第112話 ビルトンホテル(2)
一時間後。
俺のドル箱のコインは、すべてなくなってしまっていた。
「う、ウソだろ……」
地下カジノの、スライム闘技場の賭け。
最初あれだけ勝っていたのに、一度負けが込むと連戦連敗……。
初期投資額まですっかり溶けてしまった格好だ。
「……俺、ギャンブル向いてねえわ」
そう悟って、俺はスラ券を放り投げた。
「ところで五十嵐さんどこ行ったんだろ?」
そんなふうにつぶやきながらフロアを探していると、ポーカーのところで何やら人だかりのできているのを見つける。
その衆目の中心に、果たして五十嵐悦子は座っていた。
「……」
彼女自身はいつもと変わりないが、周りの人々には妙な緊張が走っている。
「コールなさいますか?」
向かいのマスターらしき男が五十嵐さんにそう尋ねた。
「……倍プッシュです」
ざわざわ、ざわざわ……
「うっ、彼女正気か?」
「相手は一枚代えだぞ?」
そんなざわめきの中、マスターがカードをオープンする。
「うわっ、フルハウスだ」
「あちゃー……」
「『黒の女神』の怒涛の連勝もここまでかぁ」
文脈から察するに、『黒の女神』というのは五十嵐さんのことらしい。
なんか知らんけど、ギャンブラーたちから二つ名が与えられているみたいだ。
「……」
一方。
自分の手札に視線を落とす黒の女神――つまり五十嵐さんは鋭い目をかすかに光らせると、ぽそりとカードをオープンした。
ざわ……
なんか、おんなじ記号のカードが順々に並んでいる。
「ろ、ろろ……」
「ロイヤルストレートフラッシュだ!」
「すげえ!!」
どっと沸く観衆の中、彼女の前へ色つきのゴツいコインが何百枚も運ばれていった。
本人はさして興味もなさそうにしていたが、周りからは羨望のまなざしが降り注ぐ。
さわいでいるわりにコインは少しじゃんと思ったが、よく見るとそれは一枚100ボンドのコインではなく、一枚1万ボンドのコインなのであった。
「五十嵐さん、ギャンブルの才能があったんだな……」
ちょっと羨ましく思いながら、俺はタバコへ火をつける。
やれやれ。
俺はもう賭けるつもりはないので、あとは周りで彼女の活躍でも見守っているかな。
そんなふうに思った時だった。
「あれえ? 先輩? エイガ先輩じゃないですかぁ?」
ふいに聞き覚えのある声がする。
なんだと思って振り返ると、俺は目を見開いてこうこぼした。
「え、エマ?」
そう。
そこには栗毛の回復系白魔導士エマ・ドレスラーが、空っぽのドル箱を抱えて立っていたのである。
◇
「まさかお前らがこの宿に泊まっているとはなあ」
「それはこっちのセリフですよお。エイガ先輩がこんな上等なホテルに泊まるってイメージないですからww」
俺とエマはカジノの隅に備え付けられているチェアに座って少し話した。
エマの話によると、『奇跡の5人』はこのビルトンホテルをザハルベルトの拠点にしているらしい。
よく考えれば、凱旋パレードの盛況っぷりを見てもこいつらはスーパースターなのだから、このVIP宿に泊まっていてもなんの不思議もないわけだ。
「クロスたちの調子はどうよ? スランプもあったって聞いているんだけど」
「ぷっ(笑)クビになった人が何心配しているんですか?ww ちょーウケるんですけどぉ」
エマはあいかわらず人をバカにするようなことを吐き散らかすと、「ほんと、お人よしなんだから……」と小さくつぶやいてから続けた。
「そんなことよりエイガ先輩。カジノなんてやっていていいんですかぁ?」
「るせーよ。お前だって賭けてたんだろ?」
その様子だとスッたみたいだけど。
「アタシはいいんですよ」
「お前がよくて、俺が悪いってことはねえだろーが」
「違いますよお。だって、エイガ先輩は今S級に上がったところでしょう? こんなところでのんびりしていて大丈夫なんですかーって意味なんですけどおー」
「うっ……」
そこで俺は言葉に詰まる。
エマはこちらをジト目で見ながら続けた。
「S級クエストは並じゃこなせません。魔王級の戦いが、今までの戦いのようにいくと思ったら大間違いなんですからね」
珍しく正論を言いやがる。
コイツっておおよそ憎まれ口ばかりなんだけど、たまに鋭いことを言うんだよな。
「……わかってるよ」
「だったらこんなところで油売ってないで、プールにでも行って来たらどうですか?」
「は?」
と思ったらまたよくわからないことを言いだすエマ。
「何言ってんの、お前」
「え? ええと(汗)……そう。『プールでトレーニングでもしてきた方がいいんじゃないですか』って意味ですよ。魔王級は本当マジ強いんで、エイガ先輩ももっと鍛えた方がいいですってー」
ああ、なるほど。
確か1階にプールとトレーニングジムが設置されているんだっけ。
「うーん。お前にそう言われると、その方がいい気がしてくるな」
「でしょ? でしょ?」
「でも、連れがいるんだ。彼女一人をカジノに残したら危ないからな」
そう言ってポーカーの五十嵐さんを指さすと、エマは珍しく神妙な面持ちで尋ねた。
「エイガ先輩、あの人知り合いなんですか?」
「知り合いっていうか、うちで秘書をしてもらっている五十嵐さんだよ」
「……チッ、けっこういい女じゃないですか」
そう言ってエマは感じの悪い舌打ちをした。
だが、
「じゃあ、あの女性のことはアタシが責任をもって護衛します。エイガ先輩は早くプールに行ってあげてください」
と、妙な親切を言い出す。
「は? いいよ、そんなの。悪いから」
「遠慮しないでくださいよー。前に同じパーティで冒険していた仲じゃないですか。エイガ先輩は今が大事な時期なんですから頑張って鍛えてきてくださいってww」
「そ、そうか……」
なんだか、エマにそんなことを言われると俺もちょっとジーンと来るものがある。
「わかった。そこまで言うならお言葉に甘えるわ。五十嵐さんを頼んだよ」
「任せてくださいww」
こうして俺はエマの勧めたホテルのプールへと足を向けるのであった。





