【挿話B】 アイドル
それから。
エマは自らの欲望のおもむくまま地下のカジノへやってきた。
一攫千金、一夜の夢。
そんな漠然としたワクワク感を胸に、少女はゴシック調のドレスをあざやかに踊らせながら魔動エレベータを下っていったのだが……
「ちっ、またバケですよ。このカジノぼったくりじゃないですかぁ!(怒)」
目当てのスロット台では、一向にBIGボーナスが当選しない。
「……エマ。面白くないならもう行こう」
すると後ろのデリーが退屈そうに言う。
「ふん、そういうワケにはいかないですよ! この台で間違いないんですから……」
そう。
このチェリーとスイカの出現率はまさしく設定6。
(何十K投資したと思ってるんですか。ここで止めるわけにはいきません)
そんなふうに思って再びコインを投下していくと、ふとデリーが立ち上がる気配を感じる。
「あれ、デリー。どこへいくんですか?」
「……ここはうるさすぎる。上で待ってるよ」
「ふうん」
エマはスロット台の方をにらんだままでいた。
(そう言わずにデリーもやればいいのに……)
心中でぼやきながら口をへの字にしていたが、数秒してふと背後を振り返る。
「ねえデリー」
「……?」
「その……今夜は絶対に勝ちますから。あとでおごってあげますからね」
「……ふッ」
長身の剣士は肩越しにクスリとほほえむと、
「期待しないで待っておく」
とだけ残してカジノを去った。
◇ ◆ ◇
寡黙な剣士デリーにとって、日頃からの話相手はおおよそエマ一人である。
彼の場合、エマのようにパーティの年長組とたわいもない世間話に興じることなどそうそうなかった。
もっとも。
これは必ずしもパーティ内の関係性が稀薄だということを意味しない。
彼は間違いなく、クロスやティアナを慕っているのである。
ただ、“大人たちの前でむやみに口を開かない”という態度は学生時代から続くデリーの癖のようなものなのだった。
しかし、そんな彼も身近に世間話する友達がもう一人だけある。
パーティでも歳の近いモリエだ。
「おまえは大変だよな……」
「そーかなあ」
その時、モリエは宿のロビー横のスペースで『握手会』の最中だった。
「「「せーの、モリエちゃーん!」」」
濃ゆいファンたちの“お囃子”。
モリエはその一人一人へ握手で応じながら、脇目でデリーに答える。
「自分では大変って気はしないけど」
「ウソをつけ」
デリーは刃のような目でそう切り返した。
「魔力にいつもの充実感がない。凱旋パレードの後で疲れているのだろう?」
「それは……ちょっとね」
モリエは首をかしげてショートヘアを揺らす。
「でもしょうがないよ。ボク、なんてったってアイドルなんだから」
「……アイドル、か」
長身の剣士はそう言って、見事なワンレングスの銀髪を片手で無造作にかきあげた。
ざわざわ、ざわざわ……
進行して行く握手会。
ファンたちは皆、目をキラキラと輝かせている。
(これだけ熱中できるものがあるっていうのは、それだけで人生勝ちなのかもな)
デリーはファンたちの様子を見てそんな感想を抱きつつ、一方、目の前のこの半ズボンの少女が何故アイドルなんかやりだしたのだろうかと考え始めた。
「……モリエ、お前。小さい頃『大人になりたくない』って思ってなかったか?」
「え? なあに、それ?」
キョトンとするモリエに、デリーはちょっぴり反省した。
自分の思索の末の問いをいきなり相手へぶつけても、相手にその意図が伝わる可能性は低い。
「いや、お前がなんでアイドルなんてやる気になったか、その理由が気になったんだ。もしそういう動機ならば、やめた方がいい。……オレはずっとそう思ってたから」
「大人になりたくないって?」
「……ああ。だからオレとエマは国を出て『冒険者』になった。アイドルやスポーツ選手じゃなくてな」
