【10章挿話】 魔法剣士グリコ・フォンタニエ(3)
その日。
エイガ・ジャニエスとばったり会ったのは、海上の空だった。
ヤツは飛べなかったはずだが、馬を育成して飛行魔法を覚えさせたようである。
あいかわらず面白いことを考えるヤツだな。
筋肉のさわり心地もUPしていたし、さすが私の見込んだ男だ。
キーーーーーン……!
そんなことを考えながら航空魔法を飛ばしていると、弟の目撃情報があったというゲーテブルク城下が見えてきたので高度を下げていく。
しゅるるるるる、ジャリ……
着陸すると、しかし、城下町はまるで呪われたように閑散としていた。
「そう言えばモリエたちが魔王と戦っていたのだったな」
私はそんなふうにひとりつぶやくと足を進めて、行方不明の弟ユウリについて尋ねていった。
町は一見静まっていたが、魔王が攻めて来ても土地に残るような根っからの地元民はもう腹をくくっていて、すぐそばの広野で魔王戦が繰り広げられていようと普通に暮らしている。
私は犬の散歩をする者や店でたむろする人々などに話を聞いていった。
「銀髪の男の子っていえば、ちょっと前までこの辺でよく見たな」
するとある酒場でそんなことを言う者があって胸が高鳴る。
しかし、
「オールバックのあやしい男に連れられていた子でしょう? キレイな子だったけれど、アタシ、あの子が子猫をいたぶって遊んでいるところを見ちゃったのよねえ……」
「それ、ワシも見たわい。叱ってやらんとと思ったが……ありゃ怖くてのう。何か言ったらキレそうじゃし。刺されでもしたらかなわん」
と、ユウリとは全然別の子の話らしかった。
私は肩を落として店を出る。
「はあ……やはり今回も偽情報だったか」
そんなふうにため息をついてつぶやいた時。
ピシ! ピシピシ!……
ふいに城の向こうの方でひときわ大きな稲妻が輝いたかと思えば、それまで空を支配していた重々しい暗雲がサーッと晴れ渡っていった。
私はふわりと少し飛び上がって様子をうかがう。
すると、向こうの空に瞬間だけ【地獄門】が開き、大量の濃い闇がオオオオン……と地獄へと撤退してゆくのが見えた。
モリエたちが魔王アニムスを倒したのだろう。
せっかくなので一声かけていこうか。
「おーい、モリエ。おめでとー!」
「あれっ? グリコ!」
私は奇跡の5人のメンバーへも軽く挨拶すると、さすがにダメージを受けていたらしいモリエを抱き締めて回復魔法をかけてやった。
「あっ……。ふふっ、ありがとグリコ」
ビキニアーマーの胸の中で、少年のかわいい唇がそう言った。
華奢で、やわらかく、あたたかい。
そうだ。
この子のぬくもりは、弟のそれにそっくりなのだった。
◇
それから三ヶ月ほどは、私も真面目にクエストへ取り組んだ。
モリエたちの成長に感化されたというのもあるかもしれない。
準魔王級クエスト『レッド・ドラゴン討伐』と『ワイバーンの群れ討伐』、それから侵攻してきた『第4魔王の討伐』……と、立て続けにこなしてゆく。
これで私はまた世界一位だろう。
ふっふっふ。
しかし、こうして世界中を(文字通り)飛び回って強敵と連戦していると、さすがの私もヘトヘトだ。
数か月ぶりにザハルベルトへ戻ると、私はギルド本部への報告の前にいったん郊外の自宅へ帰ることにする。
自宅……。
本当は冒険者に自宅など必要ないのだけれど、S級の莫大な褒賞金の使い道が他に思い当たらず、ひとり暮らしにもかかわらず結構立派な家を買ってしまっていたのだった。
結局めったに帰らないので事務所兼ビキニアーマーの保管庫と化しているけれどな。
「グリコお嬢様。おかえりなさいませ」
玄関で執事の爺、アルフレッドに出迎えられる。
彼は高齢ではあるが、私の飛んでくる気配を察知して待ち構えていることができるくらいに鋭敏で、背筋はしゃんとした、優秀な執事だ。
ザハルベルトでは私のマネージャーのような仕事までこなしてくれている。
私は銀髪をパッと払って彼に応えると、宅へ入った。
部屋へ入り、ピタピタとした肌ざわりの気持ちいい黒革のソファへお尻をのせると、私はムチっと脚を組む。
