やっぱりアイツはそういうヤツ
人の社会で『映像の力』というのは、よくも悪くも甚大なものである。
その日。
冒険者ギルドの第一会議室の窓は、黒に緑の裏地のあつらえられたぶ厚いカーテンですべて遮光されていた。
カタカタカタ……
夜のような暗さの部屋に、響く映写機の駆動音。
「にゃにゃにゃ……」
ティアナに連れて来られたネコ耳職員がこれを操作し、しぼりから鮮烈な魔法光を打ち放っている。
光はチンダル現象を伴って闇の宙へ黄金の道筋を作り、ギルド本部の社会的立場の高い男たちの夜の山のような影の頭上を越え、前方のスクリーンへ映像を映し出していた。
ゴゴゴゴゴ……
スクリーンには海上の黒い艦の姿。
極東の人らしき者どもが乗り込む黒艦は、次第に撮影地点から遠ざかり、おそいかかる数十もの鳥獣の群れを抜け、やがてその湾のボスらしきモンスターと対峙する。
ボスはシーサーペントのようだ。
艦とモンスターでサイズは互角といったところ。
一度の衝突ののち、両者はひとたび距離を取った。
そして、しばらくにらみ合い、再び接近したかと思えば、その時、艦から目の覚めるような閃光が発して、このフィルムの戦闘は終局を迎えることになる。
チュイーーーン……ちゅどおおおん!!!!
「な、なんだあの威力は……」
閃光は艦から発せられた超大な魔力エネルギーだった。
それはシーサーペントを一瞬で消滅させ、海を割り、はるか遠くの空まで消えて、最後にキラーン☆と星のようなまたたきを見せた。
――そう。
これはあの、エイガが隊の育成ミーティングのために実戦を撮影したフィルムの映像である。
フィルムは五十嵐さんから大臣の手へ送られていたが、
『遠雲がS級に認定されることは極東の帝国全体にとっても益になる』
と考えていた大臣はフィルムのインパクトを重要視し、これを直属の隠密組織に託した。
命を受けた隠密組織は、ザハルベルトで諜報活動を行っていた彼らの棟梁の娘、西園寺華那子へフィルムの扱いを託す。
そしてその女忍者はフィルムをティアナの手へと託すという判断をしたのだった。
こうして、エイガ→五十嵐さん→大臣→隠密組織→女忍者→ティアナという紆余曲折を経て、フィルムは冒険者ギルド本部の第一会議室で上映されているのである。――
上映が終わり、カーテンが開け放たれると会議室に昼が戻った。
「いやあ、ティアナさん。あなたの言う通りだったな」
「疑って申し訳なかった」
映像は、エイガの領地のS級昇格に懐疑的だったエリートたちの態度を一変させるものだった。
彼らはティアナを取り囲んで口々に感嘆の声をあげる。
「しかし、手元のデータ……領民個々のステータスからは想像もつかないよ」
「これぞチームの力というものだな」
「まったくだ。エイガという男、なかなかの指導者にちがいない」
ティアナは予想以上の反響に戸惑い、少し目を丸くしていたが、
「ええ。そうね……そうなの!」
と答えると、振り向きざまに友達のネコ耳職員と顔を見合わせた。
(やったわ! ラナ……)
エリートたちの前ではいつも赤いメガネをキリッと嵌めて隙を見せないファン・レール女史であったが、この時ばかりは豊かな頬を少女のように燃やして、しっとりと汗のにじむ額に生え際の金髪の幾筋かを貼りつけたままにしている様にも、若い女の脆く可憐な本性が仄漏れるようである。
「しかし、見たまえよ。あのドワーフの苦々しい顔を」
「ゴードン氏はずいぶん反対しておられたからなあ」
「……はて、氏はああ見えてもう少し柔軟な方だと思っていたが」
一方。
その場の二、三人がそのようにウワサするのを、大賢者エルは冷え切った目で聞いていた。
◇
「で、これからどうするつもりだ」
ギルド本部から予言庁へ戻ると、エルは自室にユウリとトルドを呼んでそう詰問した。
「どうって。バカだなあ」
銀髪の死神は、ケタケタと笑いながら答える。
「無理だよ、無理。あんなのどうにかなるワケないでしょ」
「は?」
「人間ってのは映像化された印象に弱いんだ。現実そのものを目撃している気分でいながら、実は見る者の想像の余地が多分に残されているものだからね。むやみにみんなで盛り上がって、過大に評価しちゃったりしてさ。本当に愚かなものだぜ」
子供がずいぶんと知ったような口をきくものだ。
確かにそれはそうなのかもしれないが、そんなふうに大所高所ぶった講釈を垂れているうちにエイガ・ジャニエスはS級にあがってしまうではないか。
「つまりこういうことだな。キミたちはまったくの役立たずだ、と!」
エルは手元のペンを机へ放り落とすようにして言い放つ。
「やる気がないなら帰れ! 目ざわりだ!」
「待ってください。では、セントレイアは……」
そう言われても納得がいかないのは、今回一番危ない橋を渡っているトルドである。
