5話 儲け話をもってきただけです、信じてください
「……というわけで、同行を願う」
「…………」
「いやなら良いけど」
「…………」
目の前の相手の顔が歪んでいく。
決して良い方向にではない。
だが、断ろうにも断れずにいるのは明白だ。
それだけの条件をつきつけてる。
相手の事情からすれば、これを足蹴にする理由は無い。
もちろん、積極的に納得する理由もないが。
だが、利益はある。
「こちらとしても、出来れば他にもっていきたくはない。
なるべくなら、あなたに一緒に行動してもらいたい」
「…………なんでですか!」
プルプルと震えていた相手がようやく口を開く。
威勢の良い言葉とは裏腹に、肩は震え、目には涙が浮かんでいる。
特別な美人というわけではないが、十分にととのった容姿に対していささか幼い素振りに見える。
なのだが、この場合は彼女の態度の方が妥当であろう。
当然の流れと言える。
ヒロタカから聞かされた事を並べていけば、彼女のような態度を取るものは多いはずだ。
桐原ミサキというその女子生徒は、そういう意味で個性的な反応を示す事はなかった。
「いきなりやってきて、お金の話をして、家の事まで持ち出して、学校まで休めって!」
「先ほどお話しした通り、全てこちらの都合によるものです」
悪びれもせずに伝える。
「あなたには俺のモンスター退治に付き合ってもらいたい。
その為に学校を休学してもらいたい。
家の都合もあるでしょうが、こちらでの生活で金もかかるはず。
その費用をいささかなりとも負担するのが対価です。
────そうお伝えしたと思ったのですが」
「しました。
されました!
でも、なんでいきなりそんな事を言い出すんですか!」
「まあ、こちらも思いつきだったもので」
「思いつき!」
目の前の女──ヒロタカと同じ学校に通う魔術を心得る者は言葉を反復する。
「思いつきで他の人に『学校を休め』とか言うんですか」
「はい」
あっさりと返答。
「こちらにもこちらの都合があるので。
だから条件を提示したんです。
何か問題でもあったでしょうか?」
「あります!
学校の授業とかどうするんですか」
「復学後に頑張ればよいだけですよ」
「そんな余裕なんて────」
「金銭的なものについては、先ほどの条件で十分賄えるかと」
「それは、そうかもしれないですけど……」
確かにその通りなので、言葉が止まる。
「魔術が使えるのと成績が良いので学費などはかなり免除されてますよね。
でも、その為成績を一定以上に維持しなくてはならない。
免除が大きいと言っても、それでも支払わねばならない金額は馬鹿にならない。
失礼ですが、ご実家の状況でその支払いが続けられますか?」
痛い所をついていく。
一定以上の地位や階級、一定以上の資産を保有してるその他大勢と違い、彼女は庶民に近い生活水準である。
一般的な庶民よりは余裕のある暮らしをしているが、決して裕福ではない。
富豪などとは間違っても言えない。
そんな彼女にとって、学校に通うというのはかなり難しい事である。
歴とした教育機関としての学校は、基本的には貴族だけが対象である。
もしくは、一定以上の富裕層に限られる。
そこに入るには生まれた家の血筋と、保有してる資産の両方が必要となる。
これが庶民向けの教育施設である塾などであればこんな事は無い。
だが、国が設立した確たる機関である学校はそうではないのだ。
これ以外で学校に入ろうとすると、相当優秀な成績をおさめねばならない。
彼女はこちらで入学してきた。
だから成績が一定以上でないといけないのだ。
それで多額の学費を大部分免除されている。
「まあ、あなたが頑張って成績を維持していくなら、それで問題はありません。
ですが、多少なりとも余裕が欲しいなら、俺の提案は悪いものではないはずです」
「でも、なんでそんな事を……」
「繰り返しになりますが、モンスターを──」
「そうじゃなくて!」
今度は相手がヒロタカの言葉を遮った。
「なんで私なんですか。
他の人でもいいじゃないですか。
それに、それだけ払ってくれるなんて、どういうつもりなんですか」
「まあ、どうと言われましても。
こちらとしては妥当な所かなと思っただけで」
実際、彼女が一番妥当な条件を備えている。
ヒロタカはそう考えていた。
「こちらで支払える金額の範囲で納得してくれそうなのが、あなただったというのが大きいですね」
少なくとも、候補にあがっていた他の者達よりは負担が少ない。
とはいえ、他の二人も親の力を借りればさほど難しくはない。
ただ、親からの出資の返済に手間取るだけだ。
「それに、変に家柄も高くない。
こういってはなんですが、成り上がりの俺の家なんかだと軽く見られるので。
というか、低く見られる。
はっきり言えば、下劣な存在と思われてますからね」
成り上がりの宿命みたいなものであろう。
下からは羨望の裏返しの嫉妬を受ける。
上からは、いきなり自分達の領域に入ってきた不埒者として扱われる。
同類が他にもいれば徒党を組んで派閥にもなれるかもしれないが、そんな者はいない。
成り上がる事が出来る者が稀少であるだけに、同じような境遇の者などまず存在しない。
なので、どうしても味方がいない。
「そんな俺にとって、貴族とはいえあなたのような方は貴重なんです。
たとえこちらを見下したりしていても、毛嫌いしていても、他の方ほど露骨じゃありませんから」
「いや、そこまで卑下しなくても」
「卑下なんかしてません」
相手のいたわりの言葉を止める。
「事実ですから」
生半可な優しさで包み隠せるほど現実は甘くはない。
実際ヒロタカはそう見られていたし、そんな態度をとられているし、そんな言葉を投げかけられている。
それをやむを得ないと思うくらいには、前世を含めた人生経験がある。
だからといって、それらを許せるわけもないし、甘受もしてなかった。
「だから、俺にとってあなたが一番都合が良かったんです。
家柄を考えれば対等なんて事は決してありません。
間違いなく俺の家の方が下ですけど」
「いや、私はそんな風には」
「思ってない────でしょうね。
ご実家も庶民と同様の、というか庶民に混じって過ごされてますから。
そういった貴族の方が多いとは聞きますが、そんな方と巡り会う事もなかなか難しいんですよ」
本当と嘘が混じっていた。
庶民とさして変わらない生活をしてる貴族はいる。
それらと巡り会う事はさして難しくはない。
しかし、貴族としての矜恃がおかしな方向に出ている者もいて、仲良くなれるとは限らない。
なので巡り会っても仲良くできる、対等とはいかないまでも、それなりにつきあえる者はなかなか見つからない。
「何よりこの学校でそんな境遇の方なんてそうそういない。
おまけに魔術師だとなると、もう希少価値です。
そんな方を放置しておくつもりは全くありません」
「でも……」
「まあ、魔術師とかを抜きにしてもです。
あなたのように偉ぶらない、変に貴族である事を振りかざさない方が他にもいるとしましょう。
そういった方々と好みを通じるとしても、探すのが面倒です。
今から見つけるとなると、更に時間と労力を費やす事になりますから」
そのあたりの面倒さから、ヒロタカは手近にいる彼女に声をかける事にした。
というより勧誘、更にいえば強請、もっと言えば脅迫に近いものがあったが。