第108話 エビラ
「お客様の中に冒険者様はいらっしゃいませんか! お、お客様の中に……」
「おい、どうした」
と、船員の肩を叩いたのは、先ほどの戦士風の男だった。
「は、はい……モンスターが……モンスターが、この船を襲って……」
「そうか」
「この船は……もう終わりです……」
「安心しろ。オレたち『アイアン・アーム』はA級冒険者だ」
「え!? A級冒険者!」
取り乱していた船員も、その言葉を聞いて安堵したようだった。
そりゃ頼りに思われるだろう。
冒険者は星の数ほどいるとは言え、A級冒険者ともなるとめったに見ないからな。
「お前ら行くぞ」
「よしきた。リーダー」
こうして先ほどの4人パーティは元気よく甲板へ駆けていった。
「……エイガ様」
一方で、五十嵐さんが期待のまなざしで俺を見る。
それは俺も行けってこと?
「大丈夫だって。客船ってのは基本魔物の出ない海域を航行するもんなんだ。嵐に遭うより低い確率で遭遇することがあっても弱いのしか出ない。おおかた『しびれクラゲ(C級)』や『荒れくれゲソ(B級)』でも出たんだろ。さっきの連中で十分だって」
「しかし……」
「それより今の衝撃で怪我人が多い。回復薬で治療してやろう」
そう言うと五十嵐さんもハッとしてうなずく。
俺たちは3人で手分けしてボトルに入った液体で乗客たちの怪我を直していった。
ぱあああ☆ ぱああああ☆
「いでー! いでーよお……って、あれ? 痛くねえ?」
そう。
これはイサオさんが育てたa~jまで十種の薬草を調合した遠雲特性の回復薬である。
もともと【生産者】として一流だったイサオさんへさらに経験値を送った上で作ってもらった薬草を原料にしているんだからな。
効かないはずはない。
「あれ? 本当! 痛くないわ!」
「なんて回復薬だ……」
「オレなんて髪の毛まで復活したぞ! ラッキー!」
よしよし、こんなところか。
一部なんかおかしな発言もあったが、聞かなかったことにしよう。
ドドーン……!!
しかし、一通り回復が済んだところで、船内に再び大きな揺れが起こる。
おかしいな。
さっきのA級パーティが行ったはずなのに、まだ戦闘が終わらないのか?
「ガルシア、五十嵐さん。ここは頼む」
「あっ、旦那!」
こうして後のことを二人に任せ、俺は甲板へ駆けて行った。
◇
甲板に出ると青空の下、戦闘の音が響いている。
さっきの連中だろう。
しかし、4人パーティだったはずだが、戦っているのはリーダー格の戦士だけ。
見渡すと、後の三人は甲板に倒れていた。
「はぁはぁはぁ……」
残った戦士も肩で息をしている。
「はぁはぁ…… くそ! なんでこんなヤツが航路上に……」
と叫ぶ戦士が対峙するのは、巨大なザリガニのようなモンスター。
エビラ(A級)である。
エビラはボスではないがA級の中でも強いモンスターだ。
A級冒険者でも苦戦するパーティも多い。
その上、一人になってしまった彼らに勝ち目はないだろう。
「くそー、これでも喰らえ!!」
「あ、よせ……」
俺は止めに入ろうとするが一足遅かった。
猛然と突っ込む戦士に、エビラのハサミがカウンター気味に入ってしまう。
「ぶっ……!」
吹っ飛ばされて船柱に背中を強打した彼はそのまま倒れてしまった。
フォッフォッフォッフォッフォ……
勝ち誇り、ハサミをカシュカシュさせるエビラ。
「しょうがねえな」
そう呟いて、俺は銅の剣を抜いた。
するとエビラの方もこちらに気づき、即座にハサミを振り上げる。
ガキーン!……☆☆
刹那の後、火花散り、交差するハサミと剣。
「いっ……ぎぎ」
力は拮抗していた。
しかし、あちらは言わば二刀流だ。
右側のハサミとつばぜり合いをしている間に、もう片方のハサミが俺に襲い掛かってくる。
ひゅん……
「やべっ!」
俺は『風の足具(リヴ作)』の機動力で甲板を滑るように高速移動して、難を逃れた。
フォッフォッフォ……
「どうすっかな。思ったより厄介だ」
「う、うう……あんた」
作戦を考えていると、ふと、足元で声のするのを聞く。
視線を落とすと、4人パーティの魔法使い風の女だった。
彼女はビリビリに引き裂かれた漆黒の魔道ローブから白い肌と下着を露出させて、息も絶え絶えにこう言った。
「ほ、炎だよ。エビラの殻はそのまんまじゃ固すぎる。炎で殻は脆くなるから……」
「そうか、なるほど」
「それはアタイがやらなきゃいけなかったのに……」
「もういい。寝てなよ」
戦闘中なので、女性への気遣いもそんな言葉をかけることぐらいしかできない。
つーか、エビラのハサミが飛んでくるし。
ガキーン!