「ふん、キミのところの女勇者もずいぶんな変わり者だな。地獄へ行きたいのなら勝手に落ちるがいい。僕は知らない」
「なッ!……こ……の……クソエルフがぁ!!」
「まあ待ちなよ」
キレそうになるトルドを制して、ユウリは苦笑いしながら言った。
「思ったんだけどさ。エルさんがうまく行かないのは、無理矢理エイガ・ジャニエスとあの眼鏡女を引き離そうとするからじゃないかな」
「あ?」
「逆に考えるんだ、『あげちゃってもいいさ』と考えるんだ」
「ふ……ふざけるな!」
「あはは、そう熱くなるなって。まあ聞けよ」
死神はあくまで冷めたふうに続けた。
「あげちゃってもいいってのは、あの眼鏡女のことじゃないよ。逆転の発想さ。ここまで来たら、むしろとっととエイガ・ジャニエスをS級にあげちゃった方が都合がいいかもしれないってこと」
「逆転の発想?」
そう聞き返すと、ユウリは部屋をつかつかと歩いて行って、窓際のブラインド・カーテンをペキッとめくった。
この予言庁13階だての最上階にあるエルの部屋からは、世界一の大魔法都市の景観が一望できる。
「人がゴミのようだね」
少年がそう溜息をつくと、少女と見てもいいとさえ思われる端正な顔立ちの前でサラサラとした銀髪がかすかに揺れた。
「でも、あの大量の人間の中にも一応『勝者』と『敗者』という二種類が存在するらしい。勝者は敗者より価値があるって肩肘張っちゃってさ。じゃあ勝者っていうのは一体どういうワケで勝者になったんだろうね」
何をいきなりと思ったが、ユウリの語り口調はどこか興味をそそるところがあった。
エルは少し自らの成功を振り返ってからこう答える。
「それは努力したからだろう。才能もあったのかもしれない」
「はッ。優等な回答だけれど、どちらも本質じゃないな」
ユウリは形のよい頬を苦笑と嘲笑を入り混ぜたようにゆがめると、透明な瞳でこう続けた。
「成功の本質っていうのはね、とどのつまり、どーせ『運』なのさ」
「運?」
「ああ。例えば冒険者のことを考えてみなよ。本来、ああいう弱肉強食の競争は『今、目の前の敵と比べて自分が強いか』がすべてだろ? どんなに才能があっても、努力するヤツでも、『今その時の自分』より全然強い敵に遭遇したらそこで終わりだ。つまりさ、成功した冒険者っていうのは、その時々の『今の実力』で勝てる範囲の敵にめぐりあい続けて、結果的に強くなったヤツってことになるよね」
「しかし、今の冒険者にはギルドがある」
と、エルは反駁する。
そう。
クエストやパーティに級があるのは、実力に応じた冒険を差配し、冒険者たちの努力や才能を順当に活かそうとする組合的な育成の考えからであった。
「うふふ。とっととS級にあげちゃえばいいっていうのはそこさ。僕の見たところ、エイガの領地はまだS級のレベルには届いていない。でも一年後はわからないよ。順当にA級で実戦を重ねて磨きをかければ魔王だって倒してしまうほど成長するかもしれない」
確かに、ギルド本部の連中はそういうつもりらしい。
さしあたってA級ボスのクラーケンを依頼する運びになるとのことだし、その後も何度か陸上のA級ボスを当ててから、満を持してS級にあげるはずだった。
それはエイガの領地に限らず、どのS級パーティもそのような育成期間を経てザハルベルトへ来るのである。
「だから、そういう育成期間を与えずに、とっととS級にあげちゃえばいいのさ。牙の生えそろう前の虎の子を、獅子の縄張りへ放り出して競わせるようにね」
「……」
エルはしばらく黙っていたが、結局ユウリのアイディアに乗った。
この日からエルは魔王級、準魔王級の増加に伴うS級パーティの不足を訴えだし、トルドはゴードンとしてエイガの即時S級昇格派へ変節するのである。
◇
ティアナは溌剌としたノースリーブの乳房に三つ編みをルルと躍らせて第一会議室を出た。
(エイガが来る! このザハルベルトに……)
ギルド本部は4階建ての古いビルディングで魔動エレベータは備え付けられていない。
硬質な階段にヒールの軽快な音を立てて1Fまで来ると、ワンフロアぶち抜きの【総合受付】があらわれ、ゴツゴツした鎧や妖しげなローブを纏った冒険者たちの汗と怒号の活気が飛び込んでくる。
ざわざわ…… ざわざわ……
ティアナは男たちの毛のびっしり生えた胸板や太腕に押しつぶされそうになりながらも、華奢な身を巧みによじらせ、跡に金糸のような髪のふわりとした感触だけを残しながら、混雑を抜けていく。
こうしてロビーから正面玄関へ出ると、ふっ……っと解放感のある空気が女の胸に満ちた。
「雨……?」
と気づいて、外へ踏み出した足を一歩引く。
見上げると空は晴れているのに、目を凝らせば確かに雨が降っていた。
