第9話 中村~冒険者ギルド
川沿いを下流へ向かって歩くと、やがて景色が開け、土地に田が広がる。
もっとも、今はまだ農閑期らしい。
土ばかりの正方形が何面も広がっているだけ。
……なんか、わびしげだな。
そう思いながらさらに行くと、広大な田の中にポツリポツリと民家が見え始める。
あまり人の姿が見えないのは、村の人間が堤防づくりへ行ってるからだろうか。
キャッキャッキャ♪
そう思っていると、道端で10人ほどの子供らが遊んでいるのに遭遇した。
「なあ、キミたち」
俺はこのあたりで話のわかる大人のところへ連れて行ってもらいたいと思い、声をかけるのだが……
「わー!」
「キャー!!」
しかし子供たちは、俺たちの姿を見るとダッと逃げて、母屋の影に隠れてしまう。
チッ……。
なんかヒソヒソ言ってこちらをうかがい、たまにコロコロ笑いあってるのが生意気だ。
「おーい!キミたち!チョコレートっスよー♪」
そう言ってガルシアが親しげに商品を持って近寄って行く。
その姿がまるでHENTAIのようであったからだろうか、子供たちはさらに奥の建物へ向かって逃げ去ってしまった。
「そんなー……」
けっこうマジで落ち込んでやがる。
コイツ、見た目によらず子供好きなんだな。
「そう言えば、昨日お前が言ってたよな」
「なにをっスか?」
「田舎の人は警戒心が強いって」
「あぁ……」
先へ行くとさらに家が増えてくるが、よく注意して見ると、家々の中からこちらをジロリとうかがう村人の視線を感じる。
それでも、こちらが近寄るとバタン!と戸や窓を閉めてしまうのだ。
また、耳をすませばヒソヒソと話をしているのが聞こえてくる。
昨日の村とはうって変わり、よそ者に対して閉鎖的な感じのする村だった。
ガルシアのイメージする『田舎の人』って、こういう連中のことなんだろう。
これまでの旅の商売で、とっつきにくい農村の村人に苦労した経験でもあるのかもしれない。
でも、これは警戒心が強いってわけじゃなくて、『村人みんな人見知り』って感じだよな。
「たとえば、この『中村』の人間で『木こり』の職性を持ったヤツがいたとするじゃん?」
と、俺はつぶやく。
「でも、だからといってソイツを昨日の『木村』へ連れていって、ウマく行くと思うか?」
「ああ、昨日旦那が言ってた話っスね。『単にひとりひとりを向いてる職業に振り分けていけば領地は発展する……ってワケには行かないだろう』って。確かにそっスね」
ガルシアはさすがに頭の回転の速い商人で、俺の言いたいことをすぐに察してくれた。
「冒険パーティでも同じでさ。たとえば『世界一強いパーティを作ろう』と思ったら、理論上は、世界トップ10の剣士10人と、世界トップ10の魔法使い10人と、世界トップ10の回復系と……って100人隊を揃えたら一番強いに決まってるじゃん?でも、現実にはそうはいかない。何故なら、ソイツらが『一緒にパーティをやろう』って思わなきゃパーティって組織単位にならないからさ」
「なるほど」
「それが【領地】って単位の場合、もっと複雑になるだろうな。5人、10人でチームを組むパーティでさえ人間関係ってスゲー大変なのに、これからは領地2500人をまとめなきゃいけないんだ。ひとりひとりをバラバラなものとして見すぎると、きっと失敗する。たぶん、村とか産業とかって中間組織を発展させることと、個人の能力を発揮させることの両方をバランスして見なきゃいけねーんだろうな」
と、ガルシアに言うようでいて、俺は自分に言い聞かせていた。
さて、俺たちはさらに『中村』を歩いてみたのだけれど……。
「すいませーん」
「……」
つーか、閉鎖的すぎるだろ。
俺たちは、このままこの村にいてもラチがあかないということで、今回は『中村』で人と接することをあきらめて、さらに南へ行った。
他の村も見ておきたいと思ったのだけれど、よくわからない土地で案内もないのだからそれもなかなか難しい。
西陽が射しかけると、「もう明日へ向けて、港へ向かった方が良い」ということになった。
平地を海岸なりに西へ行く。
港に着くとあたりはすっかり暗い。
「今日は野宿っスねー」
「お前、寝袋持ってる?」
「もちっス」
そう。
俺は元・冒険者だし、ガルシアは旅の商人である。
いざとなればそういうアウトドアな手段も平気と言えば平気なのだ。
暗闇の中で、ランタンの橙がボンヤリと揺れる。
まあ……。
そりゃあ、できれば屋根の下で寝たいんだけどね。
とりあえず早いところ【領主様】として快適な暮らしがしたいな……とは、正直思った。
◇
次の日。
船は少し予定到着時刻をオーバーしたけれど、無事にやってきた。
陽が昇るとこの港のさびれっぷりがまざまざとするから、本当にこんなところへ船が来るのか心配にすらなっていたので、木造ながらどっしりとした回船へ足を踏み入れるとなんだかホっとした。
ところで、この船では直接【帝都】へ行くことはできないらしい。
一度また【スカハマ】へ戻らなければならないとのこと。
面倒くさいな……とは思ったが、極東の大王が「帝都には港を作らない」という方針を持っているらしく仕方ないのだそうだ。
こうして2泊3日の木船の旅をこなし、スカハマへ着くとガルシアがこう言った。
「旦那。領地の【証書】名義書き換えって、自分必要っスか?」
「あ?なんで?」
「自分、できればこのままスカハマにいて取引先へ挨拶してまわりたいんス。商人にとっては帝都よりスカハマっスからね。帝都へ行くのは旦那ひとりでじゅうぶんなんじゃないっスか?」
と言うから、ここでひとたびガルシアと別れることとなった。
「ええと、【帝都】行きの汽車の出るのは……3時なんで、まだ2時間半ほどあるっスね。駅はこの桜木通りを真っすぐ行けば着くっス。自分、『黄鶴楼』に泊まるんで、帰ったらそこで落ち合いましょう。じゃあ、失礼するっス」
汽車か……。
そう。
この極東には、『帝都~スカハマ間』に限るが【魔法鉄道】が敷設されているのだ。
セカイ最新鋭の技術、魔法鉄道。
ここ100年の魔法技術の発展の象徴のような存在である。
もちろん、俺だってよその文明では魔法鉄道くらい乗ったことがあるけれども、極東の汽車は初めてだ。
人生、嫌なことばかりじゃないな。
汽車に乗れるということで、少し心が躍る俺。
自然と足早に駅へと向かってしまうが、切符を買ってもまだ1時である。
あと2時間、どーしよう。
「おじちゃーん。買ってよぅ」
その時、道でタバコと新聞を売っている少年に声をかけられた。
「じゃあ……紙巻タバコをおくれ。それから、俺のことは『お兄さん』と呼べ、少年」
「あい」
などと言ってタバコを買いつつ、新聞が読みたいなと思う。
よく考えると、ここ何日か『セカイ』の情報に触れてないからな。
でも、俺はこの『極東の文字』が読めなかった。
冒険者向けの新聞があればと思い、近くの売店などを探すが見つからない。
いや、本当のことを言えば、確実に『冒険者向けの新聞』が読める場所を俺は知っているはずだった。
でも、できれば今あそこへは行きたくなかったけどな……。
と思いながらも足を向けたのは、
【冒険者ギルド極東出先機関】
であった。





