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ウィザーディング・オブ・ウォー  作者: 九蓮 開花
序章 闇の魔法使いに対する闇の魔法使い
2/5

第一話 イザベラ合衆国ニュー・ガッサム発、アルバノン連合王国ロンディオン行き 


 その日、ケイト、……キャサリン・グレイスは汽笛の音を聞きながら、長い旅の末に漸く辿り着いたロンディオンの街並みを眺めながら溜息をついた。


「……あれが、ロンディオン。世界の帝都、か」


 イザベラ合衆国最大の都市であるニュー・ガッサムから、此処まで来るのにおよそ二週間かかった。

 甲板の上から眺めるロンディオンの街並みは、荘厳でありながらもどこか威圧的で閉鎖的で、『霧の都』の異名通りに、その身の内に何かを隠したまま、人の知らないどこかにそのまま取り込みそうな気配を漂わせており、それはまるで自分自身の近い将来の姿を暗示しているように見えてしまい、ケイトのふさぎ込んだ気持ちはますます深く沈みこんでしまう。


 ロンディオンはアルバノン連合王国の首都だ。

 アルバノンは、本国の領土こそマキシマムアルビオン島とエリノン島の二島からなる小国の島国だが、海外領土として数多くの植民地を持ち、『太陽の落ちぬ国』とまで言われてている世界最大の帝国である。

 そんなアルバノンは、かつての独立戦争によってイザベラ大陸に存在していた植民地の南半分を失い、イザベラ合衆国が誕生したことによりその勢力の拡大には陰りが見えるものの、依然として世界最大の経済利力と軍事力を誇り、世界の半数を牛耳る超大国であることには変わりなく、フランソワ共和国、クロイツァー帝国、そして、グロスタニン連邦を始めとする欧州列強の中での最大勢力としては未だにその強い存在感を放っている。


 だが、そんな国に向かいながらも、いや、或いはだからこそなのかもしれない。


 ケイトの胸の中でどうしようも無い怒りがくすぶってしまっているのは。

 

(ロンディオン支局への異動って、それって要は左遷じゃないの。それも、私が担当するのは、調査資料室の整理担当。……そんなの、わざわざ本社から出向してまでさせる仕事じゃないじゃない)


 現在、イザベラ合衆国には数多くの社会問題が巻き起こっている。


 人種差別・性差別は元より、労働者階級と富裕層との間の格差問題、南部と北部との間の思想的な断絶。

 それ等が原因で引き起こされる数々の犯罪と、それらを束ねる犯罪組織の闇。

 経済に目を向ければ、工業の発達に伴い、農業が圧迫されるようになり、貿易も今までの強引な海外製作が祟って赤字が目立つようになった。

 国際問題に目を向ければ、イスパニアとの戦争や、グロスタニン連邦との関係悪化、等々、数え上げればキリがない。


 ケイトもまた、そんな合衆国の抱える闇に立ち向かい、人々に真実を伝え、正しい情報を発信して人々を誤った道に進ませない社会正義を貫く一員として活躍する覚悟と決意を持って、イザベラ合衆国でも屈指の大手新聞社である『ニューウェルズ・タイムズ』の記者になったのだった。


 だが、そんなケイトの前に立ちはだかったのは、未だに女性蔑視の根強い男性上位の社会と、社会正義とという名分とは裏腹に、金と権力、そして暴力に転んで報道を控える会社の本性。

 思い描いていた理想とは大きくかけ離れた現実に、それでも抗いながらこの三年間を通して会社にしがみついて来た。


 けれども、周囲はそんなケイトを嘲笑う様に厳しく接したのだ。

 

 与えられる仕事は、精々が他部署との連絡と部署内の雑用全般。良くても重役との接待だった。

 漸く記者としての仕事を受けて取材に行けても、女性というだけで取材を断り、それでも受けてくれた人の記事を書いても、紙面に載らないどころか、ケイトの原稿をそのまま別の男性記者が載せて、その手柄は全てそいつの物になる始末。

 この三年間で取り上げられた記事は、たったの一稿。それも、大統領夫人の妹が有名舞台俳優と浮気をしたとかしていないとかのどうでもいい下世話なものだけだった。


 それでもと。それでもまだ、諦めることなく地面を這いつくばる様に新聞記者という仕事を続けていたケイトに、無情の辞令が来たのは遂一か月前の事だ。


『君、一か月後にロンディオン支部に行ってくれ。あそこも中々忙しいからね。人手が無くて困っている様なんだよ』


 今まで散々セクハラを働いてきただけのハゲた中年オヤジのその一言で、ケイトは海外支社への転勤となった。体のいい厄介払いだとは分かっていたが、もしもこの辞令を断れば、この会社を辞めざるを得なくなる。

