第95話 フィルム
目を覚ますと、俺は机に突っ伏していた。
チュンチュン……
鳥の声。
腕の下にはメモが乱雑に散らばっている。
俺が領民部隊の戦法やフォーメーションについて記したものだ。
「ん、んん……」
机から顔を上げると、部屋のスクリーンに誰も見ていない活動写真の光が映っている。
カタカタと虚しい音を立てる映写機。
レエスのカーテンから射す朝陽がその魔力光をあいまいなものにしていた。
「エイガさま……。お目覚めですか」
その時、背後(ゼロ距離)で女秘書の声がする。
「あ、ああ。俺、寝てたのか」
俺は軽く身をよじって五十嵐さんのジト目をチラ見すると、入れっぱなしにしてしまっていた映写機の魔力供給を切った。
ひとつ伸びをして尋ねる。
「んっ!……ふう。みんなは?」
「これから朝ごはんです。マナカちゃんたちが作ってくれていますから」
「ん、じゃあいこうか」
俺は手元に散らばったメモを集めてクリップで留めると、五十嵐さんと一緒に階下の居間へと降りていった。
艦による海竜シーサーペント戦から帰還して一週間。
俺はこんなふうに撮影した戦闘映像を繰り返して見ては分析を続けていた。
また、150人部隊の者たちにも、6グループごと小分けで館に来てもらい、ミーティングを開いては自分たちの戦いの映像を客観的に見てもらったりもした。
みんなまだ『映像』というものをあまり理解できていなかったみたいで怯える者も多かったのだけれど、そのへんはやがてなれてくれるだろうって思ってる。
俺だってティアナと活動写真へ行ったときは、よくわかってなかったもんな。
まあ、なんにせよ。
こうして活動写真という最新技術も『戦略』や『育成』にフル活用していこうと思っていたのだけれど……
それもあまり悠長にはしていられない。
と言うのは、その撮影機の提供者である帝都の大臣から
『海竜戦のフィルムだけでも帝都に送ってほしい』
という強い要望があったからだ。
「五十嵐さん。あのフィルムだけど、もう大臣に送って差し上げて」
俺は居間のテーブルに腰掛けながらそう言った。
「……よろしいのですか?」
「うん。その代わり、替えのフィルムを送ってもらうことはできるか? 次の戦闘も撮っていきたいから」
「わかりました。打診してみます」
そんなふうに話しながらメイドたちが朝ごはんを運んでくれるのを見ていると、向かいの席のリヴが尋ねる。
「へー、もう分析はすんだのかい?」
「ああ。できる限りのことはしたつもりだ」
俺は味噌汁をすすりながら答えた。
「それにしても……何度見てもあの主砲【ペンタグラム】の威力はスゲーよな。お前の鍛冶スキルっておっかねーんだって改めて実感したよ」
「なに言ってんだい。アンタが経験値を送ってくれたからだろ」
と言いながら女鍛冶は頬をかいて言った。
「それにアタシから見りゃアンタの育成スキルの方がよっぽどおっかないさ」
「は?」
「だってさ。そもそも攻撃魔法を5×5で融合するためには、まずあれだけの攻撃系魔法使いを25人以上そろえなきゃいけない。そこまでの戦力をこんな人数でそろえたパーティなんて他にないんだからね」
まあ、そこは【女神の瞳】と【祝福の奏】で、才能を見極めて経験値2倍で育成できる能力が活きてるってことだろう。
部隊のヤツらが想像以上に頑張ってくれているっていうのもデカイけどな。
「ま、まあ……あんま友達どうしで褒めあってんのも恥ずいからもうよそうぜ。まだまだ課題もあるしな」
「課題?」
そう。
確かにあの主砲の威力はすさまじいが、当てるのがチョー難いのだ。
つまり、コントロールや威力の調整に難があり、下手をすれば敵ではなく味方や周辺環境をむやみに傷つけるだけになってしまう。
だからこそ、作戦や連携がより重要になってくる。
まあ、そこらへんは俺や部隊のみんなの課題だけど……
「それからこのままだと俺たちが強いのは海戦だけって話になっちまうからな。今後は陸戦の新兵器が必要になる」
「なるほどねえ……」
もちろん、新兵器にはあらたな素材が必要だろう。
だから俺たち150人部隊は冒険で新素材を獲得するんだ。
新素材を獲得すればリヴを先頭に領地の鍛冶組織が新兵器を作ってくれて、それがまた新素材を獲得する力となる。
この信頼と循環で、これまで俺は領地ごと強くなってきたんだ。
「というわけでお前のことは頼りにしてるぜ。リヴ」
「っ……へへっ、任せときな!」
女鍛冶はそう言って、タンクトップから乳房が弾け出るんじゃないかと思うくらいポンッ!と元気よく自分の胸をたたいた。





