第102話 温泉旅館(1)
半年前。
掘削者アキラの地質調査によって、領地に温泉が発見された。
アキラと将平が、『慢性的な水不足に悩まされていた磯村で井戸が掘れるポイントがないか』と調査していた折に、図らずも地下水ではなく温泉が噴き出してきたのである。
で、その後。
磯村ではここに【温泉旅館】を建てる事業が興っていたのだった。
そもそも磯村は、漁業を主な産業とする領内NO.2の規模(人口700)を誇る村であったが、近年、経済的な停滞に陥ってもいるらしかった。
と言うのも、乱獲しない範囲での漁獲量に対する人口が増えてしまったので、労働力が剰り、ひとりひとりへの分け前が薄くなっていたのだそうだ。
そこにつけての温泉発見というわけだから、彼らにとってこの旅館は大事な新事業ということになろう。
「わあ」
「綺麗な旅館ですねー!」
到着するとメイド3人(私服)が声をあげた。
リヴは腰に手を当てひゅ~っと唇を尖らせ、ガルシアと五十嵐さんは満足そうに入口の破風を見上げている。
ガヤガヤ……ガヤガヤ
温泉旅館はオープン初日ということもあって大盛況だった。
祝いの花輪が飾られ、領内外の宿泊客はもちろん開業を祝う関係者も多く、華やかな賑わいをみせている。
「やあ、お世話になるよ」
俺がそう手をあげると、表で法被を羽織った従業員が俺たちをガラス戸の内へ招き入れる。
ガラガラガラ……
「領主さま御一行ご到着~!」
靴を脱いでスリッパを履き、受付前のロビーへ入ると、代表で五十嵐さんが受付に行ってくれた。
「旦那、すみません。ちょっと失礼するッス」
一方、その間にガルシアは旅館の関係者らしき一団のところへ声をかけに行ってしまう。
せっかくの慰安旅行なのだから、ゆっくりすればいいのにとは思ったが、ヤツは根っからの商人なので仕方ないか。
ざわざわ……
関係者の中には磯村の長や、外村スタイルの男、旅館の法被姿の男たち、女将らしき着物の女などがいる。
ガルシアが仲良くしているのならいいかと思い俺はそちらへは行かなかったのだが、磯村の長は俺の姿を見つけると「これは領主さま。どうぞおくつろぎください」と一言挨拶に来た。
「……エイガさま。受付が済みました」
で、そうこうしていると、ガルシアの戻る前に五十嵐さんが戻ってきた。
領主対応だからだろうか、やたらと案内が多く五十嵐さんの後ろには5人の仲居が待ち構えている。
「ありがとう。でもヤツを置いていったら可哀想だ。ちょっと待ってやろうぜ」
「そうですね」
こうして俺たちは受付前のロビーでちょっとガルシアを待っていたのだけれど、そんな時。
「やあ! エイガ・ジャニエス」
と、ふいに後ろから肩を叩かれた。
何だ?と思って一度チラリと振り向いた後に、ハッとして二度振り向いてしまう。
「グリコ!?」
そう。
ビキニ・アーマー……ではなくて、浴衣姿の世界1位の女が白い頬を少しピンクに染めて立っていたのだ。
「驚いたか? はっはっは」
まあ正直、コイツに関してはもうどこに現れてもあんまり驚きでもなかったけどな。
一応こう聞いてやるのがやさしさだろう。
「どうしてここに?」
「はっはっは。どうしてって、キサマの領地に温泉が出たと聞いては来んわけにはいかんだろう」
そう言ってボディ・ラインのクッキリとした浴衣の胸をムンっと張る(湯上がりの)世界1位の女。
そういやコイツの風呂好きも相当だったよな。
「それに五十嵐と婚約と聞いたから、どうにかしないと……(小声)」
なんかモニョモニョ言っていたのはよく意味がわからなかったが、しかし……
「グリコ、遊びに来てくれるのは嬉しいけどさ。でも、そんな遊んでばっかでクエストの方は大丈夫なのか?」
「案ずるな。最近はいつも以上に強敵と戦っていてな。今日はちょうど魔王を一体倒した帰り、その疲れを取りに来たのだ」
「あ、そうなんだ……」
あいかわらず強えんだなあ。
こうして見ると湯上りの色っぽいねえちゃんにしか見えないんだけど、その強さについてはやっぱり憧れの対象でもあった。
「うむ。なにせモリエたちの調子がよくないからな。そのぶん私にクエストが回ってくるのだ」
「ふーん……って、えっ? 今なんて」
最後に気になることを言うので聞き返そうとしたのだが、
「お待たせーッス! ありゃ? グリコさん?」
とガルシアが戻ってきたので会話が途切れてしまい、俺たち一行は仲居さんに案内されて部屋へ向かったのだった。
◇
「それにしてもずいぶん大きな建物だねえ」
連絡通路を行きながらリヴが言った。
確かに、旅館は何棟にも渡っており、いくつもの部屋と部屋の間に張り巡らされた板床の通路は迷路のようである。
「建設系の人材は新港の折にエイガさまがよく育成されていましたから……」
と五十嵐さん。
それからメイドたちが後ろでキャッキャと騒ぎながら仲居さんに案内されていくと、松の間という部屋に至った。
この旅館の中で一番いいスウィート・ルームらしく、十畳の部屋が二つと、縁側の向こうのテラスにはなんと専用の露天風呂がついている。
「おお! 素晴らしい部屋だな!! よーし、みんな。さっそくこの湯へ入ろう」
と、何故かついて来ていて、何故か仕切るグリコ。
「つーか、グリコお前。どー見ても湯上がりじゃねーか。よせよ、のぼせるぞ」
「心配無用だ。私はすでに今日3度入っているからな」
心配しかねえよ!
