第98話 谷村
木村での訓練の三日後。
今度は【谷村】という村へ出向いた。
谷村は、山と山の間に位置し、谷の形に合わせて細長く形成された村だ。
人口は300人ほど。
これまであまり足を運べていなかった村だけれど、領地の中では『1中村』『2磯村』に続き3番目の規模の村であった。
土がよく、湧き水が豊富な土地で、村人たちはそれぞれ畑や果樹園をやって生計を立てているんだってさ。
ドドドド……
わー! わー!
で、この谷村には支援系のエースであるナオを中心に20名の部隊所属者がいた。
「この村は夏来るとけっこう涼しげだな」
「はい。少し高地なんです」
と、ナオが部隊へ指示を出しながらも答える。
そして木村の時と同様、村の近くで訓練をしていると少しずつ見物が集まってきた。
人口が多いだけあってかなりの人だかりとなってくる。
「よし。ナオ、そろそろ」
「はい」
そこで、訓練を『魅せる用』へと切り替えさせる。
具体的に言うと、魔法や銃で火力を出し、騎馬を飛ばしたりって感じに。
おお……!
するとこれが大盛況。
「ふふっ♪」
「へへ! どんなもんだい」
これには部隊の者たちも大いに面目をほどこしたようだ。
そりゃ世界中のどこでカッコつけるよりも、地元でこそカッコつけたいと思うのが人情ってもんだからな。
「ふふふ、よしよし。こんなところでそろそろ昼飯にしよーぜ」
俺がそう声をかけると見物たちからはパチパチ拍手が起こった。
「キャー、領主さま」
「領主さまカッコいい!」
そして俺にはそんな黄色い声援。
え? もしかして俺にもモテ期が?
などと瞬間ウカれたが、十蔵の話を思い出すと裏があるんじゃねーかって疑われてくる。
まあ、人間そんな急にモテだしたりはしねーよな。
「くだらねーこと考えてねえで俺もメシにしよう」
そう思って適当な木陰を探すと、出がけに五十嵐さんが「お昼にどうぞ……」と作ってくれたおにぎりを食べ始めた。
うん、おいしいな。
梅という少し酸っぱい果実に、お米と海苔がよく合う。
……ムシャムシャムシャ
さて、そんなふうにお昼を食べて村を眺めていると、民家の間で帳簿をつけている、一人の笠をかぶった男に目が止まった。
別になんということもない男なのだが、他の谷村の人々と装いが違い、ちょっと気になる。
ムシャムシャムシャ……ごっくん!
俺はおにぎりを食い終わり竹筒に入ったお茶をクイっと流し込んでいると、例の男がゆっくりとこちらに寄って来る。
「どうも領主様。ごきげんうるわしゅうござんす」
「むっ、お前はこの村の者か?」
「あ……いえ。あっしは『外村』の者で」
と、うやうやしく答える男。
どうりでこの村の人々と雰囲気が違ったわけだ。
「して、領主様。新港の方で法度をお出しになると耳にはさんだのですが、本当でございまするか?」
「むッ、お前。それをどこで聞いたんだ」
俺はとぼけてそう聞き返す。
「ふふふ。風のウワサでございやんすよ」
「なるほど、その情報の速さ……外村の者たちはさすが商人というところか」
そんなふうに言って見せると、その男もまんざらでもない様子で頭をかいていた。
よしよし。
「ところでお前。外村の者がなんで谷村に?」
「へえ。近々領内の村々と夏野菜を取引いたしますので、その見積もりに」
見ると、彼は腰に帳面のような冊子をぶら下げている。
そうか。
ガルシアが、外村は領内での取引も仕切っているって言っていたもんね。
そりゃ米だけでやっていける村もなければ、野菜だけでやっていける村もない。
これまでも、なんらかの方法で中村の『米』が木村や谷村へ行き、谷村の『野菜』が中村や木村へ行き……って産物の循環があったはずなんだよな。
「では領主さま。あっしはこれで」
こうして少々言葉を交わすと外村の男は去っていった。
でも、これまで貨幣経済もなくそこらへんが循環してたってのがイメージつかないって言うか、外村の人たちは一体どういう取引方法でこれを取り仕切って来たんだろうか?
