第107話 出発
今回の訪ザハルベルトの目的は2つ。
1つはギルド本部での【S級登録】。
もう1つはその市街に大使館的な拠点を購入することだった。
目的がそのようであるから、今回はごく少数での旅となる。
ザザーン……
俺とガルシアと五十嵐さんの3人は、遠雲の新港から帆船の定期便でまずはスカハマへ向かった。
目的地は遠いし、俺にとっては未知の土地である上に、このメンツだ。
黒王丸では人員オーバーだし、艦ではデカすぎる。
通常のルートで行くのがまあ無難だろう。
「ザハルベルトへ行く前に帝都へご報告なさるのがよいと思います」
五十嵐さんがそう言うので、スカハマに着くと一度帝都へ寄った。
すると、大臣は盛んにめでたいめでたいとおっしゃり、大王からもクエスト激励の宝物を賜るという歓待ぶりで、マジびびる。
「わっはっは! 貴領がS級に認定されることは極東全体にとっても益になるのだ」
大臣がそうおっしゃるので、そんなものかなぁと思いつつ、またスカハマに戻る。
そこから今度は魔動船の国際便に乗り、極東を離れた。
4日ほど揺られていくと、港町マリンレーベルに着く。
「そう言えば、俺が勇者パーティを解雇になったのはこの港町だったな」
「そうなんスね」
「……」
一泊の後。
俺たちはまた船を乗り継いだ。
それはかつて仲間たちが乗って行き、俺だけは乗れなかった船。
ザハルベルト行きの船だ。
ボーボーボー……
美しい海空の青いっぱいに汽笛が響き渡る。
カモメも飛んだ。
ただ、船首だけが西を向いていた。
◇
さて、それはマリンレーベルを出航して数日たったある日。
船中の食堂で俺はハンバーグを、ガルシアはカレーを、五十嵐さんはパスタを食べていた時のこと。
カチャカチャカチャ、もぐもぐもぐ……
「とは言っても、あんまり領地を放っておくわけにもいかないからなあ」
「そういえば五十嵐さん。『中村』の田んぼの調子はどうッス?」
「……今年の収穫高は例年にないほどに伸びる見通しです」
ガルシアが尋ね、五十嵐さんが答える。
俺は『黒毛ミノタウロスのハンバーグ』の油が乗ったナイフを見つめながら言った。
「そりゃ景気のいい話だな」
「はい。おじいちゃ……いえ、五十嵐イサオの開発した新種には、ひとつの穂に従来の倍のお米が実るのです」
なんつーか、五十嵐さんもイサオさんのことは『おじいちゃん』と呼んでいるんだなぁ。
全然想像できないけど。
「でも、収穫高が多いことと『景気のいい話』になるかどうかは別問題ッスよ」
「どういう意味だ?」
「収穫高が『安定』するのはいいことッスけどね。あんまり領内の人口以上に採れても、価値が下がっちまうんッスよ」
「……豊作貧乏と呼ばれる状態ですね」
五十嵐さんが芸術品のごとく見事にパスタを巻いたフォークを目の前に言った。
「なるほど。つまり領主の俺は、貯蔵米を増やして産物と消費のバランスを取るなり、価格を管理するなりしなきゃいけないってことだな」
「そういうことッス。収穫高が増えたら増えたなりにやらなきゃいけないことは山積みなんッスよね」
ほっぺにカレーをつけたガルシアがもぐもぐと答える。
「まあ、いずれにせよ秋の収穫祭までには領地に帰らないとだな。十蔵にも怒られそうだし。それまでに領地、クエスト、ザハルベルト……その三方への往復を前提とした体制を築いておきたい。頼むぜ」
「はい」
「そッスねー」
さて、そんな話をしていたからだろうか。
ふと、食堂の向かい側でたむろしていた冒険者風の4人組が、盛んに俺たちの方に視線をくれているのに気づく。
怪しげな空気だなぁと思っていると、やがて彼らは立ち上がりドヤドヤとこちらに近寄ってきた。
めんどくせーな。
そう思いながらも一応ガルシアと五十嵐さんの周りに防御魔法を展開する。
すると案の上、冒険者たちはみるみるうちに俺たちの座る席を取り囲んでしまった。
「よお。クエストがどうのとか言っていたみたいだが、お前ら冒険者なのか?」
まずは戦士風の男がそんなふうに口火を切った。
こいつがリーダー格っぽい。
「はあ。一応そうだけど」
と答えると、後ろの魔法使い風の女が鼻で笑う。
「へえ、あんまり強くはなさそうだけれどねえ」
「お前、何級だよ」
そんなふうにたたみかけてくるので、俺は「いや、答えるほどのもんじゃねーから」と食後のタバコへ火をつけた。
「戦闘力は……へえ、一応7万5千か」
僧侶風の男が俺の戦闘力を覗き、隣の盗賊風の男がいきり立つ。
「てめえ、その程度の戦闘力で調子にのってんじゃねえぞ」
「この船に乗っているってことはザハルベルトへ行くんだろ? B級くらいには上がってんのかい?」
「ふふっ、たまにいるんだよなぁ。冒険の国ザハルベルトの――その空気を吸うだけで高く飛べると思っているヤツが」
わっはっはっはっは!
明らかにおちょくることを目的とした笑いが上がる。
俺は黙って、ただタバコの煙ごしに彼らを見つめていた。
「おっ? なんだその目は。やるか?」
場が気色ばみ、戦士風の男は喜々として腕まくりをした。
しかし、俺は煙をフーと吐いたのち、こう返した。
「勘弁してくれよ。あんたらが強いのはわかったからさ」
すると、彼らは顔を見合わせて、
「チッ、骨のねえヤツだ」
「意気地なし! つまんないの」
と、興味を失くして離れていった。
やれやれ。
俺は、ガルシアと五十嵐さんの周りにひそかに巡らせていた防御魔法を解いた。
「感じの悪い人たちッスね」
「……エイガ様。なぜ殴っておしまいになさらないのです?」
と、おっかないことを言うのは女秘書。
「そんなんしたらケンカになるだろ(汗)」
俺は苦笑いしながら答える。
「船の上じゃ大体冒険者はヒマだからな。ああいう連中は『ケンカになれば暇つぶしになる』くらいに思って寄ってくるんだ。相手にしたら思うツボだよ」
「そんなもんッスかねー」
「……」
ガルシアと五十嵐さんはちょっと不満げだった。
つーか、二人とも非戦闘系なのに意外と好戦的なんだな。
で、それはまさにそんな時だった。
ふいに轟音が鳴り響き、船内でひときわ大きな揺れが起こったのは。
ガシャーン! バリバリ……!!
大きく傾く食堂。
人やテーブルが滑り台に乗ったように流れ、無数の食器が割れる。
「キャー!!」
「なにごとだ!」
騒然とする食堂の中、船員がひとりドタドタと降りてきて、こう叫んだ。
「お、お客様の中に……お客様の中に冒険者様はいらっしゃいませんか!!」





