第10話 世界1位の女
冒険者ギルドは、クエストの発生する地域には【出先機関】を置いている。
だいたいが交通の便のよい港町に設置され、派遣されたギルド職員が現地のクエストに関する諸事務と、冒険者へのサポートを行っているというワケだ。
まあ、現時点の俺にはクエストに関する用事などはないのだけれど、ここに置かれている雑誌や新聞などの情報はすべて『冒険者標準』に合わせられている。
極東の『文字』が読めない俺にはそれだけでもありがたい。
汽車の来るまでの時間を潰すこともできる。
前回、勇者パーティでギドラの大蛇を討伐したときは真っ先にここに来たので、それが桜木通りの道沿いにあることも記憶していたしね。
しかし……
俺が勇者パーティを解雇になったことって、冒険者業界ではどれくらい広まっていることなんだろうか?
冒険者の大勢いるところで、ヒソヒソとバカにされたりしたら嫌だなぁ。
自意識過剰とは思いつつも、そこらへん一抹の不安を感じたので、俺はジャケットの胸ポケットからサングラスを取り出してつけた。
「……」
建ち並ぶ木造建築の中で異彩を放つ煉瓦造りの三階だて。
その1階が【冒険者ギルド極東出先機関】である。
チリリン……チリリン♪
ドアを開くと、内側の鐘が哀しげな音色をたてた。
俺はサングラス越しに、事務所をうかがう。
うん。
勇者パーティ時代に付き合いのあったような上級パーティはいないようだ。
受付では初級や中級らしい冒険者たちが、クライアントとの仲介、欠員メンバーの補充、装備費用の借用……などなどについてギルド職員と相談していた。
それにしても冒険パーティって、あーゆう初級や中級くらいが一番楽しかったような気もするな。
ガサ……
さて、俺は待合室に置かれた新聞を手に取り、ソファへ腰かける。
≪勇者パーティ、ザハルベルト入り!≫
新聞を広げると、2面ではあるがそんなふうに見出しがあってドキッとする。
ふいに熱湯のような『嫉妬』が腹から湧き上がるのを感じるけど、俺はその感情の醜さを自分で客観視してから、再び記事へ目を落とした。
≪近年に頭角を現してきた『奇跡の5人』は、昨朝ザハルベルトへ入った。リーダーの勇者クロスは「俺たちの戦いはこれからだ」と自信を示しており、これからの動向が注目される≫
ははっ……クロスのヤツはあいかわらずだな。
俺はよその注目パーティの記事についても目を通した後、通貨や、先物市場の動向にも目を通す。
とりわけ、【魔鉱石】という『船』や『汽車』の動力となる魔法資源の価格は確認しておかなければならない。
……まあ、そのへんはガルシアに任せておけばいいかなとも思うけど、オトナとして一応ね。
それから、現在1ボンドは0.98両に固定されているそうだ。
となると、黄鶴楼への500万両は、500万ボンドじゃなくて本当は510万ボンド払わなきゃだったんだな。
俺は新聞に飽きると、今度はマガジン・ラックから『冒険王』という雑誌を取った。
この雑誌は、冒険者を多彩な切り口で分析し、ランキング付けする隔月誌だ。
その最新号がもう出ていたのである。
《総合:世界冒険パーティ・ランキングBEST300》
とあり、
《9位 奇跡の5人》
とランク・インしている。
初のトップ10入りだ。
それから俺は、
《個人:世界最強ランキング・トップ100》
というチャートへ目を移した。
クロス個人がとうとう13位まで来ている。
前号ではまだ40位くらいだったはずだから大躍進だ。
なにげにモリエが57位にランク・インしているのにも驚かされた。
「そして、1位は今回も魔法剣士グリコ・フォンタニエか……」
それは、そんなふうに『冒険王』をザッと眺めていたときのこと。
「あれ?エイガじゃないか!」
横から声をかけられて見上げる。
たしかに見たことのある顔がそこにあった。
少し『誰だったか』と悩んだが、すぐに同じ魔法大学校から冒険者になった元同級生だと思いだす。
「僕だよ。ロイだよ。キミ、エイガだろ!なんでサングラスかけてんの?」
ざわ……ざわざわ……
コイツが大声で俺の名を呼ぶと、事務所は妙なざわめきを見せる。
「おい、エイガって奇跡の5人の……」
「ああ、解雇されちゃったんだろ」
「悲惨……。あのパーティ、これからって時だったのにな」
「いや、だからこそだって。ザハルベルトへ乗り出す前の人員整理ってヤツだろ」
そんな人を惨めにさせるような声が、方々から聞こえてきた。
どうやら、世間的にはもう知れ渡っていることらしい。
俺は苦々しくサングラスを外す。
「おい、お前。大声だすなよ」
「ははっ、悪い悪い。お前。クロスのパーティ、クビになったんだっけなww」
「……まあな」
そうだ。
この男の場合、こういうのは『悪意』であるということを思い出した。
つまり、無神経ではなく、ワザとやってるのだ。
「でも、ヤメてよかったんじゃないの?エイガ、最後の方ひとりだけ浮いてたもんな。ほら、なんだっけお前のアダ名。永遠の六人目だっけ?」
ぷっ……