漠然と物と物を交換しているって思ってたけど、どうにも物々交換って感じはしないんだよな。
そこらへんまたガルシアに聞いてみよう。
◇
その後。
午後の訓練も大盛況のうちに終わり、俺は村長のススメでナオの家へ泊ることとなった。
「うちの娘は地味でなんの取り柄もない子ですからなあ」
「いつも領主さまにご迷惑をおかけしているんではないかと……」
と、ナオの両親は言う。
謙遜なのだろうか。
彼らは自分たちの娘をあまり褒めなかった。
「いやいや、ナオはとてもよくやってくれているぜ。部隊では指揮官もこなしてんだ。さっきの訓練を見たろ?」
ので、夕飯をごちそうになるときには、俺は精いっぱいナオを褒めてやった。
「領主さま……♪」
ナオは嬉しそうだ。
こんなに褒められ好きな子なんだからもっと褒めてやればいいのにとは思うが、まあ、親ってのは子供のことをあんまりベタベタ褒めすぎても不自然になるからな。
親バカってのは本当よくないし。
だから、子供を褒めるっていうのは俺みたいな距離感のヤツが代わりにやってやる必要があるのかもしれんね。
「では領主さま、まいりましょう」
で、それからご飯が済むと、一家は風呂へ出かけると言う。
風呂……
そもそも、遠雲の民はみんな風呂を大変重視する。
極東ってのは湿気が強くて汗のベタつく気候だからな。
特に谷村は水が豊富なので、自然と風呂が栄えていったのだろう。
何家族かの共同出資で『共同風呂』を作るという文化があり、みんなほぼ毎日入浴するのだという。
俺も風呂は好きなので、そこは文句なかったのだけれど、
ざっぱーん……
しかし、共同風呂は『混浴』だったものだから、ちょっと居所が悪い。
ナオの家を合わせて4家族の老若男女が裸体をこすったり、湯船に浸かったりしている。
そこらへんの感覚が外から来た俺にはまだ馴染めず、肩をせまくし湯船でジッとしている他なかった。
「あら領主さま。いつも娘がお世話になっております」
するとその時、ちょっぴり(いや、かなり)肉付きのよい婦人に声をかけられて、俺は身構えた。
「ええと……?」
「あら、ごめんなさい。私、マナカの母でございます」
ああ、館でメイドをしてくれているマナカ。
あいつ、そう言えば谷村出身だったか。
マナカのお母さんは湯船の中で娘の話を聞くので、俺は心配ももっともなことだと思って「マナカはよくやってくれているよ」と答えていたのだけれど、母も娘に劣らずウワサ好きのおしゃべりで、なかなか会話を切り上げようとしてくれない。
危うくこっちがのぼせそうになったが、ようやく婦人は湯船から体躯を揚げた。
俺はホッとしたが、立ち去りぎわにクルっとナオの方へ見返り、
「ナオちゃん。頑張ってね」
と残していくので、ナオは顔を赤らめてうつむいた。
むっ……?
さすがに14、15のナオに『領主のお相手』の期待はかかっていないとは思っていたのだけれど、やはりそこらへんも期待されているのか?
「この村では15歳でお嫁さんになる子もめずらしくないんです」
家に帰ると、何故かナオの母が誇らしげにそう言う。
それから家の人たちは畳に布団を4枚川の字に敷いた。
俺はその様を見つめていたが、
「すみません領主さま。布団が4枚しかありませんので……」
やがてそう言われ、ナオと一緒に寝ることになっていた。
やれやれ、案の定だ。
とは思ったが、少女に添い寝してやるのはモリエで慣れているし、嫌いじゃない。
「ナオ。お前も本当はもうお嫁に行きたかったりするのか?」
「……いえ。今は、部隊のみんなと戦っていたいです。指揮も楽しいです」
「ほっ、そうか」
俺はわずか安堵の息をつく。
今の部隊にとってナオは軸のひと柱だからな。
「でも、いつかお嫁さんにはなりたいです」
「まあ、そりゃそうだよな。いくつくらいがいいの」
「17、8歳くらいが理想です」
いつもは口数の多くないナオも布団の中ではけっこう饒舌で、つい話し込んでしまった。
まあ、もちろん村人たちが期待しているようなことはせず、眠るまでの間、布団をかぶってヒソヒソ喋っていただけだけどね。





