第101話 帳簿とpt
「ガルシア。お前はあの帳簿わかってんの?」
「トーゼンっスよ。自分を誰だと思ってんス?」
後日、館で外村の帳簿について尋ねてみると、ガルシアはそんなふうに答えた。
生意気な口ぶりだが、俺が最初から『領内の経済状況を把握してくれ』って頼んでいたのを日々しっかりやってくれているのだ。
「でも旦那。外村の人から帳簿の内容は教えてもらったんでしょ?」
「そうなんだけどさ。いまいちピンと来なくて」
「まあ確かに、慣れてないとこんがらがるかもしれないッスねー」
コイツのいいところは、よくいる経済通のようにわかってないヤツをバカにしたりは、決してしないところだと思う。
「でも難しく考えることはないッスよ。あれも基本的には『pt』と同じなんス」
「……ptと同じ?」
現在、俺が領主として領民を雇ったり、領内から物を買ったりするときは、『pt』という独自の単位で負債を計上して支払いに充てている。
「でもなあ。そうは言ったって俺にはptもよくわかってねえんだけど」
そうぼやいた時、給仕室からメイドがお盆を持ってやってきた。
「ご主人さま♪ 紅茶です」
「お、サンキュ」
例えば、今紅茶を持って来てくれたメイドのイコカの給料も、俺のpt負債と引き換えにpt債権をチャージするという形で支払っている。
彼女はチャージptに応じて借用書を発行してもらうことができ、これを持っていろいろな村で産物と交換することができるのだ。
ただ、俺にはなんでそんなことをしているのかってとこらへんがわかっていない。
わかっていないことはわかっていたので、そこはガルシアと五十嵐さんに任せていたのである。
「うん、おいしい。紅茶淹れるのうまくなったな」
「本当ですか!」
「ああ。だけどもう時間だから出かける準備しないと。みんなにも着替えておけって言っておいて」
「はい! わかりました!」
イコカが一礼して去ると、俺はミルクティーをもう一口含んだ。
するとガルシアは話の続きを始める。
「わかってないって言っても、『領主の負債は領民たちにとっては資産になる』ってことはわかるでしょ?」
うん、そこだけはかろうじてわかってると思う。
「ようするに、誰かの借金は、他の人にとっては債権になってるって話だろ」
「そういうことッス。それを外村と海女さんの例えで考えるとこうなるッスね」
そう言って、ガルシアは手元の紙へ以下のように書いた。
【外村】
+10匹の貝(実物)/-10匹の貝ぶんの負債(帳簿上)
【海女】
+10匹の貝ぶんの債権(帳簿上)/-10匹の貝(実物)
「つまり、実物の受け渡しによって債務と債権が生まれる。海女さんは実物の貝を手放す代わりに広い意味での『お金』を手に入れているんス」
「そうそう。それがよくわかんなくってさ」
俺はミルクティーのカップをカチャリと置いて続ける。
「お前の言う通り、海女たちからすると『貝を売ってお金を得た』みたいになってるだろ? でも、お金なんてどこにもないじゃん。俺がpt借用書を発行したわけですらない。そこが混乱してさ」
「そりゃそうッスよ。もともとお金なんてどこかにある物じゃないんスから」
「は?」
俺が固まっていると、ガルシアは帳簿をつけていたペンで自分のこめかみを少し掻いてから続けた。
「じゃあ旦那、そもそもお金ってどうやってできていったと思ってるッスか?」
「どういう意味?」
「ええと、今はお金って普通にありますけれど、ずっと前は世界にお金なんてなかったはずでしょ? そこからどうやってお金ができあがっていったのかって話ッスよ」
「えっ……そりゃ、まず物々交換してて、そのうち塩とか金属とか交換しやすいものを媒介にするようになったんじゃねーの?」
それから金や銀でコインができて、金と交換できる券になって、最終的にみんな『それに価値がある』って思うようになったら金と交換できなくても希少性で価値が維持されるようになった……って、魔法大学校の一般教養課程で習ったけど。
「そういうふうに言われることも多いんスけどね。それでなんで価値があると思い続けたのか説明しないと意味なくないッスか?」
「むっ……」
「それに自分が旅の商人をしていた経験上、原始社会で物々交換で暮らしているトコなんてほとんど見かけないんスよね……」
――ところで。
これだけ汽車や汽船など交通の発達した現代のこの世界でも、文明の届かない奥地というのはある。
密林の深く。
絶海の孤島。
山間の盆地。
そういう隔絶された奥地では、(世界が文明を謳歌していることなどつゆ知らず)いまだ族長時代的な『部族』が原始的な生活を続けていることもあるのだ。
