あなたには関係のないことだわ
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「ティアナ君。キミはなぜあんなおかしなことを?」
会議の明けた後の廊下で、大賢者エルはティアナにこう詰め寄った。
「あれではせっかく集めたギルドの支持がだいなしじゃないか」
「別におかしなことじゃないわ」
ティアナは美しい金髪を耳にかけながら答える。
「魔王討伐のためにS級に上がるべきパーティを挙げただけよ」
「そんなこと、キミがする必要はない!」
「私が何をするかは私が決めることよ。あなたには関係のないことだわ」
「っ!!」
エルが二の句を継げずにいると、女は若い乳房をぷいっと背けて立ち去ってしまった。
◇ ◇ ◇
ガシャーン!!
予言庁の自室に戻ったエルは机を蹴り、椅子を蹴った。
飾られた盾をひっくり返し、(ピアノの)キーボードクラッシャーとなった。
掌中に屈したかと思われた女の反抗にイラ立ち、瞳は例の爬虫類のようなキレた時の形をしている。
「エイガ・ジャニエスめ!!……」
ただし、その怒りは意中の女性へは向かぬもので、すべては一度も顔を合わせたことのないあの男――エイガ・ジャニエスへの憎しみへと変換されているのだが……
「はぁはぁはぁ……」
しかし、ドワーフ族のゴードンのおかげでエイガ・ジャニエスをザハルベルトへ呼ぶ展開を避けることだけはできた。
腹は立ったが最悪ではない。
(ふっ、ヤツにはこのまま極東の野蛮人共とよろしくやっていてもらえばいいさ)
そう考えながらソファへ深く腰かけると、次第に落ち着いてくる。
部屋のドアが『コン、コン、コン』とノックされたのはそんな時だ。
(むっ、客か……)
正気に戻ったエルは荒れた部屋を振り返る。
面倒だ、居留守を使おう。
そう思ってエルは応えずにいたのだが、
……ガチャ
しかし、鍵をかけてあったはずのドアは静かに音を立てて開いてしまったのである。
「ここが大賢者エルの部屋か。ずいぶん散らかっておるのう」
「なっ……!?」
ドアを開いたのは、先ほどの会議で活躍した白ヒゲのドワーフであった。
「ゴードンくん? どうしてキミが……」
ゴードンは決してエルと親交のある間柄ではなかった。
少なくともアポなしで部屋を訪ねてくるような気軽な仲ではない。
「あはは、エルさん。モノに当たるタイプだもんねー」
しかし、その後ろに大鎌を担いだ銀髪の少年の姿を見て、どうやらワケありと気づく。
「ユウリくん、キミがゴードンくんと結んでいたのか?」
「あはは、それも考えたんだけどね。あのドワーフのオジサンはちょっとガンコすぎでさ。『厳正なるS級審査に外部の事情を差し挟むわけにはいかぬわい』なーんて言うもんだからちょっとおとなしくしてもらっているんだ」
「え、しかし……」
目の前にいるのはまさしくそのゴードンである。
エルは怪訝に思ったが、しかし、ゴードンが手を自分の顔の前にかざすと次の瞬間そのドワーフの顔がオールバックの紳士風の男に様変わりしていた。
「キ、キミは……?」
「お初にお目にかかります。私、女勇者ソフィーの仲間トルドと申します」
男は慇懃に一礼して名乗った。
「どういうことだ?」
「カンが悪いんだね。さっきの会議には出席していたんだろ。つまりは彼がゴードンさんにすりかわって、エイガ・ジャニエスS級昇格を阻止してくれる……そういう話さ」
「あまりエルフを舐めるなよ」
そんなことくらい、大賢者のエルには今の一瞬で察しがついている。
「聞いているのは、何故トルドくんがそんなことをしているかということだ」
「うふふ、僕とトルドさんは友達なんだ」
「ユウリさんと友達になった覚えはありませんが」
「と、トルドさん……」
と若干ショックを受けている死神の横で、トルドはオールバックに櫛を入れながら言った。
「大賢者エル。うちのソフィが再三頼んでいるでしょう? 私たちの望みはただ地獄へ進出し、その闇を駆逐すること。魔物の出現しない新世界を作ることです。そのためにはあなたのレベル6防御魔法【セントレイア】が必要なのですよ」
「それを僕に協力しろと?」
セントレイアを使うことのできるのは、世界でも大賢者エルとティアナだけだと言われている。
「悪くない取引でしょう? 私はゴードンに化け、エイガ・ジャニエスのS級昇進を阻止して差し上げます。その代わりあなたは私たちの地獄進出をセントレイアでサポートする。もっとも、あなたの方針とは違うとは重々承知ですが……」
そう。
エルは、地獄の闇を駆逐したいなどとは考えていなかった。
そもそも、自らが光でいるためには闇は必要なものである。
実際、世界にモンスターが存在するからこそ、ザハルベルトは世界各地の文化圏へ『ギルド出先機関』を設置することができるのだ。
その『世界の用心棒』としての力を背景に他の文化圏へ市場を広げるという戦略がザハルベルトの繁栄を担保しており、エルとてその繁栄の力に浴する者の一人なのである。
だからエルは、女勇者ソフィの『地獄の闇を駆逐し、魔物の出現しない新世界を作る』という考えとも敵対するはずだった。
しかし……
どちらにせよ、地獄の闇を駆逐するなど実現不可能な虚妄であることも事実である。
たとえ女勇者パーティであっても、だ。
「わかった、約束しよう。キミは使えそうだ」
「ふっふっふ、ようやく折れていただけましたね。ソフィがどれだけ説得しようと動かなかったものが」
「……しかし、僕がキミたちに協力するのはセントレイアまでだ。地獄へ進出した後の戦いで魔王どもにどれほど凄惨に食いちぎられようが、僕は知らない。そこらへんは自己責任で頼むよ」
「ふん、わかっていますよ」
交渉が成立すると、トルドとユウリはきびすを返した。
「あ、そういえばトルドくん」
しかしエルは呼び止めて、ひとつ気になったことを聞く。
「あの、ティアナくんの言っていた、キミがエイガ・ジャニエスに敗れたという話は本当なのか?」
「……敗れてはいない」
トルドは急に口調を変え、こめかみに血管を浮かべるような顔で言った。
「ソフィーは引き分けと言った。だから負けてねえ。負けてねえのにあの女……!!」
「と、トルドさん落ち着いて。もう行こう。じゃあね、エルさん」
そう言って、二人は去って行った。
◇ ◇ ◇
「やれやれ、あんな連中の力を借りねばならんとは……」
エルは先ほど自分が荒らしてしまった部屋を前に、ひとりつぶやいた。
(部屋が散らかっているのはよくないな。かたづけてもらおう)
そう思い、机の上のメイドを呼ぶ魔法の鈴をリンリンと鳴らした。
この鈴が鳴ると、ビルディングの5階層に待機しているメイドがすぐにやって来るシステムとなっている。
「お待たせいたしましたわ」
しばらくすると目の下に泣きボクロのある美人のメイドがあらわれた。
「おや、キミは見ない顔だな」
「先月こちらへ派遣されましたのよ」
「そうか。じゃあすまないが、この部屋のかたづけを頼む。また客が来たら驚くだろうからな」
「オホホホ、お安い御用ですわ」
そう言って、泣きボクロのメイドは目を三日月にしてほほえんだ。





