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猫なあたしと苦手なあいつ  作者: はるき
3/9

3話

2話連続投稿します

 早く早く。

 日の出前に家に帰らなきゃ。


 急く心とは裏腹に、子猫の足はやたらと遅い。普段のあたしの足ならあっという間の距離なのに、ようやく家に辿り着いた時は、日の出とほぼ同時刻だった。

 門扉の内側に飛び込むなり、身体中に変な感覚が走る。何と言っていいのか難しいけど、身体の内側がちくちくするような、ぐるぐる目が回るような、そんな感じ。

 ハタから見たら、どんな感じに見えるんだろ。


 気が付いたときは、あたしはいつもの姿に戻っていた。

 実に都合のいいことに、ちゃーんと記憶通りの洋服も着たまま。

 そりゃ服着たままの状態から猫になった訳だし、裸になっちゃうのは勘弁して欲しいけど、こんなのってあり? まるでマンガの世界だわよ。


「やたっ! 戻れた!」


 んー、やっぱり人間の身体が一番!

 あたしは思いっきりガッツポーズをして、ドアベルへ指を伸ばす。


 ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽん。


 盛大にベルを鳴らしてやった。夜の遅い親父はいつもだったらまだ寝てる時間だけど、そのくらいはしてくれてもいいよね。


「志穂ちゃん、お帰りー」


 どたどた足音が聞こえて、相変わらずだらしない格好の親父が顔を出す。


「僕、すごく複雑な気分だな。朝帰りの娘を出迎えるなんて」


 あたしが煎れたコーヒーを啜りながら、親父は眉をだらしなく下げて悲しげな顔をしてみせる。


「誰が朝帰りよ、誰が。親父があたしを追い出したくせに!」


 スマホで今日の日の入りの時間をチェックしながら、あたしは言い返した。


「う……」


 さすがの親父も、これには何も言えないらしい。上目遣いにあたしの顔を窺っている。

 ざまぁみろ。

 少しはあたしが味わった不幸な気分を味わってればいいのよっ。


「志穂ちゃあん。パパだって、したくてやってるわけじゃないのに」


「パパ言うなっ。それに、いい年こいて泣き真似なんてしないでよっ! 気持ち悪い!」


「あ、ばれた?」


 少しも悪びれずに、にかっと笑う親父の顔を見て、あたしは深ーい溜息をついた。

 作家という人種って、こんなに変人ばっかりなんだろか。それとも、世間の父親とはみんなこんなものなんだろうか。


「……ところでさ、昨日言ってた『見つけないといけない何か』ってなに」


「うーん……教えてあげたいのはやまやまなんだけどね」


 親父はまだ眠たげな目をしぱしぱと瞬きする。


「自分で分かる前に言っちゃったらね、二度と人間に戻れなくなるんだってさ。メグが言ってた」


「なんじゃそりゃ。……じゃあさ、母さんも同じ目にあったわけ?」


「うん。実はさ、後で聞いたら、僕とメグが会ったのってちょうどその時だったんだって」


 にわかに親父の目が爛々と輝き出す。

 こうなってしまうと……この先の展開は見えてる。


「……これって、運命の出会いってやつだと思わない?」


「あーはいはい……きっとそうですねー」


 もうその台詞は聞き飽きたよ、と心の中で呟きながら、あたしもコーヒーを口にする。これだけじゃヒントにも何にもなりゃしない。


「一つだけ……僕に言えることはね、志穂ちゃんが猫の姿になってから、どんな人たちと出会って、どんなことを経験して、そして志穂ちゃんがそれについてどう感じるか、それが一番大事なんだと思うよ」


 珍しく生真面目な顔でまともなことを言う親父の顔を見て、あたしはよけいに憂鬱になった。

 だって、当たり前。

 どんな人たちと出会ってって言うけどさ、よりにもよって、一番苦手なあの男に会ったんだもんね。


「メグが言ってたよ。きっと分かるってさ。その『何か』は」


 あたしは溜息をついて立ち上がった。


「もういい。学校に行く準備する」




 ――こんな風に、あたしの半人半猫の生活が始まったのだった。



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