第92話 艦(2)
領民部隊へ塔からの引き上げを指示すると、俺は空路で領地へと引き返した。
海竜シーサーペント戦の準備のためである。
「「「おかえりなさいませご主人さま」」」
で、戦いの前に内政も見ておこうと思って館へ帰ったのだけれど、五十嵐さんもガルシアもいない。
メイド3人だけが館を守っていた。
「おふたりとも五十嵐さんのご実家へ行ってます」
とイコカ。
「田んぼになんかあったのか?」
「いいえ、今日はお客さんが来ているらしいんですよ」
中村の有力者である五十嵐家に客はめずらしくはないけれど、そのためにガルシアまで出払うなんてよほどの客なのだろうか。
「客ってどなたかわかる?」
「ええ、たしか帝都にいらっしゃった、変わったお名前の方で……」
とスイカは思い出すように言った。
「だいじん様とか言ってました」
「大臣かよ!」
俺は脱ぎかけていた上着をまた羽織り直し、急いで五十嵐邸へ向かった。
五十嵐邸に着くと、軒先には黒塗りの籠が停まっており、十数名の直垂の武官たちが物々しげに屋敷を警護しているのが見える。
どうやらマジのようだ。
武官たちは俺の姿を見てを怪しみ、刀の束へ手をかけたが、中から若奥さんがやって来て『この土地の領主だ』と判明すると警戒を解かれた。
「ふぅ、やれやれ。本当に大臣がいらっしゃっているんだな」
「ええ。私、生きた心地がしませんの」
若奥さんの案内を受けて縁側を通って行くと、あの最も日当たりのよい仏壇の部屋の障子が開く。
スー……
部屋の奥には本当に帝都の大臣がいらっしゃった。
その下に五十嵐さん、ガルシア、それから家主のイサオさん、旦那さんが控えている。
ガルシアと五十嵐さんはまだしも、イサオさんや旦那さんは大臣の来客に顔を青くして平服するばかりのようだ。
「おお、エイガ殿! クエストへ出ていると聞いたが?」
俺があらわれると大臣は嬉しそうな顔で歓迎してくれ、イサオさんと旦那さんはホッとした顔で息をついた。
「ええ、経験値貯めをしていて、たった今帰って来たところです。しかし大臣自ら遠雲へいらっしゃるとはビックリしましたよ。一体どうなさったんですか?」
と俺。
「わっはっは。故あって地方を回っておってな。少し用もあったのでこうして遠雲にも立ち寄ったというわけだ」
「用、ですか?」
「うむ。五十嵐君のことでな」
そこでちょっと嫌な予感がしてビクっとなった。
「い、五十嵐さんが、なにか?」
「うむ、実はな。昨今、極東には今までにないほどモンスター被害が増えて来ておる。冒険者にモンスターを討伐してもらうにしても復興のためには中央が指揮を取らねばならぬし、麻呂の政務も増えてきておるのだ。つまり中央業務の人手不足というわけだが……」
大臣はそこでひとつため息をついて続ける。
「そこで貴領へ出向させていた五十嵐君にそろそろ帰って来てもらえないかと相談にやって来たのだ。彼女がいれば百人力だからな」
「うっ……」
そう。
五十嵐さんはもともと『大臣の秘書』なのだ。
だから、極東文化圏で有名な竹の姫が月へ帰っていく伝説のように、やがては五十嵐さんも帝都へ帰って行く……そんな日がいつか来るとは思っていたけどさ。
しょぼーん……。
「しかし、麻呂は見事にフラれてしまっての」
え?
「五十嵐君は、貴殿の下で引き続き執務したいのだそうだ」
「ええ!?」
それでいいのかよ?と思い見ると、女秘書は俺へ向かってコクリとうなずきポニーテールを揺らした。
五十嵐さんって……やっぱり故郷が大好きなんだなぁ。
それは尊重されるべき真心だとは思うけれど、でも、大臣がどうしてもと言えば求めに応じないわけにはいかないんじゃないか?
もともと大臣の秘書なんだし。
「麻呂としては、仮に本人が『地元に残りたい』と言おうとも強引に説得して連れて帰るつもりだったのだがな」
ほら。
「しかし、まさか貴殿と五十嵐君が婚約しておるとは……。これでは強いて帰って来いとは言えぬ」
へっ?
