20話 一つのやり方が変わると、他も引きずられて変わる
「じゃ、行くぞ」
「回復はまかせてください」
「出来るだけ射かけます」
二人の返事を聞いて、ヒロタカは突進していく。
もちろんアオイがクロスボウで攻撃をしかけてからだ。
犬頭達はぶら下がる餌から、襲いかかってくる人間に意識を向けねばならなくなった。
すぐにそれが、命がけの死闘になっていく。
なにせ、ヒロタカの攻撃は当たるのに、自分達の攻撃はほとんど効果がない。
多少傷つけてもすぐに回復していってしまう。
しかも、どれだけ戦っても疲れる素振りをみせない。
そんなの相手に戦い続ける事が出来るほど、犬頭は強くはない。
次々に倒れていく犬頭達は、ほどなく全滅する。
それを見届けてからアオイが近づいてきて、倒れてる犬頭達から核を切り取っていく。
ヒロタカはまだ息の根がある犬頭に止めを刺していく。
「終わりましたか?」
クロスボウを回収してきたミサキの声に、
「あと半分くらい」
とアオイが答えた。
レベルは上がってないが手順をおぼえてるので作業は早い。
(人間って慣れるもんなんだな)
こんな事を始めてまだ十日になるかどうかといったところなのに、もう二人は順応している。
そこにヒロタカは驚くしかなかった。
間に二日の休みを入れてヒロタカ達はモンスター退治を続けていた。
その間に、幾つか細かな変更をしている。
まず、一晩餌を吊しておく場所を更に増やし、五カ所にしていた。
そのかわりに、最初に設置していたおびき寄せの罠を撤去している。
手間がかかる割に効率が悪く、設置してる意味がなくなっていたのだ。
今はもっぱら一晩中罠を吊してる場所だけを巡るようにしていた。
その方が手間や面倒がかからないで済む。
それぞれの範囲がかぶらないように、間隔を広めにとっているので巡るのは大変になってしまった。
正確に計測したわけではないが、それぞれの間隔は数百メートルはある。
しかし、得られる成果は大きく、これを元に戻そうとは思わなかった。
何せ、こうしたおかげで一日に倒せるモンスターの数が四百から五百くらいに跳ね上がったのだ。
それぞれの罠におよそ五十体ずつ。
それが朝と夕方近くに集まっている。
こまめに五体程度のモンスターを倒す意味がない。
それに、こうして巡っていく事による利点がある。
「じゃあ、行きますかの」
「お願いします」
ロバに荷物を背負わせて出発する。
二頭のロバは、クロスボウやら採取した核やらを事も無げに運んでいく。
馬車に比べれば軽いので当たり前だろう。
おかげで、弁当なども簡単に運べる。
「今日も、あと二カ所回ったら朝の部は終わりなんで」
「ええ、ええ、分かっとりますとも」
そういってロバを引く初老の男は頷く。
この男、ヒロタカ達を乗せてる馬車の御者である。
今はモンスターのおびき寄せてる場所を巡るときに同行してもらっている。
理由は二つ。
一つは、荷物をロバに背負わせておきたいから。
その分移動が楽になる。
もう一つは、御者とロバの安全の為だった。
残したままでは当然危険である。
これは以前からも問題だったのだが、解決策が見つからなかった。
しかし、モンスターを集中して集める事にしてからは状況が変わった。
移動する距離が長くなり、馬車を残していかねばならない時間が長くなってしまった。
これ自体も問題なのだが、更に移動距離と時間が長くなってしまう事も面倒になっていた。
かと言って御者とロバを置いていくわけにもいかない。
モンスターに遭遇したら、彼等が生き残る可能性はほとんどない。
それでも以前は、各所の罠を巡る時にはその場で待機してもらうしかなかった。
なのだが、ここで発想の転換があった。
「だったら、いっそ一緒に行動するか?」
ヒロタカの発想である。
移動に時間がかかるから、ロバから馬車を外して一緒に行動してもらえばよい。
荷物をそちらに任せ、カズヤ達は可能な限り身軽にしておく。
一緒に行動する事で御者とロバを孤立させずに済むので、何か合った場合も対処する事が出来るようになる。
おびき寄せの罠を一巡したあとは、次の時間まで何もする事がない。
だったら一緒にいても問題がない。
御者とロバの安全も確保出来るようになるので、今の方が以前より良くなったと考えられる。
ヒロタカ達と一緒に行動しても完全に安全とはいえないが、一人で残ってるよりは良いだろう。
それなら以前の状態でも一緒に行動してれば良いと思えるが、なかなかそうはいかない。
以前は、おびき寄せの罠の設置間隔がもっと短い。
せいぜい一百メートルといったところである。
そんな所を連れ回すのはそれなりに手間だった。
まして、移動を頻繁にしなくてはならない。
手間がかかりすぎる。
だから御者とロバを連れて行くという事など考えもしていなかった。
「じゃ、これで午前中は終わりだな」
馬車の所まで戻ってきてヒロタカが言う。
「それでは、弁当にしますかの」
「あ、火をおこしますね」
「私、肉を切っておくから」
御者の言葉にアオイが、それからミサキが続いていく。
これは毎度の事になっているが、ヒロタカの出番は全く無い。
やる事と言えば、モンスターが接近してこないか警戒してる事だけである。
このあたりは生活能力の差が出てしまっている。
ミサキもアオイも、それほど高くは無いが生活関係のレベルは一応ある。
ミサキは家の手伝いもしていたという事で、料理や家事などの技術をレベル1や2で持っている。
アオイも使用人としてやってきてたし、実家でもやっていたので家事をレベル1でもっている。
これらが全くないのはヒロタカだけである。
御者もそれは似たようなものなので、クロスボウを持って周囲を見渡している。
戦闘ではなともかく、日常的な生活部分において男の出番はない。
「なんか、納得いかねえ」
「まあ、そうおっしゃらずに」
御者の声にヒロタカは口をへの字に曲げるしかなかった。
それから夕方前、およそ三時あたりまでのんびりと過ごす。
モンスターが集まってくるのを待つしかないので、やる事がない。
この時間を有効活用出来ないものかと考えてしまう。
どうせ二時間ほどで活動を再開させる事になるが、その二時間を何かに使えないかと思ってしまう。
(仕事中毒だな)
自分を冷静に見つめなおすも、そんな自分を変える事も難しい。
こういう時は素直にのんびりしていれば良いとは思うのだが。
(どうもなあ……)
こんな時は決まってこの先の事を考えてしまう。
このままいったらどうなるのかと。
望む未来は確かにあるが、果たしてその方向に向かってるのかどうか。
不安が出てきてしまう。
それを解消するために何が必要なのか、どうしていけば良いのかを考えていく。
心配性なのか神経質なのか分からないが、そんな自分に呆れてしまった。
それでも時間は過ぎていき、再び巡回の時間になる。
モンスターがいるかどうかを確かめ、いたら戦闘を開始していく。
それを繰り返して再び一巡したヒロタカ達は、自分達の経験値がついに目標に届いたのを知った。