と、つっこむのも疲れたので、俺はため息をついて言った。
「わかったわかった。夕飯までにはまだ時間があるらしいし、俺とガルシアは大浴場の方へ行ってくるから女性陣でここの風呂を使いなよ」
「何を言っている。キサマも一緒に入るのだ」
「……そういうワケにはいかないだろ」
確かに領内では混浴がデフォの村もあるけど、このメンバーではありえない。
(※ちなみに、領内の村で基本混浴なのは、木村、谷村、島村。男女が別れて風呂に入るのは中村、磯村、奥村、外村である。そこらへん、各村それぞれで微妙に風俗が違うのだ)
「遠慮はいらん。私とキサマの仲じゃないか」
「どんな仲だっつーんだよ」
「うむ、改めてそう問われれば難しいが……いわば『裸と裸の付き合い』というヤツだろう」
ふと、隣の女秘書が『おや?』と首をかしげてポニーテールが揺れた。
「なっ、グリコ! お前、なんでそんなウソつくんだよ!?」
「ウソではない。風呂ならよく一緒に入ったじゃないか」
「うっ……」
確かに館の風呂に入れてやったことはあるので言葉に詰まると、全員の視線がこちらに集中する。
「い、一度だけだろ!」
五十嵐さんはキョトンとした感じでこちらを睨み、メイドたちはキャーキャー言い、リヴは鼻息を荒くしてジーンズの尻をモジモジさせていた。
つーか、女鍛冶は何を興奮してんだ?
まあ、それにしても、最初はなんでグリコがそんな誤解を招くようなことを言うのか意味がわからなかったのだが、
「グリコさん、あんたついに自ら旦那を……」
「ふっふっふ。油断しているからそうなるのだ」
そんなふうにガルシアとグリコが(火花の散るように)熱く見つめ合っているので、ピーンと来た。
そう。
きっとグリコは、ガルシアのことが好きなんだ。
誤解されるようなことを言ったのは、彼に嫉妬して欲しくて俺をダシに使ったんだろう。
恋愛系の勘だけは鋭い俺がピンと来たのだから間違いない。
やれやれ。
こっちにとってはヒドイ迷惑だが、そういうことなら許してやろうと思った。
◇
ザパーン……
その後、マジで一緒に入るのだと思ったらしい女鍛冶が興奮してぷりん♡とタンクトップを脱ぎ始めたので、俺とガルシアはあわてて大浴場へ向かった。
可哀想に、リヴはああ見えて純粋なのでちょっとしたことで頭に血が上ってしまうのである。
「じゃあ、本当にグリコさんとは付き合ってないんスね」
こうして『裸と裸の付き合い』はガルシアと行っているわけだが、わしわしと身体を洗いながら躍起になってそのことばかりを聞いてくるので、誤解を解くのに骨を折った。
「付き合ってねえって。安心しろよ」
「ホッ、そうっスか」
この様子だと、ガルシアもグリコのことが好きみたいだな。
両想いか。
ちょっとこっちまで恥ずかしくなってきたぜ。
「フッ、うまく行くといいな」
「?」
こうして俺たちは身体を洗い終わると、ヒタヒタと素足で石畳を歩き、源泉かけ流しの温泉に浸かった。
ちゃぷん、ちゃぷん……
ところで、(マジで不必要な情報かもしれんけど)ガルシアは脱ぐと意外とよい身体をしている。
細マッチョな体躯、湯の滴る浅黒い肌。
湯船の水面に厚めの胸筋とプレート・ネックレスが光り、濡れた茶髪をオールバックに流せば、(ちょっとチャラいけど)なかなか悪くないルックスなのかもしれないと思った。
「うひょー♪ 極楽ッス~」
……黙っていればだけどな。
◇お知らせ◇
書籍3巻に先立ちまして、マンガ版の単行本1巻が9月7日発売されます。
私のところには見本が届いているのですが、印刷された絵は綺麗だし、やっぱりマンガだと読みやすいですね。
私も微力ながら巻末にSS『解雇半年前』を書いております。
ぜひご覧ください!
 