ちなみに、そういう部族は魔人の場合もあるし、エルフやドワーフなんかの場合もあるが、なんと人間の場合もある。
俺も勇者パーティで冒険していた時は、旅の途中でそんな奥地の部族と仲良くなったり、逆にトラブルが起こったりもしたものだけれど、ガルシアも元々は世界を股にかける旅の商人だった男である。
「自分がかけだしの頃……10年くらい前ッスかね。けっこうそういう部族を探しに行ってたんスよ。奥地の部族には独特の薬草や魔術符を使う者も多いんで、これを仕入れると街で重宝されたんス」
ガルシアの年齢はちょうど俺と五十嵐さんの中間くらいなので、10年前というとまだ十代も半ば過ぎってことになるけど……
そんな年齢でずいぶんハードな旅をしてたんだな。
「で、そういう部族社会を見ているとね、物々交換なんてやってないんスよ。ただみんな率先して誰かに物をあげたり、何かしてあげたりするもんなんス。なんでだと思います?」
「そりゃお前。自然の中に暮らしてるから人間が擦れてないんだろ」
「確かに良くも悪くも素朴な人が多いっスけどね。でも、それはちょっと関係ないんスよ」
「じゃあどういうワケなんだよ」
と聞くと、ガルシアはようやく結論を述べた。
「それは、部族社会くらいの小集団ッスと、人が人に何かをしてあげたりすると『貸し感』と『借り感』を互いに記憶しているもんだからッス。例の冒険者でも言う『借りは返したぜ』の貸し、借りっスね」
さらに一呼吸置くと、元・旅の商人は続ける。
「それでね。この『貸し感』と『借り感』こそお金の原型だっていう説があるんス」
「ああ……なるほど」
なんだかちょっと頭がほぐれてきた気がする。
「逆に物々交換がされるのは、例えば自分みたいな『よそ者』がはるか遠くからやって来た時の、イレギュラーな対応なんスよ。それも頻繁に足を運ぶといちいち物々交換なんてやらなくなって、すぐに借り/貸しで取引するようになっちまうんスけどね。もちろん、自分は帳簿を付けておきますッスけど」
そこまで聞くと気づいたんだけど……
「それって外村がやってたことと一緒なんじゃねーの?」
「そう! そういうことッス」
つまり、人が記憶していた『貸し感』と『借り感』を、記憶しきれなくなって記録しておくようになるってことだ。
「で、遠雲の話に戻りますッスけど、『貨幣経済がない』とは言っても識字率が高くて帳簿が発達しているんでほとんど貨幣経済の素地はあるんスよね。外村が一番多くの帳簿を付けてますッスけど、実を言うと他の村や家もそれぞれで帳簿を付けているところもありますし」
「そうなのか?」
「ええ。ただ、ここらの帳簿の付け方は、このままだとだいぶ不便があるんス」
「不便?」
「外村と海女さんたちとの帳簿では、負債も債権も『産物の個数』で記してあったでしょう? そこは単位を統一して数値で記しておいた方がいろいろと便利なんスよねー」
そのいろいろ便利っていうのはなんだと聞くと、単位を統一しておけば『誰かの借り感』を第三者へ譲るのがスムーズにいくんだと。
資金繰りに困った武器屋や道具屋が『手形の譲渡(割引)』で支払いをやっているのを見たことがあるけど、そーゆうイメージかな。
つーか、俺はそこでピンと来た。
「もしかして、その単位を『pt』に統一すればいいってことか」
「話が早くて助かるッス。そういうことッス」
ガルシアはえくぼを浮かべて商人的に微笑む。
「でも、そんなことどうやってやりゃいいんだ?」
「うーん。けっきょく外村が記録する『貸し、借り』をpt基準にしてもらえればいいんスけど……それにはまず税を物納の年貢から債権(pt)で徴収することッスね」
つまり統治主体が、その通貨をオフィシャルな公的支払いの単位に指定する『権力』によって、お金は(管理通貨的に)お金足り得るということか。
「でも、まだ税を取るまでのptが産みだされていないってところが問題なんスよ。ptの総量を増やすには、旦那自身が借金を増やすほかに、領民が借金をしてお金を創造できるシステムがいるんスけど……そこらへんは磯村の温泉旅館へ行ってみると説明しやすいスね」
そこまで言うと、ガルシアは俺の後ろ側へと視線を移した。
目線につられて振り返ると、すぐそばで五十嵐さんが私服姿で立っている。
「……エイガ様。みんな準備ができました。参りましょう」
いつものように睨んではいるが、心なしか肩がウキウキしているみたいだ。
その後ろにはこれまた私服姿のメイド3人組がニコニコして控えている。
そう。
今日は館のみんなで新しくできた温泉旅館へ慰安旅行へ行く日なのだった。