「お嬢様。お留守の間にマスコミ関係からの依頼とファンレターがこれだけありました」
「うむ。受ける仕事は……コレとコレとコレだ。あとはすべてお断りしろ」
「かしこまりました」
私はアルフレッドに書類を返すと、今度はファンレターへ目を通していく。
……そういえば私も初めて魔王級を倒してどっとマスコミの取材やらイベントの申し込みやらが殺到した時は、それをすべて対応しようとしてキリキリ舞いしてしまったことがあったな。
断ったら申し訳ないと思いすぎていたし、ファンレターにもすべてお返事を書いていた。
それで危うく3位になりかけたこともあるのだから本末転倒もいいところだ。
しかし、これだけザハルベルトにいると、さすがに取捨選択というか、仕事を選ぶということを覚えてくる。
ファンレターも、すべてに目は通すが、お返事は一部に限らせてもらっていた。
そのおかげでクエストをこなしながらも比較的自由な時間を確保できるようになっているのだ。
「そういえば……」
と、私はつぶやいた。
「モリエたちは魔王討伐後の凱旋パレードの後、そこらへんうまくやっているのだろうか?」
心配になって聞いてみると、アルフレッドは目を伏せて言う。
「それが、モリエ様はすでに……」
「っ……!? モリエに何が」
「ご自身の目で確認した方が早いでしょうな」
そう言うので、私は帰ったそばからすぐにアルフレッドに連れられ市街地へ出ることになった。
大都会ザハルベルトにはジャングルのようにビルが立ち並ぶ。
その間を縫うように張り巡らされた舗装道路。
高級な馬車や最新技術『魔動車』がガンガン行き来している。
ブーン……プップー! キー!……ゴー……
私はアルフレッド爺の運転する魔動車の後部座席に掛け、この狂った街の、夕暮れへ反逆するようにギラギラと灯るネオンの瞬きを、ぼんやりと眺めたりなどしていた。
「アルフレッド。一体どこへ向かっているのだ?」
「……着きました。ここです」
車はマジカル・スクエアガーデンというホールの前に来ている。
その外ではなにやらハチマキを巻いた男たちが群を成しており、たった今開場されたらしくそんなヤツらが次々とホールへと吸い込まれていった。
「なんだあいつらは……」
私は少し眉をひそめる。
しかし、そこかしこにかかげられたのぼりや旗に踊る
≪モリエちゃん! 初ライブ!!≫
の字に、私は目を見開いた。
「さ、まいりましょう」
状況がつかめていない私をよそに、アルフレッド爺は車をVIP用の地下駐車場へ入れ、後部座席のドアを開けた。
「キサマ、そうは言ってもだな。こういうところへ入るにはチケットが必要だろう?」
「チケットは取っております」
そう言うとアルフレッドは指の間に2枚のチケットをシュピーン☆と指にはさみ差し出した。
「アルフレッド。キサマ……」
私は少なからず戦慄を覚えながらも爺についていった。
ざわ、ざわざわ……
ホールへ入ると、場内は暗く、魔法ペンライトの灯だけが無数にチラついていた。
うずまく興奮の澎湃としたようなざわめき。
そこへプシューっと白煙が起こり、ライトがパっと舞台を照らせば、ひときわ大きな歓声が爆発する。
煙が晴れると、半ズボンにブラウス姿のボーイッシュな女の子が、魔法拡声器をもってぴょんっとあらわれた。
『みんなー! 来てくれてありがとー!! ボク、頑張って歌うよー!』
なっ!?……かわいい!!
「「「モリエちゃーん!!」」」
ホールに響き渡る野太い声。
舞台の上では演奏が始まった。
「ア、アルフレッド……」
「はい」
「モリエが、モリエが……アイドルになってるではないかぁぁぁ♡♡」
私はようやく事態を把握し、絶叫する。
アルフレッドがササッと魔法ペン・ライトを差し出してきたので、私はそれを手に取り一心不乱に振った!
※
4月15日ごろ発売の【2巻】の店舗特典をお知らせします。
今回はメロンブックス様でチヨへの憑依SSを書いております。
〈育成スキルはもういらない メロンブックス〉
と検索すれば、一番上が1巻の、二番目が2巻のものが出てきます。
ぜひご覧ください。