第96話 外村
朝食後、その日は吉岡神社へ足を向けた。
定期的に神社へ参るのは郷に入っては郷に従えの実践でもあるが、一方で十蔵に会うという目的もある。
吉岡十蔵は、長い年月吉岡神社で神主をやっているだけあって領地全体の村々に顔が広い。
その点、領内の人間関係や各村の権益関係など、彼でなければ相談できないことも多いのだ。
「『外村』の心証は芳しくありませんな」
と、十蔵は白髪の交じりだしたヒゲをなでた。
そう。
今日相談しに来たのは、新しい港を造営したことで、むしろ不利益を被ってしまっている『外村』についてであった。
外村は7つの村のうち一番領地の外れに位置する小さな村(人口50)である。
小さいながら唯一山の北側の街道へと通じる道に面しており、陸から遠雲のよそへ行くのに一番の経由地点にもなっているのである。
これまでボロ港しかなかった遠雲にとって、『外村』は玄関口であり、他領との通商の要であった。
しかし、そこで南側に新しく港が作られてしまうと話が変わってくる。
もともと艦のためにつくった港だったが、水深が深い立派な港であるから評判となり、極東文化圏の外からも船がやってくるようになっていた。
そういう情報に目ざといのは国際的な旅の商人である。
彼らは船で安価な品物を自由に持ち込み、すでに領内の村々でポツポツと取引を始めているらしい。
「と、いうわけでしてな。これを放っておけば外村は海外の商人たちとの競争に晒されますで。領主様への不信感は強まるばかりですぞ」
「うーん、マジかあ……」
そういえば、あの港の埋め立て事業の時にも外村だけ一人も参加しなかったものな。
「旦那、ことは外村だけじゃあすまないッスよ」
そこでガルシアが口をはさむ。
「そもそも外村は近隣との貿易だけじゃなく、領内での取引も仕切っていたんス」
「それが?」
「つまり外村の儲けは遠雲の経済と一蓮托生。それをわかっているんで、彼らの貿易は『あまった物』をよそへ売り、『不足物』だけを近隣から仕入れてくる以上のことはしなかったんスよねえ。それが海から世界中の商人が自由にやってくるとなると、領地で生産できるモノもより安い値で入って来ちまうんス」
「えー、安くモノが買えるんならみんな喜ぶんじゃねえの?」
「喜ぶでしょうね。“消費者としては”ッスけど」
どういう意味だ?
そう首をひねると、俺のとなりで正座している五十嵐さんがボソっと口を開いた。
「……ほとんどの領民は消費者であるのと同時に生産者でもあります」
あ、そうか。
おおよその人は『モノを使う側』であると同時に『モノを作る側』でもある。
よそからモノが入って値が下がるってことは、それだけみんなの稼ぎも下がるってことだ。
「稼ぎもそうッスけどね。もっと致命的なのは投資にあたる行動が不合理になって、産業が育成できなくなるとこッス。なんなら産業構造そのものが壊れかねないんッスよ」
「ん? そこまでしたら旅の商人たちにとってもマイナスなんじゃねーの?」
商売先の人々の購買力がなくなるんだからさ。
「考えてもみてくださいッス。海の向こうのすげー遠くからやってくる旅の商人たちは別にずっと遠雲で商売しなくてもいいんスよ。遠雲の産業構造が壊れて購買力がなくなればまたよそへ行けばいい。なにせ……世界は広いんスからね」
少々自嘲気味だが、説得力がある。
ガルシア自身、もとはその『すげー遠くからやってくる旅の商人』だったわけだからな。
でも、そんなガルシアが今はひと所にとどまり領地経営の手伝いをしてくれている。
根なし草の旅の商人にも『どこかに根を張りたい』という気持ちがあったのかもしれんね。
そんなことを考えながらガルシアを見ていると、責められていると思ったのか、
「じ、自分はそのへん良心的に商売してきたつもりっスよ(汗)」
と言い訳めいたことを始めるガルシア。
責めやしないさ。
故郷を持たない旅の商人がそもそも故郷を持たないのには、それぞれそれなりの事情というものがあろう。
貴族には貴族の事情が、ヤクザにはヤクザの事情があるように。
だから、根なし草の国際的な旅の商人が土着の産業を荒らすものだとしても、そいつら自体を責めたって仕方ない。
大事なのはそういうヤツらに対して自分がどう応じるかだ。
「……エイガさまは領主。港を規制する権力をお持ちでしょう」
そこで五十嵐さんが言う。
「規制かあ」
「強国は外圧に屈せず港を統制するものです……」
逆も真だ。
港を適切に統制できた者が産業を育成でき、長期的に強国であれる。
「……そもそも新港は艦のために作ったのですし」
「まあな。でも、あまり港を閉ざしすぎても風通しが悪い感じになりそうでイヤだけど」
まだ領内で生産できないものについては、やっぱり世界中から買える方が発展の力になるだろうし。
まあ、そこらへんはバランスってことなのかな。
「……では、村人たちとの直接の取引は禁止する代わりに、港の近くに旅の商人と外村の商人が取引をする区域を作ってはいかがですか?」
