46話 父と子の会話はとても心温まるものがあるでしょう
「とまあ、色々と面倒が増えてきて」
いつもの執務室である。
ほぼ定番となったお悩み相談と愚痴と、今後の相談で父のものと訪れている。
「どうしたもんだかと言うところです」
「よくある事だな」
父はすぐに頷いた。
何せ商売を長年やってきてる。
阿漕な事もしたが、そうでない事もやってきた。
その道筋は決して穏やかなものではないが、それなりの資産を造り上げている。
通ってきた問題や苦悩はヒロタカの比ではない。
同時に、ヒロタカの直面してる問題の大半は、父が既に通り越してきた場所でもある。
問題の解決方法におおよその目星はつけてある。
だが、その答えを出すより先に息子の意見を聞いておきたかった。
(こっちから答えを全部出すのもなあ……)
上に立つ者として、先を進んでる者として、父としてそれはあまりやりたくなかった。
ある程度考えてもらわねば困る。
とはいえ、答えをさっさと提示し、それをもとに行動してもらった方がよいのか、とも考える。
考えて行動しろ、というのはそれなりに間違ってないが、答えが分かってる問題を教えないのもどうかと思われた。
変なところで堂々巡りするくらいなら、さっさと解決法を教えてやらせた方が面倒がない。
やり方を一通り教えてからやらせた方が面倒も問題も少ない。
一種の型稽古のようなものと言える。
やり方、対処の仕方をとりあえず教える。
それを繰り返して身につけさせ、あとの応用は本人が考えていく。
それでも良いのではないかとも思えた。
単にこの父が親ばかであり、子供に無益な面倒を抱えて欲しくない、というだけであるかもしれないが。
ただ、父としても経営者としても息子の考えをまずは聞いてみたいと思った。
(何を考えてきたのかなあ……)
純粋にそこに興味があった。
息子がこんな事を言ってくるのは、たいてい何かしら考えがあってからの事が多い。
その考えを聞くのが楽しみであった。
父の考え通りの時もあるし、全く違った事を言い出す時もある。
思いがけない妙案だったり、意外な凡策だったり、とるにたらない駄策であったり。
その時によってそれぞれだが、それを聞くのが楽しい。
別の視点からの見方に接する事が出来るのが純粋に面白かった。
また、そうでありながら相談をもちかけてくる所もありがたい。
(頼られてるんだなあ……)
父としてそんな所にしんみりしてしまう。
とどのつまり、子供が可愛いという親ばかの延長線であった。
子供が相談に来る事が嬉しい。
子供が一人頑張ってるのが嬉しい。
子供が悪戦苦闘しつつもそこを乗り越えていこうとするのが嬉しい。
しくじっても立ち上がり、どうにかしようとするのが嬉しい。
どうにもならなく相談に来るのが嬉しい。
次の段階に進もうとして追加の支援を求めてくるのが嬉しい。
支援に応じて、あるいはそれ以上の利益を持ってきてくれる(程に成長してる)のが嬉しい。
投資に対して低い利益や赤字を出してしょげて(るくらいに反省して)るのが嬉しい。
何はともあれ、子供がそうやって成長して一人前の大人になっていくのを見るのが嬉しい。
────父はそういった心境であった。
「それで今回はどうしたんだ」
「まあ、大した事じゃありません」
実際、大した事ではない。
「採取した核を誤魔化さないようにしていくために、多少の組織変更が必要になったかと」
「組織変更?
随分大げさだな」
「ですね。
計測係を入れるだけでいいんですが、その為の体制作りというか。
人をとりあえず一人確保しなくちゃいけなくなりました。
能力はそれほど必要ないですけど、信用が出来る、嘘をつかない、誤魔化さないのが」
「なんだいったい」
「採取した核をちゃんと持って帰ってるかを確認しないといけません」
そう言って三人組を伝え、考えた事を口にしていく。
「今後、人が増えればどうしてもこの確認作業が必要になります。
そのために、経験値の計算が出来て、核の数と照らし合わせられる者が必要になります」
「それで人が必要と。
組織変更というのは?」
「おそらくそれなりの人数が必要になるかと。
周旋屋とかなら、単に持ってきた核を精算すれば良いでしょうが。
ですが、それは誤魔化した場合に損をするのは一緒に稼いだ一団の中で、という前提条件があります。
俺らの場合そうじゃありません。
もし冒険者の仲間や一団という考え方でいくなら、父さんの商会など全部を含めての事になります。
誤魔化したら、それは採取してきた者達の問題ではなく全体への悪影響になります」
「横領という事だな」
「そうです。
どんな小さな事でも、横領は組織全体を駄目にします。
一日に一個や二個の核をついばむだけでも、これが月間・年間を通した累積だと莫大な数になります」
なお、一ヶ月に二十日稼働として、一日一個のちょろまかしで二十個。
一年間で二百四十個になる。
これを換金すると、およそ十二銀貨と六千銅貨(税引き後の手取り)になる。
年間を通してこれだけ、と思えば少ないかもしれない。
しかし、今後何組もモンスター退治の一団を作っていくとなると、これが拡大する。
ゴブリン退治が出来るようにと、当面の目標として三十人の戦闘員を考えている。
それを五人六人でくみ分けすれば、およそ五組六組の編成となる。
その全部がこのような不正を行えば、年間で六十銀貨から七十五銀貨くらいの損失になる。
しかもこれが、一個だけちょろまかした場合の話である。
二個三個と増えていけば、更に損失は増える。
そうなった場合、年間で一百銀貨を超え、二百銀貨に到達する事にもなる。
人を一人雇えるくらいの金額だ。
同時に、それだけの備品や道具を揃え、設備に投資出来る金額が減る。
金額だけでも無視出来ない問題だった。
「その金額もそうですが、もっと怖いのが道徳の箍が外れる事です」
「確かにな」
父もそれは納得してる。
「一カ所で始まった悪事はすぐに全体に飛び火するからな」
「ええ。
それによって利益が出ますからね。
人間、道徳や道理なんてどうでも良いと思いますが、利益はしっかり守ろうとします」
「理性が吹っ飛ぶのだな」
「いえ、彼等は十分理性的です。
そういった間違いを犯す連中は。
理性で、頭を使って利益を考えて行動してるんですから。
だから理性の暴走ではありません」
ヒロタカの口からため息が漏れる。
「理性や知力ではなく、道義や道理から外れてるんです。
それこそが最大の利益になると考えが及ばないのでしょう。
いや、分かっててなおかつ自分の利益のみ考えてるのかもしれません。
そういうい奴も、頭が働くならそこまで分かっててなおやる奴もいるでしょうから」
やるせないといったため息がヒロタカから更に漏れた。
「どっちも、悪である事に変わりはありませんがね」
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