「旦那……(小声)」
気づくと、ガルシアが俺にだけ見える角度でピースサインをしている。
そうか。
ガルシアのヤツ、とっさの機転で俺と五十嵐さんの『婚約者設定』を持ち出したんだな。
ちょっと気が引けるけどファイン・プレーだぜ。
「わっはっは。それにしてもエイガ殿。その商人が申すにはずいぶんとアツアツ♡のようではないか。ほどほどにせねばならぬぞ」
と思ったが前言撤回。
一体なにを言ったんだアイツは。
「っ……」
ふと、タイトスカートのお尻のモジモジする気配がして横を見ると、女秘書は鋭い目つきのまま湯気が出るほど顔を真っ赤にしていた。
ガルシアがメチャクチャ言うので怒っているんだろう。
でもまあ、五十嵐さんが帝都へ帰ってしまうってことにならずにすんでよかったよ。
「大臣、ありがとうございます。きっともっと領地を強くして帝国にも貢献しますんで」
「うむ。期待しておるぞ。優秀な五十嵐君に帰って来てもらえないのは残念だが、長期的に見れば彼女はエイガ殿の下で力になっていた方が極東全体のためにもなるのかもしれないな」
ほっ。
こうして五十嵐さんの話がひと段落すると、大臣とはクエストや領地経営の話になった。
片翼の塔や融合石の話は冒険譚としてウケたし、その場にイサオさんがいたので薬草や経験値転送スキルについて話をすると非常に関心されていた。
「そういえば貴殿。先の議会の折、港をつくると申しておったであろう」
「あ、はい。その節はどうも」
そうだ。
あの時、『艦は遠雲で造ればいい』というナイスな案を提示してくれたのは大臣だった。
「その後、工事はどうだ?」
「実はそれが……」
と説明しかけると大臣は「ああ、よいよい」と手を差し出して制止した。
「自領の生産力を見誤り、つい見栄を張ってできぬことをできると申すなど若い領主にはよくあることよ」
「は?」
「貴領は2500穀の小国。そのような大きな港を作ろうとすれば何年かかるかわからぬ。そんなことは最初からわかっておるのだ」
「は、はあ」
「艦については我々も注目しているし、港の予定地を見せてもらえばその規模に合わせて直轄地から労働力を回してしんぜようぞ」
どうやら大臣は少し早合点をされているようだ。
「あ、あの。大変ありがたいお申し出ですけど、その、ええと」
「……大臣様。そのようなことをしていただく必要はありません」
俺がなんとお答えするべきか迷っていると五十嵐さんがキッパリ答えてしまう。
「五十嵐君? むう。案ずるな。工事があまり進んでおらんでも遠雲の規模を考えれば仕方のないことだ。ともかく現場を見せてくれたまえ」
「いえ……すでに工事は行っていません」
「なに? 港の造営は断念してしまったのか?」
「いいえ」
五十嵐さんは、膝に指先をそろえた完ぺきな正座のまま、伏目がちな目をこちらへチラリと向ける。
彼女のアイコンタクトを受けて、俺はこう言った。
「大臣、港はもう完成しているんです」
◇
「なんと……!!」
と立ち尽くす大臣の前には、整然と埋め立てられた巨大な港が広がっていた。
海の防波堤もすでに仕上がっており、眼前の波は内海よりも穏やかで、埠頭には倉庫や灯台、事務室などの施設が林立している。
そのわきには『中村』→『館』→『港』と繋がる水路が通り、大臣を中村からここまでお連れするのにもその水路を利用したのだった。
「このような大工事を半年足らずで……。貴殿、どんなマジックを使ったのだ?」
「マジックというか、魔法は使いましたけど……」
と、少し考えて言った。
「そもそも領地が強かったんですよ」
確かに領民部隊の冒険者としての力を重機パワーとして流用したり、杏子に憑依して海底を調べたり、アキラと将平に地質調査をさせたり、鍛冶と大工職性の者たちに傾斜して経験値を送ったり、いろいろと俺がやった小細工はあるけれど……
それもこれも、そもそも各村に普請奉行を連携してやれるような共同体がある、というベースがあってこそのことだ。
「エイガさま……」
五十嵐さんが何か言いたそうに俺を睨んでいる。
「い、いずれにせよ、これでドックを作ることができるな。さっそく奥賀との連携で造営に取りかかるがよい。」
「あ、いえ。それが」
と俺が口ごもっていると、
「それもできています」
と言って、五十嵐さんはツカツカと歩き大臣を先導した。
すると、港の倉庫群の向こうに設えられたドックが見えてくる。
あいにく今は空っぽだ。
だが、その巨大な窪地にレンガ造りの地下空間が整然と区画された様は壮観ですらある。
これを見下ろして、大臣は言葉を失った様子だった。
「ま、麻呂は奥賀以外の造船国も回っておるが……このようなドックは見たことがないぞ!?」
「モンスターを倒す艦を造るのですから当然です」
と、五十嵐さんが大臣に対して『お父さんに工作を自慢する娘』みたいなのが、ちょっとほほえましい。
「そ、それでは、いよいよ艦の造営に取りかかるのか?」
大臣は俺の顔を見てゴクリと唾を呑み込む。
だが、
ゴゴゴゴゴゴ……
その背後では、ちょうどテスト航行から帰ってきた【艦】が入港し、ドックの水門が開かれるところなのであった。
※しばらく時間が取れる予定なので更新頑張ります!
※マンガUP!での更新が0時にありますので、そちらも何とぞ!