雲間に陽がぼんやりと黄金に染められた世界に、シャワーをひっくり返したような、まばらだが大粒の雨が水遊びのように乱れ落ち、ギルド本部前の【古代勇者の像】のメタリックな造形を官能的に濡れ滴らせている。
「ティアナ」
そんな時。
入口の方から声をかけられて振り返ると、そこには現代の勇者が優しくほほえみ立っていた。
「クロス? 帰っていたのね」
そう。クロスは今月もまたゲーテブルク城のパーティに誘われていたはずだったのだ。
「ああ。そろそろまた魔王戦だしな。あいさつだけ済まして失礼したんだ」
「でも、あんまり素っ気なくっちゃ姫が可哀そうよ」
「……」
クロスはそれには答えず、手に持っていたグレーの傘を差した。
「行こう」
そして、女の少し汗ばんだ背中を優しく叩いて、一緒の傘に入るようにジェスチャーする。
「ええ」
ティアナは眼鏡の向こうの大きな目をぱちくりさせてうなずいた。
だが、彼女は彼女でグリーンに輝く魔力で魔法の傘を具現化して、自分の傘でギルド本部のひさしから外へ出る。
勇者は少し微妙な顔をした。
結局ふたりは別々の傘を並べ、パーティが拠点としている宿『ビルトン・ホテル』へ足を向ける。
ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ……
「あのさ」
しばらく黙って歩いていたが、ふいにクロスが口を開いた。
「今度のパーティで、王からナターシャ姫との婚約を提案されたんだ」
「本当!?」
ティアナは傘ごしに隣の勇者を見て笑顔を咲かせた。
「おめでとう! 姫は素敵な方だわ。ゲーテブルクの城下町も……。きっとすばらしい夫婦になるわね」
それは本心からの祝いの言葉ではあった。
世界の英雄たる勇者と歴史ある城下町の姫。
これ以上祝福されるべきカップリングがあろうか。
しかし、当のクロスの表情は浮かなかった。
「……止めてくれないんだな」
「え?……」
「確かに、ナターシャ姫は素晴らしい女性だよ。身分や外見だけじゃなく、心も美しくて、清らかな女性だ。王様を含めて城の人たちもとてもよくしてくれるし、勇者としての使命を果たした後、あの美しい姫と城で穏やかに暮らすことができればどんなに幸せだろうかとも思う。でも……」
勇者はどこか神話めいた美しい瞳で、ジッとこちらを見つめて言う。
「……でも、オレの好きなのはティアナ、今でもお前なんだ」
ティアナはショックで、胸の止まる思いがした。
彼は、自分などよりずっと高い階級の美女とのめぐり逢いで、自分への恋愛的興味などすっかり失ったものとばかり思っていたのである。
だが、それも都合のいい見方だったのだ。
「クロス。あのね……」
やはり、彼に対してだけは自分の心中をうやむやなままで終わらせることはできない。
あの『冒険の青春』とも言える数年間で、彼女が惹かれたのはエイガ。
彼女がそれをハッキリ伝えなければ、クロスは先に進むことができないのだ。
「あのね、私は……」
「ごめん」
「え?」
「ごめん、急にこんな話して」
「いいえ……いいえ! いいの。聞いて、私は……」
「来週から魔王戦だって時にする話じゃなかった」
「……っ」
しかし、ティアナはそれに気づかされると、我に返ったように口をつぐんだ。
魔王戦のようなギリギリの戦いの前に、メンタル・コンディションが動揺してしまってはパーティの生死に関わる。
「今はクエストに集中だな」
「ええ……」
気づくと雨脚はかなり弱まっている。
しばらく黙ったまま歩き、ホテルの見えるところまで来ると雨は完全に止んでしまった。
ホテル前のロータリーを盛んに出入りする馬車や魔動車が水溜まりを跳ねる合間で、なにやら人だかりができている。
遠巻きにもよく見ると、アイドル・ツアー帰りのモリエと単独遠征帰りのエマが水溜まりを掛け合いつつピーピーと言い合いをしていて、それを無言のデリーが懸命に止めるといういつもの光景が見られた。
「ははっ、あいつらは本当に仲がいいな」
「……そうね」
「全員そろったことだし、作戦会議といくか」
そう言って、クロスは十代三人組の方へ駆けて行こうとする。
「ねえ! クロス!」
しかし、ティアナはそれを強いて呼び止めた。
「え……なに?」
「その、エイガが……」
「エイガ?」
「エイガが来るわ。このザハルベルトに!」
女は、胸のつっかえをこの言葉に乗せて解き放つ。
すると勇者は一見脈絡のない話に刹那きょとんとするが、やがて屈託なく、本当に屈託なく、少年のような笑顔を咲かせて言った。
「そうか! やっぱりアイツはそういうヤツだよな!」
間が空いてしまっておそれいります。
次回から第15章『ザハルベルトにて』でエイガ一人称に戻ります。
次回もお楽しみに!
(※本日は0時に『マンガUP!』でマンガの更新もありますので、そちらも何卒ー!!)