と、誰かが噴きだすように笑った。
「クククっ、おい。やめとけって」
誰かがそれをたしなめる声も聞こえてくる。
くっ……。
握った拳はギリギリと軋むが、本当のことを言われているだけだから、それをどこへ向けるわけにもいかない。
汽車はまだ出ないけど、もうここは出よう。
そう思い、立ち上がったときだ。
チリリン……チリリン♪
ドアの開く音がしてそちらを見ると、ビキニアーマーの女が長い銀髪をなびかせて事務所に入ってくるのが見えた。
で、そいつも知った顔だったのである。
「お?キサマは!エイガ……エイガ・ジャニエスじゃないか!」
女は俺に気づくと、ブラジャーみたいな面積のアーマーに、筋肉と融合しているかのような弾力ある乳房をパツンパツン揺らしながらこちらに寄ってくる。
「グリコ……」
そう。
この女は、『冒険王』にも載っていた魔法剣士グリコ・フォンタニエ。
世界1位の女である。
◇
ざわ……ざわざわ……
冒険者ギルド極東出先機関は、冒険者、職員一同のざわめきで満ちた。
当然だ。
あの魔法剣士グリコ・フォンタニエが目の前にいるのだから。
「いやあ、奇遇だなエイガ!……それにしてもキサマほどの男が、なんでこんな極東に?」
しかし、彼女がそんなふうに言うと、ざわめいていた場は俺へ視線を集中させ、ちょっと妙な空気になった。
しーん……
さっき笑ってたヤツらも今は静まってモジモジと居所が悪い様子で、ロイのやつも逃げるようにしてそぅっと席を離れてゆく。
「グリコ、お前こそ。今、極東に大したクエストなんてないだろ?」
「ははっ、私はクエストで来たのではないのだ。ちょっと別の用事でな……」
そう言って、長く流麗な銀髪をかきあげるグリコ。
そんなわずかな動作に足元のゴツイ脛当てがカシャリと音をたて、パンツみたいなビキニ・アーマーがその縫い目にそって股間の姿をムキっと強調させる。
「お前、あいかわらずビキニ・アーマー好きだよな」
「なんだ。キサマはビキニ・アーマーが嫌いなのか?」
「別に嫌いってわけじゃないけど。なんでわざわざそんな露出が激しくて防護される部位の少ない装備を選択するのか意味わかんねーなとは思うぜ」
「はははっ(笑)キサマなにを言っているんだ。そんなの、筋肉を見せたいからに決まっているだろう」
お前がなにを言ってるんだ……と思ったが、どうやらマジっぽいのでツッコむのはヤメておく。
「ところでキサマ、聞いたぞ。クロスのパーティをヤメたらしいじゃないか」
うっ……またその話か。
「ならばエイガ、どうだろう。この私とパーティを組まないか?」
「は!?」
さすがに調子の外れた声を出してしまう俺。
「でも、お前……。魔法剣士グリコ・フォンタニエと言えば一匹狼で通ってんじゃん。そーゆーポリシーがあるんじゃねーの?」
「別にそういうワケではないのだ。一緒にパーティを組みたいと思える者がなかなかいないというだけでな。しかし、キサマとなら組んでイイと、かねてから思っていたのだ。どうだ?私とやってみないか?」
「ははっ、お前と俺じゃ釣り合わないって」
「もちろん私は世界1位だからな。しかし、それを言ったら世界2位も私と釣り合っているとは言えない。それでは永遠に誰とも組むことができなくなってしまうじゃないか。それに……キサマは、キサマが思っている以上に有能だよ」
「そりゃ俺の育成スキルは超一級品だけどさ。お前には絶対必要ないものだろ」
「それだけじゃない。そのすべてのカテゴリーを一通り中級までこなせる秀才さも、実は意外と稀有なのだ。育成スキルの方も、もっと可能性のあるものだと思うしな」
「……俺に詳しいんだな」
「だから、『キサマなら組んでイイと思っていた』と言っただろう。私は本気だぞ」
グリコにそこまで言われると、さすがに俺も嬉しかった。
コイツ、最強な上にイイヤツだしな。
ふたりでパーティを組んだら、俺は足手まといにはなるだろうけど、きっと楽しいに違いない。
しかし、口をついたのは……
「すまない。俺、今やりたいことがあるんだ」
という言葉であった。
今の俺には、あのグリコ・フォンタニエとパーティを組むよりも、『領地を育成して、魔王級のクエストをこなせるくらい強くする』方が面白そうに感じるのである。
帰ったらやってみたい育成プランも、すでにあるしな。
「やりたいこと……そうなのか」
「ああ」
そう返事すると、グリコはため息をついて、
「じゃあしょうがないな。……あっ、『冒険王』を私にも見せておくれ」
と、俺の横から雑誌をのぞきこんだ。
銀髪からすばらしい香りが漂ったかと思えば、彼女はフフーン♪と笑う。
「どーしたんだ?」
「いいや。自分のランキングを確認しただけだよ」
「なに?お前、そういうのもう気にしてねーと思ってたけど」
「ははっ、そんなワケないだろ。やっぱり1位は嬉しいさ。こうやって、ランキングを確認するためだけに冒険者ギルドへやってくるくらいにはな」
そう言って、世界1位の女は振り返り、去っていった。





