診断
「こちらが先日行いました出生前診断の結果です」
男は黙って医師から書類を受け取り診断結果の項を黙読した。すると、緊張した面持ちだった男の顔は見る間に青ざめて行く。
「先生……」
「あくまでもそれは現行の技術による予想に過ぎません。産まれてからでないと100%……そうなるとは限りません」
医師も慣れたもので、過度に悲壮にはならず、淡々と事実を述べるに留めるために慎重に言葉を選んでいた。
「しかし1点だけご留意頂きたいのは、その書類のような状態のお子さんがどれだけ生きる事が出来るかということなのですが、これが大変短くてですね、赤ん坊の時に大半が亡くなってしまいます」
男は眉間に皺を寄せ、書類を眺めていた。もう既に必要な情報は知り得ていたが、結論を出す勇気が無いための時間稼ぎをしているに過ぎなかった。
「悩まれるお気持ちはよくわかります。どのようにご決断なさるかは自由です。私の立場から意見を申し上げる事は出来ませんので、よくお考えになる事をお勧めいたします」
「よくわかるって……?あんたこうして実際に、書類で現実を突きつけられた者の気持ちがわかるって言うのか!?今回は駄目だったけど、いつか次もあるからいいやとか、そういう簡単な話じゃねえんだぞ!産まれるはずだった命をこの手で無かったことにするなんて、そんな決断が簡単に出来る訳ないだろうが!」
男は掴みかからんばかりの勢いで怒鳴ったが、医師は冷静なものだった。検査の後こういった態度になる患者は多いのだ。
「落ち着いてください。いいですか?そもそもあなたは何故検査を受けたのか、思い出してください。出生後にかかる負担を事前に知り、場合によっては命を諦める決断をするために出生前診断というのはあるのです。今あなたは必要な情報を知った。それなら、どうすれば良いかは事前に決めているべきだったのではないですか?あなたがそれを怠ったか、もしくは今になって心変わりしたかのどちらかでしょう。意見は述べられないと言いましたが、命を奪う事が残酷なら、不幸になるとわかっている命を与える事も残酷であるという考え方もできるわけです。実際、検査の結果を受け入れられず、不幸になってしまうケースというのもよくある事です。一時の感情に流されてはいけません。神もお許しくださいますよ」
男は医師の話を聞いて冷静さを取り戻し。椅子に座りなおした。
「…失礼しました。実際、私のこちらで出来た友人も不幸な目にあったと聞いています。でも、性別まで決まってるのに…」
「認められている事です。もっとも、あまり迷われるとそれも間に合わなくなります。ご決断なさるならこの書類にサインを」
男は黙って羽ペンをとり書類にサインした。
「さっきの患者さん流産だってな」
1人の医者が同僚に話しかけた。
「ああ。経過は順調だったんだがな。まあ妊娠しても酒もタバコも御構い無しだもの。仕方ないさ。それにあの女の家は酷すぎる。前の子は虐待で死なせてるし、まともに働いてもいない。子供は親を選べないとは言うが、こんな家なら産まれてこない方がかえって幸せってもんさ」
男の医者は缶コーヒーを飲み干して言った。
「世の中良くできてる。まさしく神の采配だな」
お疲れ様でした