【挿話C】 姉さん
「ひさしぶりだね、デリー君」
「ユ、ユウリ……」
こんなところで意外なヤツに遭った、とデリーは驚いた。
ユウリ。
ユウリ・フォンタニエ。
魔法中学校時代の同級生である。
もっとも、デリーは15の夜にエマと一緒に家出をして国を抜けていたから、彼と顔を合わせるのは魔法中学三回生の時以来となるが……
「……ユウリ、お前もこちらに来ていたのか?」
「まあね。実を言うとザハルベルトではキミを何度か見かけてはいたんだよ。声をかけれなくて悪かったけれど、実は記憶の大部分をなくしちゃっててさ」
「記憶を?」
「うん。職性の“転職”をしたんだ」
職性とは持って生まれた才能そのものである。
普通、エイガの女神の瞳でもなければ『人が何に向いているか』など真に明らかにすることはできないし、ましてやその転職などできようはずもない。
人は、自分自身の才能を選択することなどできないのだから。
ただ、禁術と呼ばれるものの中にはそれを可能にするものもあるらしいが……
禁術には代償がつきもの。
ユウリの場合、それが記憶だったということだろう。
「でも、もう大丈夫。最近は頭もスッキリしてさ。いろいろ思い出したんだ。キミのことも、自分がやりたかった夢も……」
「夢?」
「そう。それは身を焦がすような僕の本当の夢……」
少年は自らの華奢な肩へ向かって目を伏せて続けた。
「……魔王になることさ」
「なっ……」
あまりに突拍子もない話に瞬間言葉を失う。
が、同時に彼がそんなことを考えだしかねない同級生であったことをデリーは思い出していた。
魔法中学時代のユウリの口癖は『この世界に価値はない』である。
そして、教室や校舎の裏でボソボソと語られるその退廃的な少年理論が、たまらなく斬新で、刺激的に感じられる時がデリーにも確かにあった。
しかし、そうした心持は十代前半~中盤に特有な病気のようなものだったのだと、今のデリーは考えている。
「……バカな考えはよせ。お前ももう18、19だろう。魔王になんてなってどうするというんだ」
「それはこっちのセリフさ。キミこそドレスラーさん(エマ)と一緒に冒険者なんてことをやっているらしいけれど、そんなままごとに一体なんの意味があるの?」
「っ……!」
デリーはその言葉にエマや仲間たちとの繋がりそのものを否定された気がして腹に瞬間熱湯のわく思いがしたが抑えて、
「お前にはわからないよ……」
とだけ言って長髪をかきあげた。
「お前にはわからない、か。ずいぶん大人たちみたいなことを言うようになったんだね」
「……」
「キミもわかっているはずでしょ。この世界にあらわれる『魔王の影』をいくら倒したところで、彼らの本体はこの世界の人々が『地獄』と呼ぶ次元にある。魔王の支配を脱したことにはならないって」
「だ……だからオレたちは戦い続けるんだ。ヤツらが何度あらわれても」
「そんなのゴマカシだね。キミもやがて年老いて死ぬ。いつまでも『戦いはこれからだ』なんて言ってらんないだろ? けっきょく、魔王に支配された国に生まれた僕たちが従属の運命から脱する方法はひとつしかないのさ」
「……それが『魔王になること』って言いたいのか?」
「そう。その通り。でも、それは僕ひとりの力じゃ成し遂げられない。共に魔王級のパワーを生み出す眷属が必要なんだ」
ユウリは銀の前髪をゆらすと、手に大きな鎌を具現化させて言った。
「だから僕は死神に転職したのさ。地獄へ連れて行く仲間を集めるために!」
そして、その大鎌から闇魔法の波動がほとばしる。
(闇魔法?)
