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第12話 秘書



 翌日。



 勇者パーティ名義になっていた【証書】は、無事に俺の名義へと上書きされた。


 これで名実ともに、俺はあの領地の【領主】ということになる。





「やあエイガ殿。貴殿きでんなかなか堂々としておったではないか」



 大王から任命のあかしとして『銅のつるぎ』をたまわった後、【大臣】がそんなふうに言いつつ寄って来た。



「いやぁ。さすがに緊張しましたよ」


「ワッハッハッハ!それはそうであろう。……ところでエイガ殿。これからの予定はどうなっておる?」


「はぁ。もう用事も済んだので、領地へ帰ろうと思いますけど」


「その前に少し麻呂まろの本邸へ寄らんか?」


「じゃあ、汽車の時間もまだなので、ちょっとお邪魔させていただきます」



 そういうワケで、大王の宮殿を退出し、馬車で大臣の『本邸』へと向かう。



 パカラッ!パカラッ!……



 大臣の本邸は、宮中きゅうちゅうの宿直所に増して豪奢であった。


 たいへん庭に凝っていて、『西館』と『東館』で大きな建屋が並んでいる。



 そのうち、大臣は俺を『西館』の客間へ通した。


 客間はテーブル・セットにレエスのカーテン。


 ヘッド・ドレスを着けたメイドが、紅茶のダージリンを花柄のカップへ淹れて差し出してくる。



 俺はそれにニ、三口を付けていたのだけれど、


 トントントン……


 と部屋の戸が叩かれるのを聞いて、カップを受皿ソーサーへ置いた。



「失礼します」



 部屋の入口へ目をやると、グレーのレディス・スーツを着た女性が頭を下げている。



「やあ、ご苦労様。こちらへ来たまえ」


 女はまた小さく頭を下げて大臣の後ろへひかえた。



「さて、エイガ殿。彼女が麻呂まろの秘書をしてくれている五十嵐いがらし君だ」


五十嵐いがらし悦子えつこです」


 女は名のりつつ、今度は俺へ向かってお辞儀した。


 お辞儀のたびに、高い位置で纏められたポニーテールがりんと揺れる。



「もしかして……昨日おっしゃっていた?」


「ああ。彼女はまだ若いが、とても優秀な人だ。きっと貴殿きでんの役に立つだろう」


「……でも、本当にいいんですか?」


「ワッハッハ。実は、麻呂まろにも下心があってな。貴殿きでんは【育成】のプロフェッショナルなのだろう?ならば、優秀な人材を貴殿きでんの元へ出向させれば、将来もっと大きくなって帰ってきてくれるにちがいない……と見込んでいるワケだ」