そういう五十嵐さんの案を聞いて、帝都とスカハマの関係を思い出した。
スカハマの港は開いているが、帝都には海沿いにもかかわらず大きな港がない。
あれは帝都の前に港町のワンクッションを置き、自由と統制のバランスを取りながら、無秩序な商品の流入を防いでいるのだろう。
彼女の案はその方式を遠雲に応用する形になる。
「うーん……よし、わかった。それでいこう」
俺がうなずくと、ガルシアと五十嵐さんはさっそく『港の規制』と『取引区域』の要綱を固めに行った。
「お見事でございますな」
神社にひとり残って茶をすする俺に、十蔵が言う。
「これできっと外村の人々も納得しますで」
「なあに、部下が優秀なだけさ」
俺はタバコに火をつけて一置くと相談を続けた。
「ところで、頼みがあるんだが……」
「はあ、なんなりと」
「外村へ馬を40頭注文したいんだけど、それを十蔵から伝えておいてくれないか?」
「40頭もの馬を何に使うのですんで?」
「うん、領民部隊の前衛を『騎兵』で編成してみようって思っててな。長者からもらった黒王丸も外村の仕入れだったらしいし、強い馬を期待してるよ」
と言うと、十蔵は「クエストのことはワシにはわかりませんで」とポリポリ頭をかいていた。
「しかし、それはワシから伝えたほうがいいので?」
「ああ、お前から直接外村の長に話しておいてくれ。その時に……」
タバコの煙を吐くと、俺は少しだけ声を小さくする。
「……今日していた話を『襖の向こうで盗み聞いた話』ってことにして、さりげなく伝えといてくれよ」
「うむ、なるほど。承知いたしましたで」
不和の時、本人が『ご説明』に行くよりも第三者がさりげなく言うことの方が受け入れられやすいってのは、この前帝都で学んだことだ。
で、そこらへん十蔵はよくわかってくれている。
こういうのが年の功ってヤツなのかもな。
「十蔵。あんたの顔の広さにはいつも助かっているよ」
「いえ、とんでもございませんで」
と、五十男がワシワシと頭をかいた。
「ふふっ、頼りにしてるぜ。他にも領内の人間関係的なところで気づくことがあれば教えてくれよな」
俺がそう肩をたたくと、十蔵は「それなら……」と何か言いかけて口ごもった。
「どうした?」
「あ、いえ。少し言いづらいのですが……実は外村だけではなく、他の村の長や有力者たちも、近頃の領主様には不満に思うところがあるようでして……」
「……マジか」
こういうことを聞くとさすがにショックではあった。
けれど、俺に直接は言えない不満も十蔵を介せば率直なところを聞けるわけで、耳の痛い話も(むしろ耳の痛い話であればより)ありがたく聞いておかなければならない。
自分が気づかないところで領民たちから反感を買い続けているよりはマシだからな。
「で、みんなどこらへんが不満だって言ってたの?」
「ええ。それが、領主様と悦っちゃんの婚約のことでございますで」
「そこかよ!?」
予想外の角度からパンチが飛んできたようで面喰らう。
ちなみに、十蔵は五十嵐家とも懇意なので、五十嵐さんとの『婚約者のフリ』はしっかり行わなければならない。
「もしかして。俺が五十嵐さんを取っちゃったから男たちからヒンシュクを買ってるとか、そういうこと?」
「いえ、そうではなくて……むしろ逆の話で」
十蔵の話によると、領主というものは領地全体をある程度公平に扱わなければならないのに、今のように五十嵐家へばかり泊まってイチャイチャしているのはよくないという。(別にイチャイチャしてるわけじゃねーんだけどな!)
つまり、『五十嵐家ばっかり贔屓してんじゃないの?』という感じで他の村からの妬みを買っているらしい。
「そのあたり、他の村や家にも配慮してやってはと思いますで」
「配慮?」
俺がハテナを浮かべると、吉岡十蔵は言った。
「ええ。領主さまには悦ちゃんばかりでなく、ちゃんと他の村の娘とも契ってやっていただきたいのです」
……あ?
「お前、何言ってんの?」
俺が思わず顔をしかめたので、十蔵はビビった様子で額の汗を拭いた。
「こ、これは、それだけ領主様の力が領民たちに認められ始めている証拠でもあるのですぞ。力のある領主様に村娘とお子を作っていただければ、それぞれの村はみな安心しますで。村と村、家と家の力関係もうまく治まります」
「ざけんな。女なんて一人でもあんなに面倒くせーのに」
俺はタバコの煙をボワーっと吐き出しながら鼻頭にシワを寄せる。
「そうワガママをおっしゃらず、わかってくだされ。領主様が悦っちゃんを気に入っておられるのはわかりますが、このままでは五十嵐家と他の村や家との間でどんどん軋轢が広がってしまいますで。だからこその領主様への不満なのですぞ」
「っ……」
「これも領主の務めと考えなされ」
と、吉岡神社の神官は神妙な顔でそう言った。
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