 そうなれば、折角死ぬ気で手に入れたこの職業を諦めることになる。


 別に夢を諦めることの覚悟がなかったわけじゃない。

 この会社に入るまでだって、理想と現実の壁にぶつかっては来たし、その都度に自分の中で夢と現実とに折り合いをつけて生きてきた。

 けれども、こんな訳の分からない理由で仕事を辞めなくてはいけないことは、悔しかった。

 自分が女だから。そんな理由だけで、自分は今までの努力も苦労もゼロにして、夢も何もかもを諦めて家に籠ってなければいけないのか。

 そんな思いが、意味も無く益体も無いこの辞令に彼女を従わせた。


 けれども、女性の海外赴任等早々前例の有る事ではない。

 一か月前から辞令を受けていたが、それでも準備には多くの時間がかかり、いつも以上に出費もかさんだ。

 更には、海外への単身赴任によって、今まで交際をしていた恋人のジェームズとは関係が解消してしまった。


『君の事は今でも好きだけれど、君との生活はこれ以上好きになれない』


 単身赴任の準備に追われるケイトに、彼はそう言って、いつも優しい目をしていた眼差しを哀しそうに振って、ケイトの目の前からいなくなってしまった。


 何だその言い分は。と、正直、ジェームズの頬桁を殴りつけて、その言葉を撤回させてやりたかったが、そんなことをする以上に、疲れていた。


 兎に角まずは、この理不尽な業務命令を遂行しなくては。そうでなければ、今までの苦労が水の泡になる。

 ジェームズとの関係が終ったことには泣き叫びたかったし、あっさりと自分の元を去って行ったジェームズには怒りが湧き上がったし、それでも未練はあるから縋りついてでもジェームズとの関係は続けたかった。

 それでも、今目の前の生活に手いっぱいのケイトにとっては、兎に角、この仕事を完遂させることだけが至上命題であり、それ以外の事は後になって考えるしかできなかった。


 そんな中、こうしていよいよ目前に迫った目的地の様子を見れば、今まで考えまいとしていたことが脳裏に後から後から湧き上がり、恋人がいなくなってしまった事や、明日からの生活の不安、仕事を続けていけるかと言ったことまで、不安と心配で未来が見えなくなる。


(せめて、闇の魔法使いの事だけでも担当できる部署に行けるなら、この赴任にも意味はあるのに……)


 まるで神に縋る様にそんなことを思ってみるが、そんなことを思ったところで、彼女に下された業務命令が変ってくれるはずもなく、ただ少し近づくロンディオンの町並を眺めることしかできない。

 惨憺たる憂鬱な心境だけがケイトの胸の内を埋め尽くしており、それは溜息となってケイトの口から零れ出る。


 そんな時だった。


「すみません。少しいいですか?」


 ケイトにそう声をかけて来たのは、若い男だった。

 ブロンズの髪に青い瞳をした背の高い男で、服越しにも鍛えているのが分かるほどに逞しい肉体をしていた。

 服装は赤いロングコートを羽織り、コートの下には黒いジャケットと黒いレザーパンツで身を包んでおり、履き物は時代遅れのウェスタンブーツ。その上で、身体中のあちこちにぶら下がるアクセサリーは、シルバーやゴールドに輝く如何にメタリックな代物で、それを象徴するようにごつい金属製したベルトのバックルが目立つ、見るからに派手な男だった。

 顔つきは中々のハンサムだったが、傍にはスタイルの良いイブニングドレスに身を包んだ美女を侍らせており、何となくささくれだった気分にさらに爪を立てられるような気がしてしまう。


「何か御用でしょうか?」


 そんな自分の胸の内が知らず知らずのうちに出てしまったのだろう。

 予期せずに刺々しい声が出てしまい、その派手な男に向けてケイトは思わず険しい態度で接してしまう。

 元々、ケイトの好みとして女遊びの激しい様な男は嫌いだ。そんな男に、心のささくれだった今の状況で話しかけられても、不機嫌になるだけだ。

 正直、自分でも見知らぬ他人に対してそんな態度を取るのはどうだろうかと思うのだが、ケイトはそんな事にも構うことなく、出来るだけ早く目の前の葉で男を振り払おうと、ことさらに冷たく派手男に当たる。


「いえ。ただ、どうも潮風に当たる所に長くいらっしゃる様でしたので、お体に障るかと思いまして。どうです?ご一緒に食堂室で食事でも。少しくらいは気が晴れるかもしれませんよ?」


「申し訳ありません。好きで風に当たっているので、放っておいてくれませんか?お連れさんにも悪いですし」


 それでも尚、話しかけて来る派手男を振り切って、ケイトはその場を立ち去ると、最後に一瞬だけ派手男の顔を見た。


 一瞬しか見えなかったが、派手男の瞳に浮かんでいたのは確かにケイトへの心からの心配であり、それには流石に悪いなと一瞬だけ思った。




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