 それを聞いて俺は、この大臣だけは敵にしてはならないと思った。


 大臣はさらにこう続ける。


「それに、五十嵐君の地元は遠雲とくもだそうだからね」


「え!そうなの?」


 俺は五十嵐さんの方を見てたずねてみる。


「はい……」


 彼女はニコリともしないで、ただそう頷いた。



「と、いうワケで五十嵐君。しっかりエイガ殿のお役に立ち、経験を積んでくるのだぞ?ワッハッハッハッハ」




 ◇




 帰りの汽車は、五十嵐さんが1等席を取ってくれた。


 汽車でも船でも1等席ともなると『カネさえ出せば乗れる』というものではないので、俺にしてみれば人生で初めての経験となる。



「エイガ様はすでに領主級ですから当然のことです」


 と五十嵐さんは言う。



 1等席は個室であった。


 椅子はリクライニングで、デスクが備え付けられている。


 付き人の席というのもあって、(つまり1等席を取る人間は付き人がいるということが前提になっているということだが)五十嵐さんはそこへ座っていた。



 ガタン、ゴトン……



 列車の行くのに合わせてポニーテールがかすかに揺れている。


 高く結ばれた黒髪の束には光沢こうたくが走り、少し太めの太ももにぴっちりしたタイト・スカートがメス馬のなめらかさを思わせた。


「……」


 しかし、それでいてほとんど無表情で、微動だにしない。


「あのさ……」


「はい」


「五十嵐さん、遠雲とくも出身だって話は本当?」


「はい」


「いつから帝都に?」


「大学時代からです」


「なんて大学?」


「帝国大学です」


「へえ……。今、歳いくつなの?」


「24歳です」


「そっか」


「……」



 いかん。会話が続かない。


 帝国大学がどんな大学か知らねーし。


 つーか、五十嵐さんももうちょっと会話を広げようとしてくれよ。


 俺の年齢も聞いてみるとかさ。


 個室でふたりだから沈黙が息苦しいんだよ。


「……」


 ちっとも目を合わせてくれないし、ニコリともしないし……。


 美人だけど目つきが鋭くて怖い。



 もしかすると、今回俺についてくるって話、彼女としては内心イヤだったんじゃないのか?


 なーんて勘ぐっていると喋りかけづらくなって、それから一言も会話はなくなってしまったのだった。



 ……でも、こんなとっつきにくい感じの女性ひとが【女神の瞳】で見ると、


潜在職性: お嫁さん


 となっているのだから、才能ってわかんねーもんだよな。




 ◇




 さて、『スカハマ』に着き、ガルシアと合流すると、五十嵐さんとの『会話の無さ』はさらに目立ってくる。


「……旦那。あの女、なんなんスか?」


 と、ヒソヒソ言うガルシア。


「新しい仲間だよ。今後、秘書をしてくれる五十嵐さんだ。お前も仲良くしろ」


「仲良くって言われても……。自分。あーゆう女、超苦手なんスよねぇ」


「そんなふうに言うなよ、お前」



 などと言い合いながら、木船で『遠雲とくも』の閑散とした港へ到着すると、さらに問題が発生した。



「つーか、もう俺たち野宿するワケにはいかねーな」


「女性がいるんスからねぇ」


「あ、でも。彼女、遠雲出身らしいから、実家があるはずなんだよな」


「いいじゃないスか。それでいきましょう」


「じゃあお前、聞いてこいよ」


「えー、旦那が聞いてきてくださいよー」


 うぜー。


 せっかく話すキッカケを作ってやろうとしてるのに。


 はぁ……。


 ガルシアがそーゆーところではまったく役に立たないので、俺が五十嵐さんにたずねてみると、


「実家は……申し訳ありませんが」


 と、黙る。


 実家のようにプライベートなところには立ち行ってもらいたくないってことだろうか?


