてほしんだ。接近戦の感覚を調整したくてな」


「なるほど」


 デリーはそう答えると、振り返って言う。


「ユウリ。オレは訓練に行ってくる。とにかくまだ休んでいろよ。いくらでもここにいていいから」


「……」


「お前とはもう少しゆっくり話がしたいからな」


 返事をしないでいると、デリーはため息をついてクロスと訓練へ出かけていった。


 ひとりになったユウリはベッドから立ち上がる。


 頭はもう痛くない。


 彼は細い指で窓を開くと、勇者の太陽のような笑顔を思い出してつぶやく。


「あの勇者こそ、魔王の眷属にふさわしい存在なのかもしれない……」


 ユウリは窓のへりへ足をかけると、華奢な身をひるがえして死神らしく空へ飛び立った。




 ◇ ◆ ◇




 旧・伯爵邸を購入した翌日。


 俺とガルシアはザハルベルトの商店街で家具などを選んでいた。


 伯爵邸に置くためのヤツだ。


「さしあたっての目的は達成できそうだな」


「そッスねー」


 想定していた規模を大きく上回ったものの、ザハルベルトでの拠点も購入できた。


 S級登録も、部隊150名の到着を待つばかりである。


「少し時間もできたし、クロスに会えないもんかな」


 ホテルへの帰り道で、俺はガルシアにそんな相談をする。


「いいんじゃないスか。クロスさんも旦那がS級に上がってきっと喜んでいるッスよ」


「そうかな……」


 それにティアナの話を聞いてから、ちょっと心配なところもある。


 俺はアイツがティアナを好きだったなんてパーティを解雇になる直前に打ち明けられるまで知らなかったし(あの時はアイツならばティアナを幸せにしてやれると思ったものだったが)、最近はゲーテブルクの姫とよい仲になっていると聞いていたから、まだティアナを好きだったなんてのも思いもよらなかった。


 もともと感受性が強く、惚れやすいところのあるヤツだったしね。


 だけどティアナにはマジで本気だったのだろうな……


 と、考えると心配というか、それで俺のことを憎んだりするヤツではないけど、心が傷ついてはいるには違いないのだ。


 そういう時。


 俺たちは『笑い話』にすることで事を乗り越えてきたのだった。


 似たようなことは魔法大学校時代にもあって、その時はクロスが意中の女の子と付き合うことになったのだったが、あの時もそうだった。


 笑い話にすれば心は少しだけ救われる。


 そして、それを可能にするだけの会話量の歴史が俺とクロスにはあるはずだった。


「とは言え……勇者パーティの中でもクロスはもはやVIP中のVIPなんだよな。なかなか居場所がわからなくてさ」


「でも、クロスさんたちもビルトンホテルを拠点にしているんスよね?」


「うん、そうらしい」


 時間があればエマやティアナに会えたようにアイツともばったり会う機会があるかもしれないとは思うが……


 そろそろ旧・伯爵邸へ移るためにホテルの部屋は引き払ってしまうからなあ。


「じゃあ今のうちにフロントで取り次いでもらったらどうッスか?」


「そうだな」


 そんなふうに話しながら戻ったのだが、ホテルへ着くと留守番をしていた五十嵐さんがこう報告した。


「エイガさま。先ほどギルド本部から使者がありました」


「ギルド本部から?」


「はい。『重大なお知らせがあるので、至急本部までお越しください』とのことです」


 重大なお知らせ、か。


 せっかく少し時間ができたと思ったのに……


 わざわざ行かなきゃいけないだなんて一体なんだろう?


 でも、『重大なお知らせ』というのも気になる。


 俺は旧・伯爵邸移転の準備をガルシアたちに任せると、急ぎ出かけて行った。



 で、ギルド本部だ。


 俺は到着すると、すぐ受付に声をかける。


「エイガ・ジャニエス様ですね。こちらへどうぞ」


 受付の人はそう言って、この『総合受付』の裏の廊下へ俺を案内した。


 胸毛の冒険者たちのむさっくるしさとは対照的に、ギルドの裏はごく静謐せいひつで、世界の裏側へ侵入している感がある。


 階段を登り、2階、3階、4階と行くにつれ、すれ違う職員もエリートめいていくように感じた。


 どこまで行くのだろう?


「こちらです」


 やがて5階の一番奥の『第一会議室』と書いてある部屋まで来ると、受付の人はそのドアを開いた。


 重々しい木の扉。


 その向こうには、背広の男たちが机を口の字に並べて座っていた。


 きっとエライ人たちなんだろう。


「うっ……」


 あたかも、ここで世界を裏から操っていそうな雰囲気。


 なんだか『職員室』に連れてこられた感じで緊張する。


 俺、何か悪いことでもしたかな?


「エイガ・ジャニエス様をお連れいたしました」


 受付の人がそう言うと、席のひとつからエルフの男が立ち上がり近づいてきた。


「やあ、よく来てくれたな」


「あ、あなたはこの前の……」


 彼はS級登録をしに来た日に遭った、『大賢者エル』と呼ばれていたエルフだ。


「一体何の用ですか?」


「ふふふ、まあよいじゃないか。こちらへ来たまえ……」


 大賢者エルは俺の肩を抱きながら会議室の中央へ連れて行く。


 ギルドの権力者の視線が一斉にこちらを向いてヤバイ緊張で固まるが、そんな俺をよそにエルは両手を広げて大義気にこう叫んだ。


「諸君! 私は、次の魔王級クエスト『第7魔王・獣王デストラーデ討伐』を、このエイガ・ジャニエス君に任せたいと思う!」


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― 新着の感想 ―
[一言] サポートを受けることを仄めかしておいて、グリコかクロスに協力を頼むのが吉かと。 グリコもクロスも、エイガの領地の実力には興味津々だろうし。 口車に乗せられて領民に死者を出すのは領主としてアウ…
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