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第103話 温泉旅館(2)


 カコーン……


 大浴場のどこかで木桶の音が響く。


 俺は温泉の成分で少々ヌルっとした湯に身体をたゆらせていて、ふと、さっきグリコが漏らしたことを思い出していた。



 ――なにせモリエたちの調子がよくないからな――



 ……調子がよくない?


 前号の冒険王でも勇者パーティは2位だったし、ティアナの手紙では『ごめんなさい。忙しくて遊びに行けないの。こちらは心配ないわ』と毎回書いてあったので、てっきりクエストが順調すぎるんだと思っていた。


 ただ、よく考えてみたら冒険王は隔月誌である。


 編集期間も合わせると世界の裏側の情報にはかなりのタイムラグがあるのだ。


 こうなると、ティアナの『心配ないわ』もまったく信用ならなくなってくる。


 アイツは平気でもツラくても、ツラいって言わないヤツだから……



「旦那……旦那!」


「へ?」


 ハッとして顔を上げると、俺は湯の中にいた。


「へ? じゃないッスよ。どうしたんスか? ずっと声をかけているのに」


 そうだ。


 温泉に浸かっていたんだった。


「すまん。ちょっと考えごとしててさ」


「考えごと? なんなんッス?」


 そう言って浴槽のヘリにプカプカ掴まりながら水面にぷりっとした尻を浮かべるガルシアを見て、俺はちょっと口ごもる。


「いや、その……」


 いつからだろうか、あんまり勇者パーティのことばかり考えているとガルシアや五十嵐さんにちょっと申しわけなく思われるようになったのは……


 俺は湯でパシャパシャと顔を洗ってから言った。


「ぷはっ……ええと、さっき外村の男がいたよな」


「ロビーのところのッスか?」


「うん。それで外村もこの温泉に噛んでるのかなって思ってさ」


 とっさに別の話題を振ったのだが、ガルシアは「よく聞いてくれたッス!」と商人的に笑った。


「実を言うと、この旅館は外村の融資でできたんスよ」


「融資? 外村ってカネ貸しもやってたのか?」


「いえいえ、今回が初ッス。自分が外村の人々に入れ知恵して『銀行』をやらせてみたんスよ」


 ガルシアが言うには、これまでは産物の貸し借りでしか帳簿をつけていなかったので、『債権カネを事業の資金のために貸す』ということはできなかった。


 つまり、これまで領民は、『借金で資金を調達して新事業を始める』ということができなかったのである。


 これだと何か新事業を始めるためには、大工やら従業員やら事業に必要なものにいちいちツケをお願いして行わなければならない。


 しかし、ptならば、


『1万pt預けたことにして記す債権(預金)』

   /

『1万ptの負債』


 を両方記帳して、『預金』を()()()()ことができる。


 これで温泉事業者の預金ptを、大工や従業員の帳簿の預金ptへ付けかえれば事業開始前から『支払い』が可能になる。(もともと村や個々人は外村に対して預金通帳のような帳簿を持っている)


「銀行ってシステムがヤベーのは、借用書を2枚書くことによってお金を創り出せるってことッスね」


 もちろんそこに需要の見通しと『事業』があればッスけど、とガルシアは続ける。


「銀行の役割があれば領民の間でもこれまでは興せなかった事業が興せるようになるし、世の中全体の借金の総量が増えるッス。旦那はこの地の領主なんで生産力の許す限りいくらでも借金していいんスけど、これで別に旦那自身の借金だけじゃなくて、領民たちも借金をしてくれる。つまり、世の中全体の借金が増えていくから、これに対応する債権も増えていくんス。これは領民たちの保有するpt(=お金)が放っておいてもどんどん増えていくってことッスよ」


「ふっ、なるほどな……」


 半分ほどわからんので、そう言いながら俺は湯から上がった。




 それから脱衣所の方へ向かったのだけれど、ふと『こちら露天風呂→』と(極東の文字で)書かれた看板があって、


「旦那~。せっかくだからこっちも入りましょーよ」


 と商人が言うので、そちらでもう少し浸かることにする。



 ヒタヒタヒタ……



 ちなみに、(これもマジでいらん情報かもしれんけど)ガルシアは小さなタオルできっちり股間を隠している。


 俺はそういうことは女々しいと思うので、タオルは頭の上にのっけたままで(どことは言わんけど)堂々とぷらんぷらんさせていたがな。


 で、外に出ると、竹の仕切りで囲まれたスペースに、美しいひのきの浴槽があった。


「これを逃さなくてよかったな」


「本当ッスね」


 などと言いつつ露天風呂に浸かっている時だ。


『わあ、グリコさんすごい筋肉ですねー』


『腹筋が割れてます!』


『カッコイイ~!!』


 なにやら竹の仕切りの向こうからメイドたちの声がする。


 俺とガルシアはハッと顔を見合わせた。


 まさか……


 旅館が迷路みたいなのでどういう位置関係かはわからんけれど、この竹の仕切りの向こうは今五十嵐さんたちが入浴中の『松の間』の専用露天風呂ってことか。


『わっはっは。キサマらとは鍛え方が違うのだ!』


 やはり、これはグリコの声だ。


 なんか筋肉競争をしているらしい。


 くそ、悔しいがメイドたちでは歯が立たないだろう。


『しかしキサマはなかなかいい線いっているな』


『そうかい? エヘヘ、なんだか恥ずかしいねえ』


 でかしたぞ、リヴ!


 そりゃアイツはうちの自慢の女鍛冶なんだ。


 並の女の鍛え方と一緒にしてもらったら困るぜ。


『それから五十嵐は……むむ、キサマ。意外といい乳をしているではないか。しかしサイズだけでは意味がないぞ。どれどれ』


 バシャバシャ……モミモミモミ!


『っ!!……(汗)』


『ぐぬぬぬ、もっちりとしている……』


 夕空にそんなセクハラの声が響いた。



 ぴちょん……



「そろそろ出るか」


「そっスね……」


 そう言って露天風呂は早々に切り上げたのだった。



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