「いや、いいんだ。五十嵐さんだけでも実家で泊まれれば、俺とガルシアはとりあえず野宿でもなんでもするからさ」


「それはダメです!」


「お、おう……。そうか」


 五十嵐さんはキッとこちらを睨んで言う。


「ご自分の領地でわざわざ野宿なんて。エイガ様は新しい領主なのですから、ご自覚を持っていただかないと」


「は、はぁ。ごめんなさい」


「……『中村』の外れに神社があるはずです。業腹ごうはらですが、さしあたって領主にふさわしい宿はあそこでしかとれないでしょう」


 何が業腹なのかよくわからなかったけれど、とりあえず五十嵐さんの後についていった。




 神社は、なるほど確かに『中村』の外れの丘に建っていた。


 石段が急で、例のごとくガルシアはひーひー言いながら登っていたけれど、五十嵐さんはスカートのスリットをパツンパツン張りながら何段も飛ばして登って行く。


 なんだか、山のばあさんを思い出させるな。



 ザッ、ザッ、ザッ……



 石段を登ると、白衣を着た神職らしい50男が、竹ぼうきで境内けいだいを掃いていた。



「すみません。おじさん」


「むっ、なんですか。あなた」


「お久しぶりです。私、五十嵐悦子です」


「五十嵐……!?ひょっとして、えっちゃんか!」


 なるほど、間違いなくここは彼女の地元らしい。


 五十嵐さんは、俺が今度の領主になることを説明し、さしあたって宿坊に寝泊まりさせてほしい旨、願い出てくれた。


「いやあ、えっちゃん。べっぴんさんになったなぁ。さっ、こちらへどうぞ。領主様」


 と言って、男は俺たちを宿坊の部屋へ案内する。


「この神社の神主をしております吉岡十蔵です。親子二代でこの神社をやっております。そろそろ息子も帰ってくると思うので、あとで挨拶させますから」


「おじさん。将平は呼ばないでください」


 五十嵐さんがそうやってツンと胸を張ってつぶやいたときだ。


「あれ?悦子?」


 と、紙製の扉の向こうから、20代らしき若い男がのぞいていた。


 神主と同じ白い衣を来ているが、ところどころ泥で汚れている。


「親父。なんで悦子がいるの?」


「えっちゃんはな。こちらの新しい領主様の秘書をやることになったんだ」


「領主様?」


「どうも。新しい領主のエイガです」


「どうも」


 神主の息子はさすがに一度俺へ頭を下げたが、すぐに五十嵐さんの方へ向き直る。


「そーか。悦子、とうとう左遷か。まあ、気を落とさないで」


「左遷じゃないです!大臣様が希望者を募ったから、自分で希望してエイガ様についてきたんですから」


 え?そーなの?


 嫌々じゃなかったんだ。


「もう引っ込んでください。服汚れてますし」


「しょうがないだろ。僕、今堤防を作ってきたんだ」


「あの、村の近くの川の?」


 と俺が聞くと、父の方が答える。


「息子は堤防づくりのリーダーをやっておりますので」


「へえ。たいしたもんだな」


「いえ別に、僕はそんな大したもんじゃないデス」


 神主の息子は、俺に対してはそんなふうにボソボソ言う。


 しかし、


「いやぁ、あれだけの大工事だから、きっと誰か優秀なリーダーがいるはずだと思ってたんだ」


 なーんて言ってやると、


「ま、まあ。そろそろ『田起こし』の時期だから、今日までで工事は一時中断ですけどね」


 などと少しふてくされながらも、ニンマリ頬肉の持ち上がるのをこらえているようであった。


「っ……」


 そんな将平を、五十嵐さんは例の鋭い目付きでギリギリとにらむ。


「エイガ様。でも、この人ザリガニ投げてくるんですよ」


 何を嫉妬してるか、俺にそんな告げ口をしてくる五十嵐さん。


「悦子!それ、子供のころの話だろ!」


「それに、神社の石像の首、はずしたの将平なんです」


「ぐぬぬぬぬ……」


 五十嵐さんの矢継ぎ早の攻めに、将平も反撃に出る。


「悦子こそ!12歳まで『おねしょ』してたくせに」


「ちょっ!?……」


「え、12歳まで『おねしょ』してたんッスか?……」


 とドン引きするガルシア。


 デリカシーないぞ。



「してないです!!」


 なぜか俺の胸ぐらをつかんで言う五十嵐さん。


「えっちゃん、ウソ言ったらいかんで」


「1回だけですよぉ!!」


 五十嵐さんはタイトスカートの尻をモジモジさせながら叫ぶ。


「わっはっはっはっ」


 俺がそうやってずっと笑ってると、


「もう!」


 と、ちょっとねた。




 ◇




 神社では、夕餉ゆうげも出してくれた。


 ガルシア、五十嵐さん、吉岡親子がぜんを囲んでいる。


 ちょうど、俺がこれから協力を仰ぎたいと思っている面々だ。


 この際だから俺が【領地】を単位としてクエストをこなしていこうとしている意思を改めて話してみた。



「領主様が元冒険者だっていうのはわかりましたけど……」


 すると、そんなふうに疑念をはさむのは吉岡将平、息子の方である。


「領民たちは領主様の期待に応えられないと思います。そもそも、みんなクエストなんてまるで関心はないんですから、いくら『領主様の命令』でも、ヤル気になんてなりませんよ」


「そうっスよ。それでムリヤリ戦いへ引きずり出しても、クエストにならないんじゃないっスか?」


 ガルシアも将平の意見と同じようだった。


 と言うかコイツは元々、『冒険者が引退して領主になること』を面白がっていたのであって、領地でクエストをこなすことには別に乗り気ってワケでもなかったんだろうな。


 商人なワケだし。



「わかってねーな。それをヤル気にさせるのが【育成】の第一歩だぜ」


「もちろん、エイガ様にはプランがおありなのでしょう?」


 とハードルをあげてくるのは五十嵐さん。


「まあな」


 と言って、俺は茶碗を置く。


「要するに、『戦い』のモチベーションも『堤防づくり』と同じさ。この領地には7つの村があってかなり『村』単位の意識が強そうだけど、たとえば『川の氾濫』っていう共通の問題があれば村どおし連携して堤防をつくったりする。だから、『戦いのモチベーション』も『領地全体で共有する問題意識』をわかりやすく解決していくような方向性があれば、同じように生まれてくるはずだろ」


