第115話 女商人
後日、俺はザハルベルトでの『拠点』の候補となる物件を見に来ていた。
俺は遠雲の領主だし、クエストに出ることも考えると、この拠点は日常的にギルドとの交渉を続ける事務所を兼ねる必要がある。
「でも……これじゃあ、いくらなんでもな」
「そっスか?」
そう。
ガルシアのツテで紹介された物件は、それにしてもあんまりにもデカすぎた。
商家の物持ちが建てたというお屋敷で、8LDKの間取りに、芝生の庭。
お値段は土地と建物合わせて1億7千万ボンドだ。
A級のクエストもこなしてきた今の俺たちには払えない額じゃないけど、ボンドは外貨なので限りがあるし、あんまりデカすぎても手にあまる。
「自分は悪くないと思うんスけど……」
「うーん、せっかく探して来てくれたのに文句言うのは悪りぃんだけどさ。五十嵐さんはどう思う?」
「……私はエイガ様と同意見です」
と女秘書は言う。
さすが五十嵐さん、常識があるな。
「少なくとも……この3倍は必要でしょう」
って、逆かよ!?
「ザハルベルトの拠点は、エイガさまのクエスト力を誇示する意味もありますから」
「間違いないッスね! いやあ、どうもケチケチし過ぎなのが自分の悪いクセっス」
「はい……」
アハハハと笑うガルシアに、レディスーツの肩で『やれやれ』と息をつく五十嵐さん。
こっちがやれやれだよ。
俺はもっと隠れ家的な拠点をイメージしているのに。
「ま……まあ。これはまだ一件目だ。まだ候補はあるんだろ」
「そのはずッスよ。ねえ、ベルルちゃん」
とガルシアが後ろを振り返ると、そこにはだぼだぼなズボンにショルダーバッグをかけた女の子がニコっと微笑んで立っていた。
「もちろんッスー。まだまだ用意してるっスー!」
と答えるのはガルシアではなく、ガルシアが連れてきた女商人である。
小柄でツインテールの似合うカワイイ系の女の子だが、ザハルベルト近郊の不動産に詳しいんだってさ。
「それではまた馬車にお乗りくださいッスー!」
俺たちは女商人の乗って来た馬車に乗り、次の物件の場所へ向かう。
「ベルルちゃん。急にすまないッスね」
「とんでもないッスー! 自分、ガルシア先輩がお呼びでしたらいつでもすっとんでくるッスよー」
と、ニコニコしてツインテールをもふもふ揺らす女商人。
様子を見るに相当ガルシアを慕っているらしい。
ガルシアのヤツ、一匹狼の商人と思ってたけど、以外に後輩の面倒見もいいのかもな。
ヒヒーン……!
そうこう思っていると、やがて馬車が二番目の物件の前に着いた。
「で、デカッ!?」
で、今度も最初の物件に劣らない……というか、ますますの豪邸が目の前にそびえていてビビる俺。
「こちら3階建て、元男爵の別邸で12LDKッスよー! いかがッスかー?」
「なかなかイイじゃねえッスか。どうッス? 五十嵐さん」
「エイガさまの偉大さを示すためにはまだまだ……これの2倍以上は必要でしょう」
「な、何を言って……」
「では次に行きましょうッスー!」
そんなこんなでまた馬車に乗り、三番目の物件へ向かうことになった。
ガタゴト、ガタゴト……
「おい。女商人」
「なんスかー? 旦那ぁ」
馬車の中で、俺は女商人ベルルへヒソヒソと耳打ちをする。
「次はもう少しおとなしめな物件で頼むぜ」
「おとなしめ、ッスかー?」
キョトンとしてツインテールを揺らす女商人ベルル。
「そうだ。できれば隠れ家的な物件がいい」
アイツらの言う通りに紹介が進めば、果ては城が出てきかねないからな。
「でも……あの女秘書さんの言う通り、次はとっておきの公爵級の物件へご案内しようかと思ったんスけどー」
ざけんな。
そんな大邸宅じゃ目立ってしょうがない。
こっちはまだS級になりたての、ザハルベルト新参者。
妙な反感を買っては面倒だ。
「あの女性の言うことは聞かないでいい。この中じゃ俺が主なんだから、俺の言うことを聞いておけばいいんだ」
「はあ、そっスかー……」
「いいか。とにかく『おとなしめ』にな」
これだけ言い含めておけば大丈夫だろう。
そう思ったのだが、三番目の物件。
「こちら離れも含めて22LDKッスー。元伯爵の別邸ッスよー!」
全然おとなしくなかった!?
本館が一つに、その他三棟の離れがついてる大豪邸だ。
庭もちょっとした公園のようで、噴水付きの泉、石畳の小道。
極めつけには裏庭にプールとテニスコートまでついてる。
「いかがッスかー? 庭の木々が小さな森のようで、隠れ家的ッス。心も落ち着いて、おとなしい気分になれるッスー!」
と、親指をグッとして俺にウインクする女商人。
うっ……
その悪気の無い感じが、断る気力をなくさせる。
これも商人の力か。
俺が戦慄を覚えていると、後ろでガルシアと五十嵐さんが話すのが聞こえる。
「これは、まあまあッスねえ」
「……そうですね。もう一声といったところでしょうか」
ま、マジで言ってんのか、コイツら。
「フフフ、そうおっしゃるのを待っていたッスー! それならとっておきの公爵級の物件が……」
「ま、待て……」
俺はあわてて制止する。
「俺はこの物件が気に入ったぞ」
正直言ってここでもデカすぎると思ったのだけれど、このまま行くとどこまで豪奢な物件を買うハメになるかわかったものではない。
俺は強引にここが気に入ったと主張することにした。
「へ?」
「しかし……」
「とにかくここがすげえ気に入ったんだ。雰囲気とか、色合いとか、そういうのがさ!」
俺がそこまで言うと、さすがの五十嵐さんも「エイガさまがそこまでおっしゃるなら……」としぶしぶ了承してくれる。
こうして俺たちは、ザハルベルトの拠点として旧・伯爵邸を購入したのだった。