モリエは「ふうん」とだけ答え、しばらく黙っていたが、
「ボクはキミらと違うよ」
と、返した。
(そうだったな……)
デリーは思った。
そう。
モリエが育ったのは、『豊かではないが山奥の独立した小さな町』である。
エマとデリーのように、『魔王に支配されているが経済的には豊かな都市』で育った子供たちとは、ベースとなる感情がまったく別物であるに決まっているのだ。
「ボクが小さな頃いつも考えていたのは、この世界は広いらしいってこと」
「広い?」
「そう。広いでしょ、世界。なのに山奥の小さな町で一生が終わっちゃうのはイヤだ。広い世界に出て、世界一位に……なにか特別な存在になりたいって、いつも思ってた」
「……そうか」
「だからボク、小さな頃は男の子になりたかったんだよねー」
モリエは照れたように頭をかきながら続ける。
「男ならこの町から出ていけるのにって思っててさ。でも、男になんてならなくたって、世界一位にはなれるって、お師匠が教えてくれたんだ」
そんなふうに微笑むモリエを見て、デリーはふと気づいた。
つまり、モリエにとって『魔王を倒す』のも『アイドルになる』のも同じこと、ということである。
てっきり、冒険では満たされないものをアイドルで満たそうとしているのだと思いその理由をあれこれと推察していたのだが、まったく的外れだったというわけだ。
「……まあ、お前が楽しんでいるならそれでいいんだ」
「えへへ♪」
そうやってモリエの頭をぽんと撫でてやった時である。
「ちょっとキミ、困るんだよなあ」
黒ぶちメガネのマネージャー風の男がやってきてそう文句を言った。
「……なんだお前は?」
「私はモリエちゃんのPだよ。それよりキミ、握手会の邪魔だからどこかへ行きたまえ」
「何故……?」
そう首をかしげると、マネージャー風の男はため息をついて言った。
「あのねえ、キミみたいな高身長のイケメンがモリエちゃんと仲良くしてる姿を見せつけられちゃあ、ファンたちにとって興ざめなの! いくら奇跡の5人の仲間だからと言っても、握手会の最中くらいわきまえてもらわなくちゃなあ」
デリーはよくわからなかったが、モリエの邪魔になってはいけないとは思った。
「じゃあ、オレはあっちにいるよ」
そう言ってデリーは背を向けた。
握手会の現場から少し離れ、ロビーのソファーへと腰掛ける。
『ゴメンね』
と、遠くのモリエがこちらに向かってジェスチャーしているのが見える。
『……気にするな』
と、デリーもジェスチャーした。
(やれやれ……)
ちょっと手持無沙汰だが、もう少しすればエマもカジノから引き返してくるだろう。
そう思って遠巻きに握手会の様子でも眺めていたのだが……
列の中になにやらビキニアーマーの美女が並んでいるのを目にしてギョッとする。
「ふふふ、この日のためにグッズを大人買いしていたのだ。ゆくぞ、アルフレッド」
「さすがでございます。グリコお嬢様」
「なにせ私は握手券を50枚手に入れたからな! 今日はモリエと50回握手するぞお!」
と、パンツのようなアーマーのお尻を機嫌よくぷりぷりさせる世界一位の女。
グリコ・フォンタニエもまた大スターのはずなのだが、握手会のファンたちにとってはモリエにしか眼中にないらしく、彼女もまた一ファンとして見事溶け込んでいる。
(思ったより退屈しないな……)
それは、そんなふうに面白く眺めていた時だった。
「やあ」
と、ふいに背後からポンっと肩を叩かれて肝を潰す。
(ッ!……誰だ?)
まったく気配を感じなかったので背筋に冷たいものが走るが、デリーはとっさに振り返った。
すると、そこには大きな鎌を持った銀髪の少年が一切の気配を放たず立っていたのである。
「ひさしぶりだね、デリー君」
「ユ、ユウリ……?」
「三年ぶり? いや、四年ぶりかな」
少年は薄笑いを浮かべ、デリーの長髪にそっと触れた。