とっさに攻撃を受ける。
再び重なるハサミと剣。
そこで思った通り、ヤツはもう片方のハサミを振り上げた。
好機。
俺は剣でハサミを弾き、出がかりの隙に炎系魔法を放った。
ボウッ!……ごおおおおお!!!!!
「なっ! すごい……ドキラドン?」
「今のはドキラドンではない。キラドンだ」
俺は足下で目をぱちくりさせていた女魔法使いにそう答えた。
そう。
部隊に60名いる攻撃的魔法使いの様々な魔法に関する『特性』が、日々の【憑依】育成によって移り、俺の中級攻撃魔法は中級にして上級レベルの火力を持つようになっていた。
ごぎゃああああ!
炎に包まれたエビラはしばらくのたうち回ったが、やがて海へもぐって消火の後、また海面へ上がってくる。
しかし、その外殻の色が変わっていた。
こんがりして、ちょっとウマそうだ。
「たしか……殻が脆くなるんだったな」
そう呟いて、俺は剣を手に飛び上がった。
「うらぁああ!!!!」
たたみかけるように銅の剣を振り下ろす俺。
ヤツはハサミを十字ブロックに防御を取るが……
ピキ、ピキピキ……ぼこぉ!!
打撃の勢いにハサミは無残に砕け、刃は敵の眉間を打った。
フォッフォッフォッフォ……
エビラは不気味な笑いを残して、光の玉となる。
ビシューン!
光の玉は海の向こうへ飛んで行ったが、甲板にはドロップ・アイテムが落ちていた。
「おっ? これは……」
エビラの身である。
「よっしゃ、これウマいやつだ」
そこへ、船上が静かになったのを感じてか、船員たちも甲板へ上がってきた。
「今晩のおかずはこれで頼むよ」
と船員たちに『エビラの身』を渡すと、彼らは泣いて安堵して盛んに礼を言う。
「あなたが倒してくださったのですか!」
「あんな化物を……」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
そんな船員たちに応対するのは煩わしく思われて、俺は先に行って倒れてしまった4人パーティの面々を回復させていった。
ぱあああ☆ ぱああああ☆
「それより彼らを頼むよ。三人は気を失っているけど回復はしておいたから。船室で休ませてやってくれ」
「あ……は、はい!」
「かしこまりました!」
船員たちにそう頼みながら、最後にあの女魔法使いの回復をしてやる。
ぱああああ☆
「アタイら、失礼なこと言ったのに……」
「別に、気にしてねーよ」
女の傷は回復されたが、魔物に引き裂かれた黒ローブは修繕されていない。
意外にも可愛いパンツとブラジャーが純白に花柄の刺繍をたたえて、ぷりっと丸出しのままである。
「ほら、これでも着てな」
俺はそう言って、女の肩へ俺の上着をかけてやった。
「ぁ……♡」
「さ、魔法使い様。こちらへ」
と女魔法使いが船員に連れていかれるのを見送ると、俺はタバコへ火をつけた。
◇
どうして航路上にあんな強モンスターが? という疑問は残ったが……
エビラ戦によって、俺自身もソロでグリーンドラゴンを倒した時より遥かに強くなっていることを実感した。
リヴによって鍛えられた銅の剣はすでに+24。
領民部隊への憑依で移った特性も『タフさ』『体捌き』『俊敏』『魔法威力増』『魔力持続』……などなど、一個ずつの+はわずかずつでも150人分の特性が積もっているのだ。
それは例えば、『魔力威力増』と『魔法火力増』のように似たような特性がいくつも重なって移っていたりするからな。
だんだん、単純な戦闘力では計り知れない力を発揮できるようになっている。
「まあ、けっきょく誰かを育てるってことは、自分を育てるってことにもなるってことだな」
「つーか旦那、もう個人でもS級レベルなんじゃないスか?」
とガルシアが言い、五十嵐さんもコクコクとうなずく。
「いや……そうはいかねえよ。S級ってのはA級とは比べものにならない。魔王級を倒しうるクラスなんだから」
チリンチリンチリン♪……
さて、そんなふうに話していると、船内にベルが鳴り響く。
到着のベルだ。
甲板へ出ると、コバルトブルーの空の下に、かの大魔法都市の姿が飛び込んできた。
「あ、あれがザハルベルトか……」
遠くからは複雑な都市がまるで一つの装置のように見えたが、やがて近づいてくるにしたがって建物一つ一つの『大きさ』に圧倒されてくる。
ざわ、ざわざわ……
周りの乗客の中でも訪ザハルベルトが初めての者は盛んにざわめき高揚を隠せないようだ。
この前の4人パーティも、生唾を飲み込んで都市を見上げていた。
ゴクリ……
あ、今のは俺のである。
ちなみに俺は初めてだが、もちろん五十嵐さんも初めてだ。
俺らの中で経験者は唯一、世界を股にかける商人ガルシアのみである。
「さあ、タラップを降りましょう! まずは検問ッスよ」
「っ……」
「……お、おう」
俺と五十嵐さんは商人の服の裾を掴みながら、おそるおそるザハルベルトの地へ降り立つのだった。
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