と、デリーは驚いた。
そう。
ユウリは元々、光魔法の優秀さで校内でも有名な生徒だったはず。
それが今は逆属性の闇魔法を操っているのだ。
転職の話は本当だったらしい。
「ふふふ……」
ユウリは微笑みながら鎌の先でススーっと空中へ闇の四角を描く。
そして、その四角の闇がやがて左右へ開かれて、不気味な漆黒の門が生成された。
「こ、これは……」
「キミも知っているだろう? 地獄門さ」
門の向こうには紫いろのマーブル模様の空間がうずまいており、おそろしいことにその色は麻薬のごとく魅惑的なのである。
「帰ろう。僕らの故郷、地獄の国へ」
ユウリは耽美な冷笑を浮かべ、デリーの手をそっと取った。
少年の甘い手は、彼を地獄へと誘う。
(よ、よせ……)
デリーはまとわりつくようなユウリの指を払いのけようとした。
だが、不思議なことに身体は動かなければ声も出ない。
ユウリの闇魔法だろうか?
このままではマズイ……
が、ここは世界有数の宿、ビルトンホテルである。
人中でこんな仰々しい魔術の門があらわれたのなら騒ぎになるのでは?
デリーはそう考えたが、しかしホテルのロビーはそれまでと変わらない日常が淡々と過ぎている。
ガヤガヤガヤ……
宿に到着した旅人たちのため息。
大きな荷物を抱えチェックインに並ぶ人々。
少し離れたスペースでは、アイドルの握手会イベントが盛り上がっている。
あまりにも超然と過ぎていく大量の日常。
まるで、彼らが“透明”な少年であるかのように……
「ふふ、おそれることはないよ。キミはちょっとあのドレスラーさん(エマ)にそそのかされただけ。本来、キミは僕と一緒にあるべきなのさ」
そんなふうに語られるたび、デリーは何も考えられなくなっていく。
抵抗する気は失せ、いけないとは思いながらも彼の手に誘われるがままふらーっとドアの方へ足を踏みだしてしまう。
が、その時。
「なーんーでーだー!!!!」
ロビーいっぱいに女の大声が鳴り響いた。
「なぜ私が退場なのだあ!!」
「なぜって、あなたがモリエちゃんにチューしようとするからですよ!」
さっきのPがビキニアーマーを叱っている。
「誤解だ。ちょっとほっぺにチュッとしようとしただけで……」
「何が誤解ですか!」
「ほっぺならセーフだろう?」
「アウトー! 退場です!」
ともがくが、世界一位の冒険者もアイドルの握手会では一ファン。
グリコはホテルの警備員に取り押さえられ、引きずられるように去っていった。
「い、嫌だ! 私は握手券を50枚持っているのだ。たくさんモリエと握手するのだー!」
クスリ……
そんな光景に、デリーのポーカーフェイスから笑いがこぼれる。
すると、どうだろう。
金縛り状態だった身体がフッと軽くなったではないか。
(う、動けるぞ)
デリーを縛っていた闇の力は霧散し、地獄門もすでに幻のごとく消え去っている。
「ううう……」
一方、足下では銀髪の少年が小柄な身体をかがめて唸っていた。
「ユウリ。どうした……?」
デリーはとっさにこの元同級生を心配して声をかけるが、ユウリは頭をかかえて震えるだけだ。
しかし、やがてその震えが止まったかと思えば、まったく動かなくなる。
「おい、本当に大丈夫か?」
と肩を揺すると、小さな唇がかすかに動いているのに気づく。
何か言っているらしい。
「なんだ。ハッキリ言え」
「ぇ……ん」
「え?」
「ねえさ……姉さん、どこ……?」
そうとだけつぶやいて、彼は失神してしまった。
更新止まっていて申し訳ありません。
本作、全体でだいたい60万~70万字くらいを完結のめどに進めていこうと考えています。
なんとか一つの物語として形にしたいので、最後までご覧いただけたら幸いです。
なお、マンガの方が好調で単行本3巻が8月6日に発売されております。
加えてマンガUPでの更新が今日もされておりますから、あわせてご覧ください!





