1話 せっかくこういう所に生まれたんだから
「冒険者をやります!」
春日ヒロタカは食事が終わった頃合いを見計らって告げる。
その宣言に、父が驚愕の表情を浮かべた。
母はいつもどおりの穏やかな表情のままだった。
弟と妹達は父と同じく驚いて硬直している。
居合わせた使用人達は、主人の手前さすがに態度に何もださないように頑張っている。
しかし、
「────なんだとおおおおおお!」
父の叫びに全員がびくりと体を跳ね上げた。
「まままままま、待て!
いったい何を……」
「だから、冒険者をやると言ってるんです」
父の言葉を最後まで言わさず、言葉を繰り返す。
「折角だし、やってみたいんです」
慣れない丁寧な物言いを心がけながら自分の本意を伝える。
しかし、父は全く聞き入れないようだった。
「だから、いったい何で。
不足も何もないだろうに」
「ええ、ありません。
全くありません。
父さんが頑張ってくれてるおかげで、不自由なく生活が出来ます」
何せ使用人付きの邸宅住まいである。
そんな状態にまで一代で至った父にも、そんな父が提供してくれる生活にも全く不満はない。
むしろ恵まれてる事に感謝しなければならない、という事くらいは分かっている。
特にこの世界においては。
しかし、である。
だからと言って「はい、そうですか」というのも面白くない。
「おかげ様で学校にまで行かせてもらってるのに文句なんかあるわけがありません。
でも、俺はやりたいんです」
「いや、だから何で……」
「父さんだって、若い頃は冒険者のような事をしてここまでのし上がったと言ってるではないですか」
「そりゃあ、まあ、そう言ってきたが」
それは父の武勇伝である。
田舎から出てきた少年が、商人の所の奉公人として下積みから頑張ってきた。
その事を寝物語や何やらでいやというほど聞いている。
その為に少々危険な事もしてきた、というのも含めて様々な話を聞いている。
もちろん、それが全てでない事を含めて、ヒロタカは様々な話を聞いている。
実際には父が商売人の下で様々な暗躍をしていた事を聞いている。
商売人の下で働いてたのは確かだが、その裏で密売などに手を染めていた事。
あちこちの町や村に出向くついでに、様々な物品の運び屋をしていた事。
それで貯めた金を元手に、非合法品の売買などをやり始めた事。
表向きは、コツコツと下積み時代から貯めた金で始めた事になってる商売であるが、実際はあくどい商売で作った資金である事。
だからこそ最初から資金は潤沢で、独立当初からかなり手広く商売が出来た事。
早々に拡大していく商売により、従業員が拡大した事。
拡大した従業員の中に、表に出せない仕事をしてる者がいる事。
そういった者達を使って、かつて自分と縁を持ち、成長してから集りにきた連中を潰して回った事。
今も様々な所に手を伸ばし、あちこちの動向を手似入れている事。
それらを元に、余計なちょっかいを出させないようにしてる事。
下手な行動をしてきた者達は、芽が出る前の段階で潰してる事。
今では、住居を構える、そして商売の拠点であるこの町を実質的に支配してる事。
それらをヒロタカは知っている。
これらの情報の半分は、聞きかじった事と、自分で調べた事である。
残り半分は、矛盾が出ないようにふくらませていった想像の結果だ。
しかし、父がそうして頑張って今を造り上げた事は知っている。
「だから、俺もやってみたいんです。
自分がどこまで出来るのか。
何が出来るのかを」
調べ上げた事などおくびにも出さず、
『父が一代で財を築いたように、自分も何かしらやってみたい』
という話に終始させていく。
嘘ではない。
それも本音である。
しかし、更に大きな理由は別にある。
(折角、こんな世界に転生したんだし)
誰にも言ってない真実は胸に秘めたままにしている。
(モンスターとの戦闘とか、冒険を楽しみたいよ)
そんな、子供が遊びに没頭するのと同じような考えが理由だった。
ようするにゲームを実体験でやってみたい、RPGをリアルでやってみたい。
そういう考えが多少はあった。