でッとエンドA
ねえ。
あなたは、今に。
何を望むの?
今という時間、一瞬しかない時間に。
何を――望むの?
「来週、世界は終了します」
そう告げられた。
「これは事実です。そして――この事実に、嘘偽りはありません」
聞いたことのある、しかし、現実味のない言葉。
そんな言葉が、病室に響く。
「来週――世界は、隕石によって、その姿を急変に変えることでしょう」
聞いていて決して心地よくはない言葉の羅列。
並べられるたびに――心が回って。
回って。回って。
そして、分からなくなる。
そのことが真実で、嘘なのか。
分からなくなる。
分からなくなって、混乱する。
混ざって、乱れる。頭の中でぐるぐると。回って、混ざって、乱れる。
「もう一度言います。――あなたしか知らないこの事実は、嘘偽りは一切ないです」
これが本当だとしたら、いや、まあ、本当なわけがないけれど、もし仮に本当だとしたら、これは由々しき事態だ。と思う。
来週世界が滅んで、もし、そのことを皆が知らないのだとしたら、俺はどうしたらいいのだろう。
「もし、あなたがそんな、暗い箱――一寸先が闇の状態であるこの箱を生き抜きたいというなら、私たちは協力しましょう」
男か、それとも女か、そんなことも分からなかった。
くぐもった中世的な、高くも低くもない、そんな声。
耳になじむ声から、耳になじまない、拒絶、というより現実味のない言葉を聞かされて。
視界は動かず。けれど、頭の中の俺は回って。
それすら――回っているのかさえ分からなくなる。
自分の姿が自分で見えなくなって。現実にはいるはずなのに、それが妙に不思議に、不審に思えて。
「それでは。また一週間後に」
天国で……――。
電話は、切れた。
何をしろと?
その日まで俺に――何をしろと?
この、隔離された部屋から、何をしろと?
何もできない。
そもそも――その話自体を、信じていないのだから。
来週からも普通に生活して、きっとこの生活が続いて。
俺のこの病気もきっと治らないのだから。
――。
まあ。
好奇心で、という意味でとらえたら――興味がわかないわけではないが。
ちょうど暇していたところだ。毎日暇だったのだけれど。
携帯の履歴から、先程の連絡先を確認する。
文字化けした文字列がそこに並んでいた。
恐る恐る電話をかける。
指が震えるのが分かる。
そして、押した。
『ただいま留守にしております――』
それはつながった。が、声の主とは出会えなかった。
期待はしていなかった。
「――助かりたい」
留守電にメッセージを残して、返信を待った。
いや、それはおかしいな。
だって。
すぐに返信が来たのだから。
切って、10秒も満たない速さで。
まるで、故意的に留守電にしていたように。
また、かかってきた。
「あなたの願い、叶えましょう」
一瞬の間隔も空けずに、その言葉だけ聞こえた。
叶える……そんなことが本当に?
まあ、明日になれば分かるはずだ。
そうして、翌日。
俺の病気は――完治していた。
治らないと太鼓判を押されていた病気のはずなのに、元からなかったかのように、きれいさっぱり、すっきりと、影すら残らず、消えてなくなっていた。
再発する可能性があると、医師は言っているが、俺はそうは思わない。
――もし、もしこれが、あの声の主のせい、声の主のおかげだったとしたなら、治らない病気を一晩で治してしまうほどの技術を持った組織なのだとしたら――地球崩壊も夢ではないのかもしれない。
きっと本当に、地球は――姿を変えるのだろう。
姿を変える。
皆が、消える。俺の病気のように、きれいさっぱり。
そんな中で、俺は。
助けを乞うた俺は。
どうなってしまうのだろう。
地球上に一人、取り残されてしまうのだろうか。
分からない。
もしかしたら、今更になってだが、全て嘘かもしれない。
今日の結論は一応それにしておいて、一年ぶりに学校へ向かった。
懐かしい空気。
久しく忘れていた空気。
これからまた、僕の学校生活が始まる。
久々にクラスの皆に会えるとなると、なんだか期待半分、不安半分なところがある。
僕のことなんか、覚えられてないような気さえもしてくる。
不安が募る中、一つ階が下になった僕のクラスの扉に手をかける。
ガラガラと懐かしい音を立てて、その音を聞いて、また不安が募る。
クラスを見る。
懐かしくも新しくもある顔が、たくさんある。
その顔たちは、色んな表情を見せていた。
驚き、唖然、様々に見える感情たち。
そしてそれは、いつしか形を変えて。
僕を歓迎するものになっていった。
僕は素直に――嬉しかった。
まだ受け入れられていられること。それが嬉しかった。
皆が一斉に押し寄せてくる。
いろんなことを聞いてくるクラスメイト。
僕は少し、いや、かなり気が楽になった。
居場所がある。それだけのことなはずなのに。
今を幸せに感じられる。
これがきっと、一週間後も続いていくはずだ。
世界なんか絶対に――崩壊するわけがない。
こうして、普通に生活している、国も個人も、何も危機を感じていないのだから。
僕の生活が、戻ってきた。日常が戻ってきた。
感動する。現実味を帯びていない。だけど、こんな幸せなことはない。
自然と笑顔になる。
つまらなかった授業が、楽しく感じてしまう。
一度失ったから分かる。
当たり前に存在していることの、ありがたみ。幸せ。
そうして、家ではなく、病室へと帰っていった。
そこからは、何事もなく日常を送った。
彼女もできて、一緒に帰って。
どれも初めての出来事。
「ねえ」
不意に、問いかけられた。
「君は、何を望むの?」
「急にどうしたの?」
「んや。君って、ずっと病室にいたんだと思うと、つい聞きたくなっちゃって」
相変わらず不思議な彼女だ。
こんなことを急に言い出すあたり、僕の彼女らしい。
「この日常に、ありきたりに、当たり前に。何を望むのかなって……」
少し、悲しそうに、呟くように彼女は言う。
僕だって、何を求めて、望んでいるのか分からない。
強いて言うなら。
「今が、欲しい」
「――。ん」
君らしいと。
僕に満面の笑みで言った。
そしてふと。
ふと、空を見上げて。
異変に気が付いて。
唖然とした。
空は赤く。
一部分だけ赤く。
それは隕石のように見えて。
僕は――俺は思い出す。
隕石のことを。
『来週――世界は、隕石によって、その姿を急変に変えることでしょう』
一週間前の言葉が、頭をよぎる。
隕石が――飛んでくる。
世界が、滅んだ。
建物が砂のように崩れて。
砂漠のように見える。
いろんな色の砂が、そこら中に。
「ねえ」
不意に。
慣れ親しんだ声が聞こえた。
「君は、何を望むの?」
――――。
「この世界で――何を望むの?」
そう言って。
彼女は――砂になった。
綺麗な白色の砂になった。
俺の身体に溶け落ちた。
綺麗な。きめ細かい粒となって。
一人、取り残された。
「――」
世界に一人、取り残されて。
「――助けて…………」
色々ちょーだい。