第11話 帝都
魔法鉄道の駅。
汽車は定刻3時に出発した。
ガッタン、ゴットン……
汽笛が鳴り、モケットの張られた座椅子から魔法機関部に引かれてレールを回る車輪の感じが伝わってくる。
席は1~3等まである中の2等を取った。
ゴットン、ットン、トン、トン、トトトト……
流れてゆく景色のスピードはしだいにあがってゆく。
うん。
やっぱり【魔法鉄道】には胸を熱くさせるものがあるな。
いつか、俺の領地にも敷設したいもんだぜ。
まあ、でも……それはできたとしても、もっとずっと後の話ってことになるんだろうけれど。
◇
車掌がそろそろ帝都……と告げる頃には、もう夕ぐれであった。
茜色から、だんだん紫と闇の中和したような空へと移ってゆく。
汽車の『機関部』から放出される蛍のような魔力の粒が、窓の外の暗闇をパアアアアアっと後ろへ流れていくのがすげー幻想的で、なんだか胸の締め付けられるような思いがした。
プシュー!!
降りてみると、帝都は緑の豊かな都であった。
もうポツリポツリと魔力灯が灯っていて、街路樹に妖しげな陰影をつけている。
「ええと、どこへ行けばよかったんだっけ?」
そこでティアナのファイルを見ると、『まずお役所へ行きなさい』とのメモがある。
で、行って見ると、お役所はガッチリとした石造りでなんだか権威があった。
ドアの装飾も重々しい。
「すいませーん……」
俺はちょっと緊張しながら『名義書き換え書類』を手に受付へゆく。
すると、受付のおねえさんは、
「私ではご対応いたしかねますので、上の者を呼んでまいります」
と美しい声で言った。
そんなものかなぁと思いつつ待合室で待っていると、しばらくして奥から30歳ばかりの実直そうな男が出てくる。
「私は課長補佐の○×です。しかし、私では対応いたしかねますので上の者を……」
と言ってまた奥へ引っ込んでしまう。
次に出てきたのは企画官、課長、審議官……とだんだん階級があがって、しまいには局長級が出て来た。
なんだか自分がすげーエライ人になった気がするな。
「おそれいりますが、すでに大王は大殿籠られていることと存じます。個別具体的な事案に関する発言は差し控えさせていただきますが一般論で申しますと、【領地証書の名義書き換え】はまた『明日』ということになるかと存じますが……」
局長はちょっと変な言葉づかいでそう言った。
「大王はもうおやすみか。じゃあ、どっかで一泊してまた来るよ」
「……一般論で申しますと、【領主級】の御用向きですから、宮殿へご案内申し上げるのが妥当かと存じます」
そう言って、局長は俺を馬車に乗せ、王の宮殿へと連れていった。
パカラッ!パカラッ!……
宮内は広大な敷地で、森のような木々で覆われている。
まず馬車はその中の『応接所』で止まった。
「ここで少々お待ちください」
局長はそう言っていなくなるが、しばらくすると男をひとり連れて戻ってくる。
「エイガ様。こちらが当方の【大臣】でございます」
局長が【大臣】と言って紹介した男は物々しく頷いた。
白髪交じりのヒゲを生やしていて、後頭部へ向かってピョロンとしたのが出た黒い帽子をかぶっている。
なんか奇抜な帽子だな。
俺はそう思いつつも、「勇者パーティから【領地】を譲り受けられたので証書の名義書き変えにきました」と事情を話す。
「おお!貴殿があのギドラの大蛇を倒した?これは大王もお喜びになるであろう!」
「いえ、そんな……」
俺はあのクエストであんまり役に立ってなかったしなぁ……
「謙遜することはなかろう。そうか、そうか……それでは今宵は麻呂が御接待申し上げよう」
そう大臣のヒゲが微笑むと、局長の方は退出していった。
◇
そういうわけで、ここからは【大臣】が宮中の案内をしてくれた。
「なんか……すげーっスね」
そんなふうにガルシアみたいな口調でつぶやきながら、大臣の後をついてゆく俺。
敷地内にはいくつもの立派な御殿が立ち並んでいて、それぞれが『渡り廊下』で連絡されている。
渡り廊下には、屋根はしつらえられているけれど横面は吹きさらしだ。
その細長く続く三角の屋根に等間隔で灯籠がかけられているのが廊下の白木にボンヤリ反射し、御殿から御殿へと移ってゆく貴族や女官たちの華やかに歩いてゆく姿を黄金色に彩っていた。
「さっ。こちらの御殿が麻呂の宿直所だ。遠慮せず入るがよい」
「おじゃましまーす」
宿直所で、大臣は俺に酒と料理をふるまってくれた。
モノがセレブなだけに、さすがにウマい。
モグモグ……ぐびっ♪
飲み食いしながら、【大臣】との会話は弾んだ。
話してみると、この人は気さくな上に頭が働き、人物のよく練れた人だった。
特に、この地域の『領地経営』の事情についていろいろと教えてくれたのはありがたかったな。
「この極東は、大王を盟主とした各領地の緩やかな連合体のような形で治まっておる。大王が領主を【任命】するが、それでなにか特別な責務を課すようなことはせん。ほぼ独立してやってもらえばよいから、堅苦しく考えることはないぞ。我々が税を取るようなこともないのでな」
「そーなんですか?」
「うむ。責務と言えば……年に1度の【議会】に出席することくらいだ。それも然るべき理由があれば欠席してもかまわない」
でも、そんな話を聞いていると、『領地を単位としてクエストをこなす』ということが、果たして許されるものなのかも気になってきた。
しかし、それも
「問題ない」
というのでホっとする。
「もちろんそれで謀反など起こす気配があれば討伐の対象になるがな。しかし、貴殿。面白いことを考えるなあ。領地を単位としてクエストをこなす、か。ワッハッハッハ」
と笑う大臣。
「だから領地領民でモンスターを倒していけるよう強くしたいんですけど……俺、こんなことは初めてで、どうやって領民とコミュニケートしていけばいいかって不安に思う部分もあるんです」
「ふむ……。それは【高札】をうまく利用することだな」
「高札?領民はみんな字が読めるんですか?」
「極東の文字はだいたい土地の神官が民に教えているものだ。『書け』と言われれば1割2割しかダメだろうが、『読め』と言われれば半数以上は読める。まあ、領地によって地域差はあるだろうがな」
ところが、その極東の文字を当の俺自身が読めないし、書けないのだった。
そのことを正直に言うと、
「それはよくないな。ならば、麻呂の【秘書】をひとり遠雲へ連れて帰るがいい。人物は明日までに選定しておこう」
と言ってくれた。