「なるほど。それはそうですが、そんな方向性がありますか?」


「ある」


 将平の問いに、俺は即答した。


 そして、味噌を溶かした汁を一口飲んで続ける。


「それは、領地の西側に生息するモンスターの駆除だ」


「あっ」


 とガルシアが軽く叫んだ。


 そう。コイツとは西側を一緒に歩いたのだものな。


 人に全然会わなくて、弱いモンスターにかなり遭遇した。


「この領地の人々はみんな山の南側に住んでいる。それは西側にはモンスターが出るからなんだろ?それを領民みんなで駆除できれば、西側にも人が住めるようになるし、なにか産業を起こすこともできるかもしれない。……まあ、そこまで考えられなくても、みんな少なくとも『モンスターのせいで西側に住むことのできない状態』をこころよくは思っていないだろうから、きっとモチベーションを共有できるんじゃないか?」


「それはそうかもしれませんけど。領民はみんな戦いなんてズブの素人なんですよ。本当にモンスターを倒せるようになんてなるんですか?」


「エイガ様は【育成】をご専門になさっているんです」


 大臣から聞いたのだろうか。


 五十嵐さんが俺の代わりに応えてくれたが、俺はもう少し具体的に答えようと思う。


「将来的に、2500人の村人の中から150人ほど戦える人間を育成してゆく。俺が勇者パーティでつちかったあらゆる育成スキルを使ってみせるから、すぐにそれなりに戦えるヤツも出てくるはずさ。それに……西のモンスターたちはそんなに強くない。いや、ハッキリ言って初級レベルの弱いモンスターばかりなんだからな」


 そして、この弱いモンスター討伐によっても、領民は【祝福の奏】によって2倍の経験値を得るのだ。


「もちろん。この150人にはみんながみんな常にクエストに参加してもらわなくってもイイ。というか、いろんな村の人間を集めるつもりだから、各村の産業の繁忙はんぼう期があるだろう。基本的にそっちを優先してもらいたい。たとえば、『中村』の人たちは農閑期にクエストに参加してもらえればいい。『木村』の人たちはこれから堤防づくりが中断して仕事が減るだろうから、春先に参加してもらう。そんな感じでローテーションしていこうと思う。……まあ、何十人かはクエスト専業でやってもらうことになるかもしれないけど、できる限り産業を傷つけないように気を配るつもりだ。今ある産業を蔑ろにしたら長期的には戦力も上がっていかないだろうからな」



 ふう……。


 俺は一息ついてから、


「とりあえずそんな方向性で始めてみようと思うんだけど、協力してくれないかな?」


 と尋ねた。




「私はエイガ様のなさることを勉強させていただくまでです」


 五十嵐さんがまずそう答える。


「自分は、旦那がそこまで考えてんなら、ついて行くっス」


 ガルシアが次に答える。


「各村の産業が壊れない範囲ならイイんでねえか?将平」


「……うん。そうだな」


 と吉岡親子も言う。



 これで、本当にみんな一応協力してくれるってことでイイのかな?



「じゃあ、明日からガルシアは領地の経済状況を調査してくれ」


「はいっス」


「吉岡親子は『俺と領民』との仲介役になって欲しい」


「わかりました」


 と十蔵が言い、将平もうなずく。



「で、五十嵐さんは……」


「はい」


 と、無表情ですげー距離を詰めてくる五十嵐さん。


 唇がピトリとくっついてしまいそうなのを避けながら、


「俺の補佐と高札の清書を頼む」


 と、なんとか言うと、鋭い目つきでうなずいた。




 うん。


 なんか、楽しいな。


 この感じ、どこかで覚えがある。


 ああ……そうか。


 クロスと冒険パーティを始めて、だんだん仲間が増えてきたくらいの感じと同じなんだ。







お読みくださりありがとうございます!

次回もお楽しみに!


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